ボクは大学を2年で除籍になった。その後、整体師をしながら、忙しく暮らしていた。三か月ほどで仕事も順調になって、徐々に指名客が増えてきたこともあり、贅沢な生活をしなければ経済的に困ることはなかった。
そんな
「何の用?」
とボクは冷たく言った。西川とは半年は会っていないが、彼の声を聞いたら、昔の馴れ合った頃の返事をしたくなった。ボクがサドであり、西川はマゾである。虐めていた訳ではない。お互いにキャラ特性を活かした関係性である。サドもマゾも、必ずしも性的なものとは限らないと思う。
「いつでもええんやけど。久しぶりに飲まへんか?」
「部屋飲みで、よければいいよ」
「わかった」と西川は言って、通話を切った。おい!まだ切るなよ……。せっかちなところは以前のまんまだ。
それとも、ボクの冷たい声の感じがキツかったのだろうか?
数秒後着信があり、再度通知が西川だった。目の前が職場の整体院だったので、とりま聞き流した。
数分後に、西川から困り顔のクマのスタンプを送ってきた。ボクはロッカールームで着替えた後に、勤務がオフの日をシフト表で確認してから、部屋飲みの日時と自分のマンションの一階にあるコンビニの支店名を送信した。
部屋には何度か来たことはあると思うが、西川のことだから忘れているかもしれない。聞かれる前に簡略だが送っといた。
西川の返信は秒のスピードだった。
表示を見ると今度は、よいしょの金太郎の片足を上げたスタンプが送られてきた。どうやらOKのようだ。
数日後、西川がアルコール類とつまみを持参で私の部屋にやって来た。彼は部屋に入ると、短く刈り込んだツーブロックをさすりながら、「部屋キレイにしとんなぁ」とハイトーンボイスで言った。
「適当に座ってくれ」
とボクは言って、久しぶりに見た身長約2mの西川に圧倒されていた。
学生の頃はこの巨大な身体を見慣れていたので、普通と感じていた。
彼の持参したビール500ml×6本を冷蔵庫に入れて、彼の実家から、定期的に送られてくるという高級焼酎の一升瓶を床に置いた。
「おい!飲もうで!」
と西川は言った。
「まだ昼間だ」
ボクは昼間から飲む習慣がない。それと、昼間から酔っぱらうことに対する罪悪感もあった。
「ええやんか。飲もうで!」
と西川は言って、大きい身体をズシリと大型のビーズクッションに沈めて、わがままを言う駄々っ子のようにこちらを睨み上げて言った。正確にはこちらが、そのように見えたのだが。彼はけっして怒っているわけではなかった。
西川の実家は、彼の地元の県内に名を
三男坊の彼は裕福な親から
大学受験の時は三人家庭教師をつけられたという。
彼の兄と姉は、県内でも有数の進学校出身者であり、とっくの幼少期から勉強のやり方は熟知していた。西川曰く、三男坊の自分は勉強に関しては出来が悪かったそうだ。
しかし試験直前の模試までには偏差値が60になった。
高2の夏休みに38だったものが、直前に60まで上げた家庭教師は、ボーナスで50万円を受け取り、晴れてAランク大学合格に導き、再び50万円を手にしたという。
もちろん教師一人ずつである。家庭教師三人に支払った総計額は月謝も含めて、西川の大学の4年間の学費に匹敵する。
ちょっと、ふざけている。常軌を逸した話のようにもとれた。
出来のいい兄と姉は、西川の前で、このことを今だにネタにするという。
西川にこの話をどんなに悲しい表情をして語られても、どこに同情をする余地があるのだろうか?
ボクは初めてその話を聞いた時、苦笑するしかなかった。
半年前までボクも大学生だった。学生をやめて社会人になってみると、普段からろくに勉強もしないで、昼間から酒をねだる学生がどんだけポンコツなのか分かるような気がした。
「はいはい。コップ要る?」
とボクは言って、西川に焼きそばを作ってあげようと台所に立った。
「コップ要らんよ」
と西川は言って、冷蔵庫からビールを取り出し、ブチッとビールのタブを開けて勢いよく飲んだ。
いい飲みっぷりだ。
「王子もいけよ!」
と西川は言って、冷蔵庫のドアを指した。
ボクは久しぶりに、
再会を祝して乾杯した。
「みんな、王子を心配しとるよ。いつの間にか、グループライン退会してるし、感じ悪いやっちゃで。泣けるわ」
と西川は言った。その件を、それ以上は言わなかった。心にもないことを、わざわざ出向いて来て、言わないはずだ。基本面倒くさがり屋である。ウザいが悪い気はしなかった。
ボクは二人前の焼きそばを一皿に盛りつけた。
「おい、西やんは紅しょうが食べる人?」
とボクは聞いた。
「なんでも!大盛り食うよ!」
「紅しょうがの大盛りなんて聞いたことがないよ」
「おれ、牛丼屋の紅しょうがは肉が見えなくなるまで、真っ赤にのせたるわ!」
「普段は、ほどほどにしとけ。塩分取りすぎだよ。消化機能が落ちてるときは多少は増やしてもいいがな」
「さすが整体師やな。健康系ユーチューバーでもやったらええわ。王子はイケメンやし、稼げるで」
「イケメン言うな!」
西川は大盛りの焼きそばを5分もかからずに平らげていた。
相手が子供じゃないから、よく噛んで食べろとは言えなかった。それにしても早すぎないか?
「ところで、なんで、整体師になったん?」
と西川は言って、2本目のビールをグイッと口にした。
「亡くなったおふくろが、マッサージ師だったから、小さい時から筋肉のほぐし方を教わっていたんだ」
ボクは言ってから、恥ずかしくなった。
子供の時は、親から実家でやっている仕事を教わるのが嫌だった。まだ自分の中に家業を継ぐなんて発想は芽生えていなかった。
しかし現在、お客様の身体を癒すための健康系の仕事に従事してみると、子供の頃から親に仕込まれた腕には、多少なりとも自信がついていた。そんな意味では初心者ではなかったし、お客様に緊張しないで接することが出来た。
「そういや、王子はあんまり自分の実家のことをみんなに言わんかったな……兄弟とか親戚とか」
「聞かれなかったし。それに西やんの実家のように立派なもんじゃないから、自慢するようなことはないしな」
ボクは気味の悪いことに、自分で言いながら自嘲気味に笑っていた。
「ほな、王子は血統がええんやな。サラブレッドやんけ。いよっ!!二代目!!」
と西川は言って、私の肩を思いきり叩いた。
高校生の時に母親が亡くなってから、親戚が財務整理をして、実家の店舗はたたんだ。
自分が継ぐものなどは、多分母親から教わった基本的な技術を覚えている腕以外はなかった。だから2代目という響きは、私には実感がなかった。
西川はご機嫌で、実家から送られてきたという高価な芋焼酎を開けた。
「この焼酎の匂いに我を忘れてまうで」
と西川は言って、ボクのコップになみなみと注いだ。