目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第3話

「でも、狙撃なんて、穏やかじゃないよな。やっぱり暴力団とか外国人マフィア絡みかな。歌舞伎町関係の」

「歌舞伎町なんて、石原都政ですっかり浄化されちまったじゃないか。まあ、売春は問題になってるがな。そうそう、高田商会、行ってみたんだけど、ごく普通の会社っぽかったよ」

「でも、何か後ろ暗いことがあったんだろ」

 俺は昨日見た高田秀俊の姿を思い出す。けれど、彼の容態に気がとられていたせいか、人物像はよく思い出せない。しかも、銃撃で面相が変わっていた。

 彼の最期の言葉「ミサキ」については飯田には話さない。おそらく高田秀俊のプライベートな事柄だからだ。したがって、近く下落合の彼の自宅を訪れる心づもりであることも言わなかった。俺も、家族に伝えたら、忘れてしまおう。それがいい。

 ひとしきり昨日の事件について話を交わし、次にまったく違う話題に移った。そして俺は驚いた。飯田は、実はこのことを話したくて、今日は俺を飲みに誘ったらしい。

「俺、結婚するかもしれない。そうだな、年内くらい目途に、ね」

「へ」

 虚を突かれた感覚で間抜けな返事をした俺に対し、飯田はまじめな顔で続けた。

「最近出会った人なんだけど、俺は本気で付き合ってるんだ」

 気がつくと、顔が紅い。さっきのビールくらいでこんなに紅くなるような男ではなかった。

 それから飯田はしばし沈黙する。手に握ったジョッキを見つめたままだ。俺は気を利かせてまた生を注文する。彼はまだ考えこんでいる。

 すぐに新しいジョッキが来て、俺は自分の空になったジョッキを店員に預け、飯田からも受け取ろうとした。そのとき、飯田は視線を上げた。と、同時に俺のスマホが振動した。

 俺はスマホを優先した。電話の着信だったからだ。しかも、固定電話。

「はい、神楽圭介です」

「あ、ご連絡が遅れまして、申し訳ありませんでした。高田商会の中野と申します」

 あのひょろりとした中年の男の顔が浮かんだ。

「今、お時間、よろしいですか」

「どうぞ」

 目の前では、妙な間ができたことに苦笑いを浮かべた飯田が、自分の空のジョッキを店員に渡すところだった。

「高田社長の奥さまから先ほどお返事をいただきました。今は大変取り込んでいるから、落ち着いたらご自身からご連絡を差し上げたいとのことでした。つきましては、誠に恐縮ですが、神楽さまの携帯電話の番号を、お教えしてもよろしいでしょうか」

事務的な口調だった。しかし、疲弊していることが十分にうかがえる声音でもあった。

「ああ、かまいませんよ。私の方はいつでも大丈夫なので、ご都合のよろしいときに、とお伝えください」

 通話を終えると、飯田がまっすぐに俺を見ていた。今の話にはまったく興味はないらしい。仕事の関係だと思っているのだろう。

「彼女の名は、木場佳奈美。一度、君にも紹介しておきたいんだ」

 まったく聞いたことのない名前だった。

「どういう人? どこで知り合ったの」

 俺は飯田を促すために少し茶化すような口調で尋ねた。飯田は頬をほころばせ、語り始める。

「うん、実は、異業種交流会ってのに参加して、さ」

 意外な言葉が飛び出した。でも、すぐに察した。飯田は、器用な方ではないが実直な仕事人間だ。おそらく、仕事上の人脈を広げるために参加したのだろう。あまりまじめでない俺などにはない発想だ。

「年齢は?」

 今度はわざと事務的に尋ねる。

「24歳。俺より、5つ下だ」

 俺と飯田は新卒採用で同期だが、飯田は大学を一浪しているので、俺よりは1つ年上だ。彼女は俺より4つ下ということになる。

「職業は?」

「マツバ銀行に勤めてる。融資担当だそうだ」

「出身地は?」

「お前なぁ」

 飯田は半ば呆れた様子で俺をにらんだ。

「そんな尋問調、やめてくれよ。黙って聞いてくれ」

 どちらかというと口下手な飯田を助けるつもりだったが、逆効果だったようだ。

 と同時に、尋問調と言われ、昨夜の馬場刑事のことが思い出されて一瞬不快さがよみがえった。が、すぐに頭から振り払った。

 飯田の話を傾聴する前に、俺はハイボールを頼んだ。飯田もつられて芋焼酎を注文する。適当に二、三、つまみも追加した。店の中は、いつの間にか混み合っている。俺たちは暖簾で仕切られた小部屋にいたので、気がつかなかった。

 飯田によると、彼女は某有名女子大を卒業した才媛だそうだ。それでいて、気取りがなく親しみやすい。いや、少なくとも飯田にはそう感じられるようだ。

「美人か?」

 さりげなく聞いてみる。

「日本風の美人さ」

 恥ずかしそうに飯田は答える。

「彼女は、結婚について何て?」

「うん、そういうことをほのめかしてくる。一度家に来てほしい、と言われて」

「ご両親と対面か、よかったな」

「で、いつなら会ってくれる?」

 俺は少し不思議だった。彼女にそれほどほれ込んでいるのなら、わざわざ俺に会わせる必要などないではないか。あくまで二人の問題だ。だが、水を差すような気もして、そのことは口に出さず、いつでもOKだと言っておいた。飯田は、一通り自分の話をして満足したのか、今度は俺に振ってきた。

「神楽の方は? 彼女、いるんだろ」

「なんだよ、野郎同士で恋バナかよ。恥ずかしい」

「いいじゃないか、隠さなくても。お前、モテるしさ」

「冗談じゃないよ」

 ぶっきらぼうに俺は応えた。この手の話をする趣味はない。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?