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第2話 店長会議の日

 店長の仕事は多岐に渡る。


 日々の売上チェック、資材……ジェルネイル、ラメ、ネイルファイル(爪を磨くもの)、オフに使うアセトン、保温剤、はたまたトイレットペーパーやら椅子カバーや、脱臭剤など雑貨類等々の本社への注文。

 ネイリストのシフト管理、日報整理やお客様からのクレーム対応――帰宅後に虫眼鏡でみないとわからないような気泡があった!等々。

 そんなわけで、通常わたしは女子化しないで店舗バックヤードで一日を過ごす事が多いけど、一度女子化した週はそのままでいる。

 先日のように女子化して店頭に立つのは、カネコ社長のようなお得意様の指名を受けたときや、新人教育のときぐらいかな。


 今日は月一度の店長会議なので、午前中は資料を纏める……といっても売上はリアルタイムに本社サーバーに上がるのでそれを見ながら、今後の店舗運営をどうするかを考えパワポで案を作成するくらいだ。

 チーフ(安藤ラム)はわたしがこの中央店の店長になったときに入社、配属された子で、かれこれ五年になるかな?

 ちなみにもうひとりのスタッフのぴーちゃん(岸本タヅサ)は、わたしの教育が厳しかったのか元々なのか、すぐぴーぴー泣くのでぴーちゃんとあだ名を付けたのが始まり。

 他にはアルバイトが何名か在籍している。


「今日は月初だから店長会議で午後から本社に行って留守にするけど、チーフにお店任せていいかな?」

「あ、はい。大丈夫ですよ〜 今日は店長、先月の売上好調だったから気合い入れて行きますよねぇ?」

「う〜そうだな〜 全店長がくるからなぁ……特に……」

 県内には他に四店の直営店があり、その売上高とスタッフ稼働率で成績が決まる。ネイルサロンTSだけあって、店長は全員TS娘だ。

 その中でもわたしだけが女子化してもなぜか年齢相応――なんたって三十路のおっさんだ――にならず、初女子化したときの見た目十六、七歳のままなのは謎だ。

 だからといっていつまでもJKスタイルで本社に行くわけにはいかない……。


「じゃぁ、少しでも大人っぽくしてくんない?」

「店長を大人っぽく……ねぇ……」

「お〜い、なに悩んでるんだよ〜!」

「……じゃぁ、今日は清楚なワンピで、見えないですけどフットもバッチリ決めて、まだ寒いからロングコートのコーデで行きましょうか!」とわたし専用クローゼットをあさり始める。

 わたしはいつものルーチンでジェルネイルを塗って女子化する……。


「じゃ、本社行ってきま〜す」

「はーい、行ってらっしゃ〜い」

 今日はいつものポニテではなく、ちょっと大人っぽいゆるふわポニテ。

 徒歩で数分の本社へ向かった。

 本社はオフィス街の雑居ビル三階にある。エレベーターホールを挟んだ南側のフロアの全てを使ったパーティションが少ない、見通しが良い事務所だ。


「お疲れ様で〜す」とドアを開けて入る。

「あ、しのぶさんお疲れ様〜」

「お疲れ様です」

 あちこちから挨拶。

 お客様であれ社員であれ、誰でも入室すると皆すぐ挨拶する習慣が身についている。あ、それはあたりまえか。


 これから店長会議を行うミーティングルーム1には既にきれいなTS娘のお姉さま――中の人はおっさんが多いけど――が二、三人集まっている。

「お疲れ様〜」

「お疲れ様。あ、しのぶちゃん。今日はお・と・なっぽいわねぇ」

 ライバル支店、TS市駅前店店長のカズミさんだ。いわゆる源氏名で、本名はもっと男っぽい名前だったけど、ん〜忘れた……。

 わたしは本名が「忍」なので、違和感ないからそのまま「しのぶ」で通している。

「え〜い、うっさいわい。たまにはいいじゃん!」

「そーいう怒ったとこも、かっわいいわね〜」

「うっせ〜」


 ミーティングルームに、二十代前半の男性社員が入ってくる。

「職業体験か、ネイルモデルの方ですか?」

「は、はい〜?」

「いや、ここはミーティングルームなので、外部の方はネイルアカデミーの方へ……」

「ななな、何言ってんのよ! わ、わたしは中央店の店長よ!」

「えぇぇ? ほ、ほんとですかぁ?」

「そうよ〜、タナカさん。

 あなたまだ入ったばかりだから見覚えないと思うけど、この子こう見えても中央店店長よ? 失礼のないようにね」とカズミさん。


「し、失礼しました!」

「こう見えてもってなにそれ、フォローになってな〜い!」

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