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17「再会」


 次はどこへ行くのだろうか。

 生まれ直し、鍛え直し、出会い直す。

 俺にとって生涯は消耗品に近い。

 勿論無駄遣いするつもりはない。


 けれど、繰り返す度にその感覚は嫌でも強くなっていく。


 次の人生は何を磨こうかと考えていると、俺の目は光を受け入れる。

 朧気な視界が光を吸い込み、光景を映し出す。

 それは見知った人間の顔だった。


「ネル様? 大丈夫ですか?」


 あの日と変わらない外見をしたリンカが、俺の顔を覗き込んでくる。

 白い部屋の中、上体を起こし自分の手のひらを二、三度握り直す。


 生きてる。死んでない。


「よかった。私、ネル様が龍の息吹で死んだんだと思って……龍に挑んで、食べられて……それで……」


 涙ながらに抱きついてくるリンカの頭に手を乗せると、リンカの表情は安心を取り戻していく。


「お前ちょっとデカくなったか?」

「そんなに太りましたか? やっぱり結晶の中に居て運動不足だったからですかね」


 いや、横にじゃなく……

 まぁいいか。


「ネル様、改めて助けてくれてありがとうございました」


 こいつの顔を面と向かって見るのは何十年振りの話だ。

 なのに俺は今、心の底から白龍を倒して良かったと思えている。

 それなら問題は別にない……はずだ。


「気にすんな」


 真っ直ぐに俺を見てくる瞳が眩しくて視線を下へずらすと、リンカは俺の顔を覗き込むように自分の頭を下げて上目遣いで微笑んだ。


「ネル様って照れるとかいう概念あるんですね」

「ははは、剣の腕が鈍ってねぇか後で確かめてやるから覚悟しとけよ」

「あっ……お手柔らかにお願いします……」

「嫌です」


 たった数年の付き合いなのに……随分昔の関係なのに、こいつと会話をしているとすぐに昔のように気さくに話せるようになった。


 ……リンカは俺の中で想像以上に大きな存在になっていたらしい。


「ビステリア、結局どうなったんだ? 白龍は倒せたんだよな?」

「アザブランシュは生命活動を完全に停止。その死体は現在ネオン主導の元ベルナの経営する商会の倉庫へ運び込まれ、順次解体作業が進んでいます。リンカに関しては結晶の封印から出した直後に貴方を迎えに行ったため、まだ完全には事情を説明できていません」

「直後……?」


 ビステリアは俺に時間稼ぎをさせようとしていた。

 リンカが白龍との対決の場に来れば、十中八九俺は守りの戦術を取らざるを得なくなっていただろう。


 それを理解した上で敢えて?

