その時、西川のスマホからメロウな着信音が奏でられた。
「今から出るの?駅まで迎えに行くよ…… あっ、おれ? 来なくていいの……? えっ? 王子に代われって?……」
と大急ぎで通話に出た西川はしどろもどろに言った。しかしよく彼を見ると、通話の相手と会話が出来ることに喜びを感じている表情にも思えた。ちょっと照れていた。
そんな西川の声が先ほどとは打って変わって、妙に優しい上に通話の相手に
通話の相手は女性のようだ。西川はボクを除いた男性の前では、いつも強気なはずだった。ちなみにボクの前では駄々っ子になった。ウザい時もあった。
通常方言で話す彼が、標準語なのが
恨めしそうな顔をしてボクを見つめる彼から、通話中のスマホを受け取り、「もしもし、どちら様ですか?」と整体院での対応のように言った。
こんな一般常識的なトークや立ち振る舞いが、職場では癖になっていたし、この喋りのほうが心身ともに楽だった。
相手が誰だろうと、当たり障りがなくていい。
通話の相手は、ボクの声を聞いて爆笑していた。その笑い声のハーモニーの中で、微妙に声が違う複数の相手は二人だと思った。この二人はアルトとメゾソプラノ(ソプラノとアルトの中間層)であった。
ちなみに、西川はテノールである。
この熱気に満ちた
大体誰なのかは予想はついた。
「王子、元気?わたしが誰だかわかる?」
アルト声が、攻撃開始と言わんばかりに、質問してきた。相手は挑戦的だった。王子って呼ばないでほしい!
ボクは、ほんの少しだけ
その相手は、しばらく我慢した空気を、十分過ぎるぐらいためた後に、「正解!」という言葉を、気持ち良く噴射するように、ボクの心に命中させた。
再び女性二人の、ボクへの勝利を讃える爆笑をはさんで「じゃあ、わたしは誰でしょう?」と、もう一人のメゾソプラノ声が、まだこの雰囲気に乗り切れていないアイドリング中のボクの耳に飛び込んできた。
「
「正解!」の代わりに、三度目の女戦士たちの明るい笑い声が返ってきた。
西川のスマホから漏れ聞こえるカンカン照りの大笑いに、西川が先ほどから僕に向けていた恨めしい表情に、置いてけぼりをくった子供のような元気のない目の
半年ぶりに会った友人に、こんな表情をされると、ボクが
セリナと西川の関係性は、今はどうなってんのか知らないけど……。
セリナ(星奈&里奈)の二人は、よく覚えていた。
彼女たちは、いつも二人で一緒にいたように思う。
このアイドルみたいなセリナというネーミングは、ボクが何となく言っていたら、いつの間にか周囲も呼んでいた感じだ。
「
「ボクのマンションの1階にコンビニがありますから、そこを教えます。駅からなら徒歩10分で着きます」
あとは一通り星奈に教えてから、通話を切った。
無言で西川の肩を軽く叩いて、「1時間位で着く予定だってよ。これはどういうことなのかな?」となるたけ刺激を与えないように、努めて優しく聞いてみた。
「ごめんやで、セリナの二人がどうしても王子に会いたいって言うんでな、仕方なくや……」
西川は力なく言った後、手元のビールを飲みほしてから「王子は慌ただしく辞めたやんか…… せやから送別会もせえへんかったやろ。セリナの二人が、それをやりたいそうや。で、頼まれたオレが一肌脱いで、こんな感じになりにけりってわけや……どうや?」
「わかったよ。それとな、西川…… もう王子って呼ばないでくれ!」
ボクはさっきから一番やめてもらいたいことを、ほんの少しためてから口にした。
それを聞いた西川は、ニヤッとした。
キモっ。
確かにボクは逃げるようにして、大学を去った。除籍に到った細かい事情を説明すると、みんなを重たい気持ちにすると思った。それは絶対に嫌だった。
正確には、同情させてしまう自分自身を
ボクは学費として預金しておいたお金を借金で困っていた親戚に貸した。
3年前、その年老いた親戚は、母親を亡くした高校生のボクを、嫌な顔をしないで引き取ってくれて、無事に卒業まで導いてくれた。
お世話になった人を放ってはおけなかった。
カッコいいことなんて言いたくはない。
ちょうど勉強にも飽きていたのだ。
いろんなことが頭の中を錯綜した。
やめるタイミングであった。
大学にまた行きたくなったら、自分でお金を貯めよう。
それはないと思うが。
こんなことを、大学の友人には言いたくなかった。だから黙って去ることを選んだ。
今後も理由は言わない。
このことを考えると、やっぱり気持ちが重くなる。
無駄な興奮を鎮めよう。
現状のマインド設定をしよう。
彼らの今回の企画を怒っているわけではないが、ドッキリみたいにいきなり、半年ぶりに大学の時の友人と会うのは、少し唐突ではないか?芸能人じゃないんだから。
大学をあとにして半年も経っているのに、今更、送別会を含んでる再会って、ボクは、どんな顔をすればいいんだろう?
旅先で偶然再会したのとは、わけが違うんだから。
でも仕方がない。
セリナはこちらへ向かっている。
完全にあきらめて、調子を合わせることからシュミレーションした。
とりあえず西川は、こんな感じだし、酔って眠くなったら適当に、ゴロ寝するだろう。
さっきの通話の感じから察して、彼はセリナの前では、あからさまに騒がないだろう。
西川が速攻で食べた焼きそばの皿を洗いながら、当時の大学のサークル活動を思い出した。
この4人は同じサークルに所属していた。