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22「腐臭」


 ナスベ村。

 それは俺が龍として転生した生涯で近くに建てられていた村の名前だ。

 そして、ヨスナを俺に捧げた村でもある。


 龍だった頃は自分がどの国のどの地域に居るかなど全く興味がなかった。

 だから今地図を見ても、クラウスが言った『ナスベ龍街』という場所がナスベ村と同一の場所である確証はない。


 しかし、同じ名前というだけで可能性としては十分だ。


「もうすぐ到着いたしますよ坊ちゃま」

「あぁ」


 王族が使う馬車というだけあって意匠も豪華だ。

 それに甲冑を着た護衛の騎士が七人。

 クラウスに俺、それに馬車の御者を含めれば全部で十人。

 これでも少なくして貰った方なんだけどな。

 王子ともなると普通に出かけるだけでも大所帯だな。


 ナスベ龍街から二kmほどの位置には監視用の砦が建設されている。

 砦からナスベ龍街の様子を常に監視しているようだ。

 とはいえ、今まで一度も龍の討伐記録はない。

 それでも砦が無事なのは相手が『反撃しかしない』から。


 ナスベ龍街に侵略の意志はなく、現状龍戦力は都市の防衛にのみ充てられているらしい。


「王子!」


 調べた限りの記憶を思い出していると、外の騎士の一人が声を荒げた。


 ――ドン、ドン、ドカン!


 更に連続して爆発音が幾つも響く。

 馬車が緊急停止し、外からは馬の嘶きや鎧のぶつかる音が聞こえてくる。


 床に転がった剣を拾い、俺も急いで外へ出る。


「坊ちゃま!」


 クラウスも俺を追って外へ出てきた。


「はっ、マジで居やがった……」


 草原の所々から火の手が上がっている。

 煙を追うように空へと視線を移せば、その存在は己が巨大な身体を広げ滞空していた。


 赤い鱗を纏い、口からは火を噴き、巨大な翼でくうを舞う。


 それは間違いなく――


「ドラゴン……!」


 俺たちの目的地である砦に向けて、火球の形状を取ったブレスを連射している。

 本気のブレスではないだろうが、あのまま撃ち込まれ続ければ砦は崩壊するだろう。


「飛行術式――起動」

「お待ちください、坊ちゃま!」


 龍の鱗は硬質で、その一息は村落を吹き飛ばす。

 莫大な魔力と圧倒的な膂力、それが飛行しながらこちらを向き、暴虐の限りを尽くす。

 矮小な人の身では挑戦する権利すら持つことは叶わない。


 それが『龍』であり、それが『ドラゴン』だ……った。


 今までは――


「終奥――」


 飛行と共に剣に魔力を乗せる。

 この技がお前たちに通用することは既に確かめた。

 白龍のような特殊な魔術があるなら使って来い。

 その上で、俺はお前を凌駕してやる。


「龍太刀!」


 一閃。

 横へ振り抜いたそれは赤龍の側面から首を狙う。

 その到達前に考えられる行動の選択肢を予測する。

 相手の行動を予測し、更に二手三手先の対応を頭に浮かべる。

 何が起こってもいいように。


 さぁ……どうする?

 腕を上げてガードするか?

 翼の飛翔で致命傷を避けるか?

 それとも何か予想外の魔術で防御や回避してくるのか?


「…………ゥ」

「は?」


 赤龍は、短く呻き、その首を跳ばした。


 赤龍が墜落を始める。

 その身体にそれまでの力強さは全くない。

 まるで死骸のように落下していく。


「死んだ……? 本気で言ってんのか?」


 俺も落下した赤龍の近くへ着地する。


「坊ちゃま! まさか本当に龍殺しを成し遂げられたのですか!?」

「いや……」

「王子すげぇ!」

「龍の死体なんて初めて見ましたよ!」

「王子! 王子! 王子!」

「わっしょい! わっしょい!」


 話聞けよ。

 クラウスと一緒に俺を追いかけてきた騎士共のバカ騒ぎを無視して、俺は龍の死骸の見分を始める。

 龍は人間と同等以上の知性を持つ種族。

 俺の斬撃の脅威を感知できなかったとは思えない。

 感知した上で何も反応しないなんて龍の思考回路には思えない。


 あの白龍ですらそれくらいの対応はできてた。


「こいつはほんとにドラゴンなのか?」


 龍の死骸を見ている内にあることに気が付いた。

 首の切断面からの出血量がかなり少ない。

 それに肉の色が黒く変色している。

 これは……腐敗か?