 嫌でもそんな疑念をビステリアに抱く。

 何せこいつは、エルドたちを切り捨てたんだから。


「まぁいい。俺はどれくらい寝てた?」

「十二時間くらいですよ、ネル様」

「そうか」

「ネル、先の戦いで私が行った通信に関してですが――」

「お前は黙って聞かれたことにだけ答えてろ」

「……了解しました」


 すでに手元から聖剣は無くなっていた。

 ネオンのところに帰ったのだろう。


 それに魔力逆流の影響で最大魔力量が激減している。

 スケルトンとして生まれた直後と同程度といったところだろうか。


 人化の法の効果で、俺の存在は人間に近くなっている。

 スケルトンの要領で魔力を増やすのは無理そうだ。

 恐らく強さは奴隷時以下。


 だが、魔力を増やす方法がない以上、この最弱の体で生きるしかない。


「ネル様、どうしてそんなに怒ってるんですか?」


 別にビストリアがやったことが間違ってるってわけじゃない。

 こいつはこいつなりに最高効率かつ最小限の被害で龍殺しを成し遂げようとしただけだ。


 機械にとっては生物の命だって勘定すべきリソースなんだろうし、その感覚が理解できないわけじゃない。

 だが、俺は俺は嫌いな人間の死はどうでもよくても、好意的な人間の死に無関心でいられるほど無感情じゃない。


「ビステリア、リンカへの説明はお前に任せる」

「それは私が彼女へ嘘を言わないか試す、ということでしょうか?」

「好きに捉えろ」


 自分にとって都合のいい説明をリンカに吹き込まなかったとしても、ビステリアを完全に信用することはない。


 ただ、こいつが俺に誠実で居ることにメリットを感じるように仕向けた方がいいと思っただけだ。


「了解しました」

「それじゃあ俺は少し出てくる」

「起きたばかりで大丈夫ですか? ネル様」

「あぁ、ちょっと腹が減ったからダンジョンの様子を確認しがてら街に行ってみるよ」

「そうですか、でもできるだけ早く帰ってきてくださいね」

「そろそろ親離れしろっての」


 それはいつもみたいな冗談だった。

 だけどリンカは真面目な表情で返す。


「ネル様、私はネル様を親だなんて思ったことはありません」


 そうか……

 いや、ちょっと命を助けただけだ。

 ちょっと技を教えてやっただけだ。


 こいつの親はもう死んでるんだし、親面すんのは流石に怒るか。


「ま、ちょっと知り合いに会いに行くだけだ。今日中には戻るよ」

「分かりました。ちゃんと戻ってきてくださいね」


 前々世では見たことのない大人っぽい静かな表情でそう言ったリンカに見送られながら、俺は部屋を後にした。


 ◆



 まずは山岳地帯に行ってみた。

 多くの人間が集まり白龍の死骸を解体して外へ運んでいる。

 俺のこともその一団の一人だと思っているのか、普通に歩いて死体の墜落した場所まで進めた。


 ダンジョンの魔獣は自然界に存在する魔獣とは異なり、死亡した場合は肉体を消失させて魔核だけを残す。

 まれに肉体が残ることもあるが、それでも極一部に限られる。


 しかしアザブランシュの場合、ダンジョンで発生した魔獣ではなく外から来た異物だ。

 死体の消失は行われていないらしい。


「ちょっとあんた、尻尾の解体手伝って」

「……俺か?」

「他に誰が居んのよ? こんな作業やらされてストレス溜まってんだから早くして」


 そう声を掛けてきた生意気な赤毛の女は「こっち持って」と俺に指示してくる。

 十……七、八歳くらいだろうか?

 冒険者にしては結構若い。


 若いのに一人でダンジョンに居るなんてこいつも大変そうだが……


「生意気だなお前」

「はあ?」


 つってもまぁ、俺が作った生ゴミだしな。

 全部他人にやらせるってのも気分が悪い。


「ここ持ち上げとけばいいのか?」


 根本から斬り落とされた尻尾の先端を持ち上げると、女は少し驚いた表情をしたあとスカーフを口元に巻いて炭のペンで切断の予定線を書き始めた。


「あんた思ったより力あるのね」

「これでも冒険者だからな」


 元だけど。

 にしても、逆流の後遺症で身体強化の強度もかなり下がってる。

 不快な感覚だ。


「あんた、なんで手伝ってくれるの?」

「何言ってんだ? お前が手伝えっつってきたんだろ」

「そうだけど……私のこと知らないわけじゃないでしょ?」

「自意識過剰か? お前のことなんか知らねぇよ」

「…………そう」


 なんだよ?

 よく分かんねぇが有名人なんだろうか?

 けど有名人なのにダンジョンなんか来るか?


