アーサー王=ウーサー・ペンドラゴン
アーサーとモルドレッドとの最後の戦いの地に降り立つ姫と黒い騎士
カムランの戦場は、舞い上がった土埃が傾きかけた太陽の弱々しい光を遮り、まだそんな時刻ではないのに夕闇が迫ったように薄暗くなっていた。
幾度にも及ぶ激闘の末、両軍とも軍勢を打ち減らし騎士達は消耗していた。大義ある戦ならともかく、発端が王妃と王の親友であるランスロットとの不義密通とあれば、勇猛果敢に戦った挙句に死しても輝かしい名誉を得ることは叶うまい。
「王よ……我らが円卓の騎士達も残り僅か。この
王の後ろに二人の騎士が控えていた。その鎧はかつては光り輝いていたのだろう。しかし今は血と泥にまみれ傷だらけで見る影もなかった。唯一光を失っていないのは兜の奥の双眸だけ。それも疲労困憊している証に真っ赤に充血している。
「済まぬ。ペディヴィア卿。もはやここに至ってはモルドレッドを討つまで引けぬ。あと少しだ」
「しかし、敵軍の方が数に於いて優勢なのは明らか。このまま消耗戦を続ければ輝かしき円卓の騎士は全滅。そして王も……。それほどの価値のある戦なのでしょうか。それに王の剣は…戦を勝利に導くはずの聖剣エクスカリバーは何処に?あの剣さえあればこんなことには……」
「口を慎まれよルーカン卿。今さら大義名分がどうのと言っても仕方あるまい」
もうひとりの騎士が王に詰問する口調でまくし立て、ペディヴィア卿と呼ばれた人物に遮られた。王は頓着せず疲れ切った口調で答える。
「エクスカリバーは戦のさなかに失われた。この手に握っていたはずなのに次の瞬間には魔法のように消えてしまったのだ」
「魔法のように……」
「そうだルーカン卿。ああ……マーリンがいてくれれば…悪しき魔法など遠ざけられたものを」
「偉大なる魔術師マーリンは、あろう事か自分の弟子の女に色狂いした所為で最早死んだも同然。王よ。嘆いても仕方ありませぬ」
「そうであったな……」
王が嘆息した時、前方でどよめきが起こった。馬のいななきと共に剣と剣が激しく打つかる金属音が響く。
「王よ! モルドレッド軍が攻めて参りました」
「うむ。最後の戦いだ。こうなったのはランスロットや愛するグエネヴィアの所為でも誰の所為でもない。私、アーサーが諸兄の意見を聞かず事を急いだ所為である。私自身がモルドレッドを討ち取りこの戦を終わらせよう」
アーサー王と二人の騎士は馬に跨り、一団となって敵軍に突っ込んでいった。
しかし数で勝るモルドレッド軍はアーサーの軍勢を圧倒し、戦が始まったばかりの頃には大勢いた筈の円卓の騎士達はひとりまたひとりと戦場に倒れていった。
残るは王を守るように円陣を組んだ数人の騎士だけ。ここぞとばかりにモルドレッドの群勢が襲いかかる。誰もがアーサー軍の全滅を確信したその時、モルドレッド軍の後方で異変が起きた。叫び声が上がり血飛沫が舞う。
その混乱の中心に静かに佇んでいるのは、この戦場にそぐわない純白のドレスの若い女と光を全く反射しない漆黒の鎧を纏った騎士。
女は例えようもなく美しかった。ドレスからのぞくその肌はこの世のものとは思えないほど白く清らかで、黒々とした長い髪がその無垢な印象を際立たせている。しかしその大きな濡れた瞳は、見つめられた男達を淫らな欲望の罠に突き落とし破滅させる底知れない深淵を湛えていた。