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第5話 TS娘の義務

 検査といえば――TS学園出身のTS娘には、『義務』がある。


 それは去年の八月のお盆休み……。

 お店は営業しているけど、午後から明後日までチーフに任せてわたしは年一回の『更新』と検査のため、私立TS学園に向かった。

 TS学園は女子化する、いわゆるTS娘が多いことで有名で、TS市では珍しい男女共学の中・高・大学の一貫教育校だ。

 女子化は全国でもTS市近辺に集中し、『遺伝』『風土病』では? との噂もあるが……。

 中学一、二年で女子化する男子が多いんだけど、わたしは中学では女子化せず、高校二年だった。

 それ以来十数年ほど経つが、現在は仕事で必要時に女子化している。


 真夏の炎天下の午後、茹だるような日差しの中、校門をくぐり受付の守衛さんにTS証明書を提示し、カードリーダーに読み取らせる。

「『TSナンバー1489・中島忍・女子化名・中島しのぶ』さん、今日は年次更新と検査ですね?」

「はい、お世話になります」

「えーっと、中島さんは一泊での検査ですので、先に寮へ荷物を置いていただいてから、生物学部本館地下三階の生体検査室へいらっしゃってください」

「はい……」


 寮は高校二年から大学卒業まで、約六年間過ごした古巣だ。

 TS学園では女子化した学生・生徒は卒業まで寮生活を送る。

 外部からの情報セキュリティ保護、学生・生徒の保護が謳い文句だが、実際は体のいい『研究』だ。

 そして全員、TS証明書を持ち、学園内では出入りできる場所が限定管理されている。

TS証明書は女子化能力がある限り卒業後も所持し、毎年諸々の登録情報の更新が義務付けられている。

 寮の受付は無人で、受付器にTS証明書を読み取らせる。表示された部屋へ向かい、ドアもTS証明書で解錠。

 着替えやら何やら入った荷物は部屋に置き、オートロックなのでそのまま生体検査室へ。


 途中「あ! 中島さん!」

 前から来た大男に声をかけられる。


「?」

「高松ですよ。高松コウキ! あそっか、いつも女子ってしか会わないから、顔忘れちゃったんですかね! カズミです、カ・ズ・ミ!」

「う、うわっ! カ、カズミさん? あ、いや、高松くん? ご、ごめん! 男のときの顔忘れてたよ〜 あ、あははは」

「つれないですね〜」

「しっかし男だとでかいねぇ、キミ〜 女子ると華奢なのに……」

「そうなんですよ、それが悩みの種で……体育会系ですからしょうがないですけど」


 高松コウキは確か二年か三年下の学年で、大学では学部も違っていたので学園ではほとんど顔を合わせることもなく、会社で同僚になってから親しくなった間柄だ。


「中島さんも検査ですか? 俺はもう終わりましたよ……でもなんで寮から? あ、そっか。中島さんはお泊り検査なんですね」

「そうなんだよね〜 わたしだけなぜかいつも一泊二日のお泊り検査なんだよね……一番最初のケースだからかねぇ」

「そうかも知れませんねぇ……じゃ、俺は帰りますね。検査頑張ってください」

「うん。高松くんは今日は休み? それともお店?」

「せっかくなんで今日はこれから遅いお昼食べて、休みにしますよ」

「そっか〜 じゃゆっくり休んでね〜」

「はい。では、失礼します!」


 高松くんと別れたあと、生体検査室に向かう。

 生体検査室……何度聞いてもイヤな名前だ。TS検査室とかもっと柔らかい名称にならないのかな……。


 TS証明書で解錠し入室する。

「こんにちは、中島です。今年もよろしくお願いします……」

「お、中島くん久しぶり」と一条教授。

 教授とも十数年来の顔見知りだ。

「身体に変化はなかったかい?」

「ええ、老けただけです」

「そりゃお互いだわ。わははは」


「では、身体検査から始めます。昨夜から食事は摂ってないですね? トイレは済ませました? 検尿もあるんで……」と看護師さん。

「あ、大丈夫です。でも身体検査終わってから次の検査前にもう一度行きます。そうでないと……」

「そうですね。検査前に行っておいたほうがいいですね」と看護師さん。

「では右側の更衣室で検査着に着替えてきてくださいね」

「はい……」

 更衣室で下着は着用せず、検査着とスリッパだけを履き「準備できました」と看護師さんに告げる。

「では、身長と体重から測定していきますね〜」


 身長:165センチ

 体重:59.9キログラム

 視力:左0.7 右0.6――


 身体検査が終わって、一条教授の問診。

「中島くん、相変わらず普通だねぇ」

「ええ、まぁ……それに、お店に出る仕事ですんで、体型とか体重は気をつけてますし」