 よく分からん奴だ。


「……シュリア」

「なんだ?」

「名前、言いなさいよ」

「あぁ、ネルってんだ。よろしくな」

「よろしくおじさん」


 なんで名乗らせたんだよ。

 まぁこの体は三十代後半だし、おじさんってのも間違ってないか。

 本当はめちゃくちゃジジイだけど。


「で、お嬢は冒険者なんだよな?」

「え、違うけど。ていうかお嬢って何よ?」

「違うのかよ。ガキって呼ぶよりマシだろ」

「私にそんな嘗めた口利く奴久々だわ。私はミカグラ商会の幹部よ?」


 ミカグラ商会か……

 ベルナの苗字も確か『ミカグラ』だったよな。


 ネオンが龍の死骸をベルナの商会の目玉商品にする、みたいな話をしてた気がする。

 こいつもそこの人間ってわけか。


「丁度いい。ベルナに用があったんだ。商会まで案内してくれよ」

「会長を呼び捨てなんていい度胸ね」

「初対面の目上の人間に高圧的な奴よりマシだろ」


 こんな会話をしながらもシュリアの作業の手は全く止まらない。

 魔獣の解体は小型のならやったことがあるが、こいつの手際は俺なんて比較にならないほど良い。


「できたわ、それじゃああっちに運んで」

「へいへい」


 細かく切られた白龍の尾を近くにあった荷車に載せていく。


「この白龍、血液がほとんど流れてないし本当に生物だったのかしら?」

「生物じゃなかったらなんなんだよ?」

「まぁそうだけど。どっちかって言うとスライムとかを解体してる感覚になったわ」


 この白龍はどう考えても普通のドラゴンとは違う。


 人間を結晶化して体内に飼う器官。

 複製や超速再生の術式。

 色々とおかしなところはある。


 何か知ってそうなのはビステリアやティルアートだが……

 あいつらの言葉を鵜呑みにするのは難しいしな。

 今のところは『未知』が結論だ。


「素材としての価値はどうなんだ?」

「そりゃ極上品よ。鱗の耐久力は一級品だし、魔力を流せば再生の力を武器や防具に転用できるかも。研究すれば色々と使い道はありそう」

「…………」

「何よ?」

「お前もしかして結構賢いのか?」

「はぁ? だから商会の幹部だって言ってるでしょ?」

「解体に初見の素材の鑑定までできるって、――ちょっとまて」

「ん?」


 魔力感知――人間――六人。


 逆流の後遺症で魔力の大半を失ったが、魔力感知の精度に関しては今まで通りだ。

 スケルトンとして鋭敏になっている分、前世以上の精度を誇っている。


 咄嗟にシュリアを手で制す。


「何?」

「おい、出て来いよ?」


 俺がそう声を掛けると、草むらを掻き分けて男たちが現れる。


「シュリアさん、すいませんちょっと迷っちまって……」

「あんたたち……」

「いや違うんですよ」

「ちょっと用を足そうと思って森に入ったら方向分かんなくなっちまって」

「けどベルナ会長に気に入られて一年足らずで幹部に出世したシュリアさんなら尻尾の解体くらい一人で余裕でしょ?」

「孤児から大商会の幹部ってすごいですよねほんと」


 ヘラヘラと笑ながら男たちは荷車の方を確認し、ギョッとする。


「え、仕事が終わってる……」


 何言ってんだこいつら。

 シュリアなら一人で余裕なんじゃなかったのか?

 いや、態と居なくなって作業を遅らせたのか……?


 なんのために?


 チラリとシュリアに視線を向けると、生意気なことこの上なかったシュリアが寂しそうに俯いていた。


「おい」

「……」

「おいお嬢!」

「えっ? なに?」

「仕事はこれで終わりか?」

「そうだけど……」

「じゃあさっさと街に行くぞ」

「けど荷車を運ぶには……」


 龍の尾はかなりの重量がある。

 それが全部載った荷車を引くのは男手が何人か必要だろう。

 つまり、こいつらに頼む必要があるから高圧的な態度を取れないのか。


 シュリアにとってこの仕事はかなり重要度の高いことらしい。


「心配すんな。俺だけで運べる」


 身体強化だけなら今の魔力量でも三十分程度は持続できる。


「行くぞお嬢」

「……ふふ、あんまり偉そうにしないでよおじさん」

「お前ほどじゃねぇけどな」


 そう言うとピシッとシュリアが俺の背中を叩いて付いて来た。


「あぁそれとお前等、ここら辺はゴブリンの住処だから気を付けろよ」

「あ……」

「え……」


 その後、俺たちの後をストーキングしてきた六人と共に俺とシュリアはダンジョンから外に出た。


「その、ありがとう」

「いいけど、お前嫌われてんだな」

「……私の立場が分不相応ってことは分かってるわよ」

「だけどお前には解体の技術や素材の性質を見抜く知識がある。孤児って言ってたな、俺の知識じゃそんな技能を教えてくれる孤児院なんか聞いたこともねぇ。つまり、お前が自分でそれを会得しようと思って練習と勉強をしたってことだ。今は不足していても人事を尽くしているのなら、結果は自ずと付いてくるだろ」

「……っ、うっさい!」


 赤い髪と頬の色を揃えながらシュリアはまた俺の背中を叩く。


 そもそもベルナは奴隷だったんだ。

 それが奴隷商として成功し一時はマフィアのボスにまで成り上がった。

 そんな実例があるんだからこいつを否定する根拠なんかない。


 それに、こいつは多分……


「着いたわよ」


 結構大きな建物だった。

 俺と別れてからまだ七年程度。

 商会を作ったのがいつか知らないが、そこまで時間は経ってないだろう。


 それなのにこんな大きな居を構えるほどだ。

 ベルナってマジで商才あるんだな。


「シュリアさん、お帰りなさいませ」


 受付に迎え入れられたシュリアは、俺をベルナの元へ通すように促している。


「会長は白龍の件で重要な書類作成を……」

「は? あんたの考えなんか聞いてないの。私が帰ってきたこととこのネルって男を連れて来たってことを会長に伝えればいいの。分かったらさっさと行きなさい」

「しかし……」

「じゃあ明日から無職になるのね?」

「いえ! すぐに行きます!」


 焦った様子で受付の女は奥へ引っ込んで行った。


「めっちゃパワハラ上司してんじゃんお前」

「上下関係を理解させることも教育でしょ」

「そんなんだから嫌われてんだろ?」

「私が部下から嫌われて商会が上手くいくならそれでいいのよ」


 さっきの男たちも、今の受付も、かなり若かった。

 当然だろう。

 この商会自体ができて間もないのだから。


 だがシュリアはそいつらより更に若い。

 色々と軋轢があるのも頷ける。


「なに?」

「別に」


 誰も信用しないところ。

 他者の悪感情を無視できるところ。

 商才や努力家な部分。


 色々と……あいつに似てる……


「ベルナ様がお部屋に通せと」

「当たり前でしょ。それと外に白龍の素材を置いてあるから倉庫へ運ばせといて」


 吐き捨てるようにそう言ってシュリアは二階へと上がっていく。


「行くわよネル」

「あぁ。ごめんな受付の人」

「いえ……」



 この建物の最上階である四階。

 会長室と書かれた扉をシュリアがノックすると、中から「入れ」と声が帰って来る。

 その声を俺は憶えている。


「ベルナ、お疲れ様です」


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