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第14話 最果ての城

 長い長い、永劫とも言える時が流れ……。


 女は男を待っていた。

 数え切れない年月を、世の果ての森の奥深くに聳える城で。


 あまりに待ち過ぎたので女は男の顔を忘れてしまった。かつて愛していたはずの男なのに。愛を交わした記憶だけが女の胸に残っていた。


 男を惑わせた漆黒の長い髪は灰の色に染まり、男を狂わせた白く艶めかしい肌は乾いてひび割れ、豪華な美しいドレスはボロボロの布切れと化している。


 女が棲まう城も森に飲み込まれようとしていた。


 生い茂り大木となった木々が押し寄せ、光り輝いていた城壁には無数の太い蔦が絡まり、もはやそこに城があることすら誰にも分からない。


 待つことに飽いた女は、城を出て男に逢いに行くことにした。


 ただひとり女に仕える騎士と共に。


「……」


 騎士を呼ぼうとした女はその名を忘れてしまったことに気づいた。


 だが……影のように付き従う騎士はいつも女と共にいる。常に女の後ろに。


 振り返った女の前に跪く黒い騎士。黒い鎧に覆われたその姿は影に同化している。


「今夜、この城を出ることにした。私について来なさい」


 女が嗄れた声で呼びかける。騎士はピクリとも動かず女に答えた。


「我が姫よ。何処へ……」


 深淵から響くような声が女の記憶をくすぐる。


「愛する人の元へ行くのだ」

「すべては姫の仰せのままに。では準備致しましょう」


 いつの間にか女の傍らに大きな鏡が立っていた。年老いて変わり果てた女の姿が写し出される。顔を背ける女。だが……自分の身体に目を落とすと、さっきまでボロボロだったドレスが昔の輝きを取り戻していた。


 女は鏡を見た。艶やかな漆黒の髪、ドレスの大きく開いた胸元から溢れる透き通るような白い肌。若く美しい娘の姿を取り戻した女が妖艶な笑みを浮かべている。


「森を抜けねばなるまい。どうする。"船"を使うか」


 女は騎士に問う。その声はもはや嗄れておらず天上からの調べのように清らかだった。


「船は目立ちます。下手をすると戦になるやもしれませぬ。ここは私にお任せを……」


 騎士が静かに立ち上がり、腰に下げた剣を目にも止まらぬ速さで抜き放ち大鏡に突き刺した。鎧と同じ漆黒の剣は光を吸い込んで黒々と沈み、粉々に割れるはずの鏡は何事も無かったかのように立っている。


 突き刺さった剣からユラユラと波紋が広がり始めた。その現象が落ち着くと、鏡の表面に何処とも知れぬ景色が映し出されていた。


「鏡を抜けます」

「うむ。鏡に写し出されている処に私の愛する人がいると言うのか?」

「この鏡は世の人々の意識を拾い上げ、最果ての城を夢想する者へと導きますゆえ」

「なるほど」

「ところで……姫の愛する人の名は?」

「知らぬ」

「御意。その者に逢えばそれと分かりましょう。どのような場所、刻であっても私が姫をお守り致します」

「頼んだぞ」

「では、我が姫よ。我が愛する人よ。参りましょう。すべてを滅ぼすために」




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