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永遠の都
永遠の都
ささきばく
現代ファンタジー都市ファンタジー
2025年01月22日
公開日
1.2万字
連載中
 近現代都市ファンタジー
 (公募に出していた作品です)



 海に囲まれた都市。都市では『裁き』と呼ばれる殺人が頻発し、人々を脅かしていた。
 青年バンは記憶の一部がない。海に浮かんでいたところを酒場の主人ダイシンに拾われ、以降は賭場に行ったり寝たりとダラダラな日々を過ごしていた。
 だが、あるきっかけから『裁き』を調査する組織に入ることになり――


~登場人物簡易紹介~

バン:働くことが嫌いなダメ男。軽薄でいい加減な態度をとることも多い。一部の記憶が消えている。

グライナ:金目金髪の美女。冷静で生真面目な性格。ツッコミ役。神経質で苦労性。

イチリ:おしとやかな女性。絵本や小説の読み聞かせが得意。

 あちこちを彩るネオンサインが夜の街を照らしている。

 自動車の排気ガスが街を漂い、煙る通りに大小さまざまなビルや店舗が建ち並んでいた。

 酔いつぶれた客で賑わう大衆酒場。

 男が1人、卑猥な言葉で客引きをしている小さな娼館。

 点在するカラオケ店やゲームセンターの前では、見るからに素行不良そうな少年たちが煙草を手にたむろしている。

 通りの隅ではサラリーマンと思しき壮年の男性がうずくまって吐いていた。

 乱暴に街中を走るセダンがクラクションを鳴らし、どこかで男たちの怒鳴りあう声がひっきりなしに響く。


 ――いつもの、猥雑で退廃的な夜だ。


 青年はジーンズのポケットに手を突っこみ、そんな街の通りをそそくさと歩いている。騒ぎ立てる人の群れとぶつかりそうになり、道路を濡らす吐瀉物に足を取られながらも真っすぐに進んでいく。

 看板を身体に引っ提げた男が、伝声端末を手に青年の前をダラダラと歩いていた。足早に男を追い抜くと、青年は通りを逸れて路地へと向かっていった。

 一気に目の前が暗くなる。雨上がりの夜空は墨で塗ったように黒い。月も星も今は見えなかった。青年は地面に広がる水たまりをそろりと避けつつ、迷うことなくとあるビルの中に入った。

 誰も近づかないような廃墟に近い雑居ビルだ。スプレーで落書きされた共用階段をのぼり、2階にある目的の部屋へ音もなく入室する。


「……よく、きてくれた」


 扉を開けた先には男性が待ち構えるように立っていて、青年へつぶやくように囁いた。青年は毎度のことながら面食らう。

 いつも思うことだが、この男は訪問者の到来を予知しているのだろうか。

 白衣をその長身に纏い、サングラスで顔を隠した男性だ。

 歳は30代前半くらいだろうか。見た目は医者だが実際のところはわからない。彼が何者でも青年には関係がなかった。

 男性は踵を返すと部屋の奥へ歩きだす。自然、青年も部屋に入っていく。

 いつものことだ。

 薄暗い室内をハロゲン電球がぼうっと照らしていた。部屋には医療機器や器具らしき機械が無造作に置かれ、壁を埋める棚にも用途不明の機材が羅列している。電源は入っていないらしく、音も立てずに鎮座していた。

 その横にあるデスクに丸いポットが湯気をあげているのがひどく場違いに見える。


 ……相変わらず、異様な部屋である。


 奥の窓からは色とりどりのネオンが差しこみ、機材たちに色をつけている。

 青年はジャケットの裏ポケットから封筒を取りだすと、男性に向けて差しだした。


「これ、いつものだけど」

「……ああ、ありがとう」


 男性が静かに封筒を受け取る。すぐに中身を検め、それから小さくうなずき、視線を部屋の中心にある寝台に向けた。

 寝台では女性が横になっている。身じろぎひとつせず、まるで人形のように暗がりの中で沈んでいた。

 おそらくは寝ている……のだろう。まつげがわずか震えているのがわかった青年は、なんとはなしに胸をなでおろしていた。

 何度もこの部屋を訪れているが、女性が目覚めているところを見たことはなかったからだ。

 男性と同様、いったい何者なのか。なにをしているのか。

 だが、それも青年には関係のない事実ではあった。

 男性は封筒からフィルムに入った粉薬のようなものを取りだし、じっと眺めていた。


 ――『薬』だ。


 詳しくは青年も知らされていない。知る必要がないからだ。それを依頼主に運ぶだけが青年の仕事なのだから。

 ……なの、だが。


「なあ。その薬って、なんなんだ?」


 疑問に思っていたことがつい、口をついてでてしまった。やばいと思った時にはすでに遅かった。

 男性は薬を見つめたままなにも言わない。部屋に重苦しい沈黙が流れる。


「あ、わりぃ。やっぱ訊いちゃいけないことだよな」


 青年が慌てて首を振った。いかんせん、この都市にやってきて日が浅い。それにこの仕事も始めたばかりだ。こういったことには、きっと暗黙の了解があるのだろう。

 訊くだけ野暮な話ということは青年にもなんとなくわかっていた。

 なによりこれは犯罪に等しい。なんとなく違法な薬だということは青年もわかっているし、それを運ぶことも悪いのだと理解はしている。街の警察が取り締まりを強化し、根絶せんと動いている事実も知っていた。見つかれば一発でお縄だろう。

 だが、青年にとって生きていくために必要な仕事でもある。

 青年は軽く頭をさげた。


「んじゃ、俺はこれで。毎度どうも」

「……彼女は」

「え?」


 思わず目を見開く。男性が口を開いたことに驚いたのだ。それは今までの付き合いではなかった展開だ。

 男性は薬を今一度一瞥したあと寝台に眠る女性を見やった。


「彼女の生命活動を維持するには、今はこの薬が必要だ。だが、いつまでもというわけにはいかない」


 男性はサングラス越しに青年を真っすぐ見つめた。その双眸はどこか暗く淀み、青年へ懇願するような色を湛えていた。


「君に頼みがある」

「ん?」

「――彼女を、救ってくれないか?」

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