再び車窓に視線を向けた時――急に夜が降ってきた。くじら、だ。間近で見るそれはとても大きく圧巻だった。こんな体験、なかなかできるものじゃない。この出来事を前向きに捉えるならば、ラッキーだろうか。
テレビでも本でもない、真実に心が踊る。
そんな時だった。気弱そうな女の人が、深い心の海に沈んでしまった想いを吐露したのは。
「子どもの頃――たまたまテレビで見た海に憧れて。はじめて見た海、そしてくじらと出会いました。あまりにも壮大で、美しい世界観に心奪われたんです。画面越しでしたけど、それでじゅうぶんでした。
――ずっと不登校で。学校に馴染めなくて。友達も、できなくて」
ただ聞くことしかできない自分の情けなさ。
心臓がうるさい。これは自分への叱咤なのか。
――やさしいひかりが。そっと……心の窓にさしこむ。おだやかだった。自分のことしか見えてない私より、ずっとつよかった。
「でもちがった。学校だけが、世界じゃないのに。今日、また“この子”に出会って教えられました。――今。ひとつ夢ができました」
「どんな夢ですか?」
自然と出た素直な問いかけに、嬉しかったのか、力強く答えてくれた。
「居場所のない人たちに、学校だけが世界じゃないってこと伝えたい。狭い鳥籠ばかりに囚われてたらだめだって。自分から羽ばたいていかないと、居場所は得られないんだって」
「すてきな夢だと思います……!」
それは心からの言葉だった。――彼女ならきっと大丈夫だ。
祝福するかのようなくじらの歌が聞こえたような、そんな気がした。
気のせいかもしれない。あの二人にも聞こえたのか、騒いでいる。おもにおじさんが。それでも、少年の心中まではどうなのかはわからない。もしかしたら、ここにいる誰よりも舞い上がっているのかもしれない。
遠ざかるくじらをみんなで見送った。
またいつか、みんなで再会できることを信じて。