 この雰囲気は龍というよりは……


「馬上より失礼。助力感謝いたします! しかし貴方方は一体……?」


 砦から兵士が数人、それに一際豪華な鎧の男が一人馬に乗ってやってきた。

 多分こいつがこの砦の将軍だろう。


「この方はネル・ウィンラクス・レイサム殿下であらせられます。わたくしは執事のクラウスと申します」

「第十一王子……本日来客とは聞いておりましたが、まさか龍を撃墜するような腕前をお持ちとは……失礼、私はこの砦を預かるウハク・ヴェ・アリアスタでございます」

「ウハク、もし何かの作戦行動中だったなら邪魔して悪かった」

「いえ、我々に龍への対抗手段はありませんでしたから」

「そうか。だったらなんでこんなことになってるのかと、ナスベ龍街について詳しい話を聞きたいんだが?」

「かしこまりました。では一先ず砦の方へおいで下さいませ」

「あぁ」


 ウハクに通されたのは砦の作戦室だった。

 机の上には地図を主とした様々な資料が並んでいる。

 それを流し見する限り戦況はあまり芳しくはなさそうだ。


「それで、なんで龍と交戦中だった?」

「あの光景はここではあまり珍しいことではありませんよ……」


 疲れた表情でウハクは呟く。

 それに引かれるように他の兵士の顔も下を向いた。


「龍へ挑んでも勝てない。しかし龍へ挑まなければ兵士としての役割は果たせない。国の命令なら我々は死地へ赴く他になく、王家や貴族の方々は功績を持たぬ兵士には厳しくなるものです」


 前門の龍後門の上司ってか。

 板挟みも大変だな。


「それで龍へ挑んで反撃されてたわけか」

「えぇ、私が就任してから砦は三度破壊されています。前任とその前の指揮官は、自害ともとれる特攻によって戦死しています」

「まぁ、何の策もなく龍に突進すればそうなるだろうな」

「私も就任して半年ですが、今なら前任の気持ちが分かる。勝てない戦に部下を向かわせる苦痛、戦況を理解しない上層部、それでも反乱など認めるわけにはいかないという国の威信」


 ウハクは相当参っている様子だ。

 ケネンと同じくらいの歳に見えるのに白髪が目立つ。


「あの都市に我が国が干渉できなくなって既に三十年以上。正直な話、攻撃をしかけてこない龍をつつく意味などないと思っています」

「そうか」


 国の威信など俺とは関係ない。

 元々、この身体は王子の自覚なんか持ってなかった。

 十一番目のというのも理由の一つだろうが、人生を甘く考えているただのボンボンだった。


 それに魂の方の俺としても国のごたごたに関与する気なんかさらさらない。


 ただ、あの赤龍のことは気になる。

 あの死骸、普通の龍とは思えないし。


「だが龍はもう殺したんだ。これで戦争も終わりだろ?」

「……違います」

「あ?」

「あの都市を守護する龍は【六頭】居るのです」

「は……? 六……?」

「冗談ではないのです! だから我々は勝てぬのです! 絶対に、戦ってはいけないのです! だから私も、私の部下も、もう諦めていた! あの龍共を本気で怒らせてしまわないように、児戯のような攻撃を続け、玩具のように弄ばれる。それだけがあの都市に六頭の龍を封じる方法だったのに……」

「ウハク殿……大丈夫ですかな?」


 頭を掻きむしり、発狂するようにウハクは叫ぶ。

 クラウスの心配の声も届いていなさそうだ。


「あぁ、思い出してしまった。嫌だ、嫌だ……」

「おい、落ち着けよ」

「龍の怒りがこの国を襲います。王子のせいですよ……王子が龍を殺してしまうから……」

「ウハク殿、無礼ですぞ!」

「やめろクラウス。ウハク、知らなかったとはいえそいつは悪かったな」

「謝罪など不要です。国防は悪化した、それが事実ですから」

「王子としての責任なんか微塵も感じてねぇが、お前の髪の毛の償いも兼ねて残りの五匹も俺が始末してきてやるよ」


 地図を見ればこの砦とナスベ龍街の位置関係は詳細に分かった。

 どういう体制で街が守護されているのか不明だが、それもこいつ等に聞けば分かるだろう。

 後は龍の戦闘能力だが、あの赤龍と同等の存在が五匹なら問題は何もない。


 気になるのは赤龍の死骸の違和感だが、それも死骸を見分したくらいじゃ状況の判明には至らないだろう。

 つまり、実際に乗り込んで何故龍があの都市の守護してるのかを調べるしかないってことだ。


「なりません坊ちゃま、危険すぎます!」

「じゃあどうする? ウハクの言う通り本気で龍が俺たちの国を襲うなら戦争だ。国境の警備を維持しながらこの都市から発生した龍五匹を倒せる戦力がうちの国にあるのか?」

「それは……」

「お前も見ただろ。今この国が実行できる一番可能性が高いのは俺の案だ」

「しかし……」

「はぁ……じゃあお前も来い。大所帯になりすぎても邪魔だから、お前だけ許可してやる」


 俺がそう言うと、クラウスは決心したような表情で自分の胸に手を当てた。


「――かしこまりました。このクラウス、坊ちゃまの居るところであればどこへでもお供いたしましょう」


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