「ふむ。血液検査も尿検査、肺のレントゲン写真も……問題ない……と。最近大きな病気とか怪我はしてないよね?」

「はい、大丈夫です」

「じゃ、検査始めようか……」

「はい……あ、その前にトイレに行きますんで」


 女子化すると膀胱が小さくなるので、失禁の恐れがある。以前、失敗したことがあるから検査前のトイレは忘れちゃいけない。


 トイレから戻ると「ではこちらの検査室へ……」と看護師さんに促される。

 用意した、ジェルがついたジェルブラシ――普通のブラシはキャップがないけど、周りを汚さないように専用のキャップを付けている――を持って検査室に入る。


 検査室の中央には、巨大なTSスキャナーがコンクリート打ちっぱなしの床にデンと据え付けられていた。

 MRIはトンネル状の装置の中にベッドが移動して、身体を断面的にスキャニングするけど、TSスキャナーは全身を一度にスキャンする必要からか、カプセル状になっている。

 その形状は、よくSFに出てくるコールドスリープ装置を連想させる。

 教授が二十年ほど前に開発したもので、年がら年中メンテナンスと改造を繰り返しているらしい……マッドサイエンティストか……?


「じゃ中島くん、検査着を脱いでベッドに横になって」

 室内スピーカーを通して操作室にいる一条教授の声が聞こえる。

「はい」

 毎年の事なので躊躇わず全裸になり、検査器のカプセルからせり出しているベッドに横になる。

「では、ベッド移動するね。合図でいつものように始めて」

 カプセル内にベッドが吸い込まれるように静かに移動し、外部の音と光から遮断される。

『全身 スキャニング を 開始 します』

 機械音とともに、耳元のスピーカーからAI音声――MRIと異なり、機械音は静からしい――が聞こえる。音声だけは十五年前に初女子化したころと、変わらない。

 その音声を合図に、ジェルブラシのキャップを取り左親指にネイルを塗る。内部は薄明るく、全く手元が見えなくなるわけではない。

 ブラシを戻し右手横のトレイに置くと同時に……。


 動悸、頭痛、めまいが始まる……。


『心拍数 が 1 分間 に 92 回 を 確認しました』

『収縮期血圧 が 181 mmHg に 上昇 しました』

『体温 が 37.9 ℃ に 上昇 を 確認しました』


『テストステロン 分泌量 の 減少 を 確認しました』

『エストロゲン 分泌 を 確認しました』


 どうやってスキャンしているんだかわからないが……それからは音声の報告と同じ箇所――ほぼ全身――に痛みを感じ始める。


『全身骨格 の 矮小化 が 開始されました』


『四肢 指 爪 の 縮小 を 確認しました』


『骨盤 の 拡張 を 確認しました』


『筋肉量 の 減少 を 確認しました』


『声帯 の 収縮 を 確認しました』


『皮下脂肪 の 増加 を 確認しました』


『睾丸 の 体内 へ の 吸収 を 確認しました』


『陰茎 の 収縮 を 確認しました』


『外性器 の 形成 を 確認しました』


『精巣 の 卵巣化 を 確認しました』


『精管 の 卵管化 を 確認しました』


『前立腺小室 の 拡張 と 子宮形成 を 確認しました』


『内性器 が 形成されました』


『尿道 の 短縮 を 確認しました』


『乳腺 の 発達 を 確認しました』


『乳房 の 若干 の 膨張 を 確認しました』若干……かぁ。


『肌質 の 変化 を 確認しました』


『体毛 の 減少 を 確認しました』


 ここまで何分だろうか……徐々に全身の痛みが薄らいでいく……。


『身長 が 165 センチメートル から 148 センチメートル に 縮小 しました』

『体重 が 59.9 キログラム から 45.3 キログラム に 減量しました』


『頭髪 の 成長 36.2 センチメートル を 確認しました』


『頭髪 の 変色 ブラック から ゴールド を 確認しました』


『虹彩 の 変色 ダークブラウン から レッド を 確認しました』


『心拍数 が 1 分間 65 回 に 減少 を 確認しました』

『収縮期血圧 が 125 mmHg に 下降 を 確認しました』

『体温 が 36.1 ℃ に 下降 を 確認しました』


『女子化 が 完了 しました』

『スキャニング 開始 から 5 分 12 秒 経過しました』


「はい、おつかれ中島さん。ベッド移動させるね」

 静かにベッドが移動を始め、新鮮な空気が流れ込む。


 検査器のベッドの上に見た目十六、七歳。長い金髪、赤目の『中島しのぶ』がちょこんと座っていた。


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