昨日、ネオンと会った時は既に夕方だったから、翌日に俺たちは再度集合した。
声を発する機械の球体から伸びた無数の触手。
それが覆うのは獣人の入った魔力の結晶。
ビステリア曰く、解析中とのことらしい。
そんな異質なモノが散見される真っ白な空間で、俺とネオンに女神が告げる。
「――どうか、白龍討伐をお願いします」
俺と話していた時は微動だにしなかった球体から、触手のような鉄の管が二本伸び、俺とネオンの胸の前で止まり、先端が開かれる。
そこには指先ほどの大きさの小さな機械があった。
「これを耳に付けてください」
「いやいや、いやいやいや……急にこんなわけの分からないところに連れてこられて、急に鉄の塊が話し始めて、急にそんなこと言われてはいそうですかってなるわけ……」
「付けたぞ」
「なんで!?」
「そのくだりは昨日やった」
これが何の機械なのか分からないが、この女神に敵対の意志があれば昨日の段階で何かやってるだろう。
それに白龍討伐なんて目的を掲げさせるこの段階での裏切りは考え難い。
「そうなんだ」
そう言いながらネオンも耳に機械を取り付ける。
すると……
『聞こえますか?』
そこから声が響いた。
「なんだこれ……」
「びっくりしたぁ……!」
『小型のインカム、離れた人間同士の会話が可能な機械です。ネル、貴方の【
「ようするにこの機械を通してお前がバックアップしてくれるってことだな」
『はい』
そう話していると、俺の真似をして耳に機械を取り付けたネオンからも質問が出る。
「ネルに白龍の能力は聞いたけどさ……作戦ってネルが白龍と戦って、その白龍が出してくる複製? の相手を私と他の魔獣で受け持つって奴だよね。情報支援なんて必要?」
『私にとってもアザブランシュの力は未知数です』
「何かまだ見せてない能力があるかもしれないってこと?」
『はい。まぁそれはネルや貴方も同様でしょうが……』
俺がアザブランシュ戦で使わなかったのは【人化の法】くらいだ。
そこまで期待されても困る。
まぁ、負ける気は毛頭ねぇが。
「じゃあ行くか」
治癒魔術を使えば
魔力の回復も一夜過ごせば十分。
長引かせる理由もねぇ。
「せっかちだね。その娘のためかな?」
ネオンは部屋にある結晶へ視線を向けて問いかけてくる。
こいつにはリンカのことは話してない。
俺の反応を見て推察したのか、それとも直観か……
ネオンの言葉は無視して、俺は出口へ向かいながら告げる。
「ビステリア、約束は守れよ?」
『えぇ、必ず』
「無視してたら女の子に嫌われるよ?」
「ネオン、お前にも期待してる」
「……っ、はい」
◆
俺がぶっ飛ばして以降、白龍は山岳地帯の山頂に留まるのではなく空を漂っている。
そのせいで冒険者の入る数が大幅に減っているらしい。
このダンジョンの維持は、冒険者がこのダンジョン内で発する魔力を元にしているらしい。
アザブランシュの環境破壊はそういう意味でもダンジョンを苦しめてるわけだ。
ビステリアが俺に龍殺しを依頼してくる理由もその辺に関係ありそうだな。
「飛行術式――起動」
「いってらっしゃい。ネル。気を付けてね」
「あぁ、行ってくる」
足の裏を地面から離した俺は、森林地帯から空へと飛び立つ。
『ネル、聞こえていますか?』
「あぁ」
『もう次は必要ありません。ここで討伐してください』
言われるまでもねぇ。
一度目は何もできずにブレスで溶けた。
二度目は後一歩まで追い詰めて逃げられた。
だが、俺の方も魔力不足で実は結構ギリギリだった。
三度目、今度は準備をした。
一人で倒したかった。
一人で全部を成し遂げたかった。
そうじゃなきゃ意味がねぇと思ってた。
いや、今も思ってる。
俺の目的は俺を最強にすることだ。
俺
だけど、もうとっくに死んでいると思ってたリンカが生きていると分かった瞬間――覚悟が揺らいだ。
俺にとって絶対で、一番大切だったはずの『最強』が揺らいだのだ。
なんとしてでも、この龍を倒したいと思った。
それが、俺の力量以上の結果であるとしても。
それでも、『強さ』ではなく【勝利】を求めたいと思った。
幾らでも死ねる俺にとっては負けたとしても経験で、己の実力以外で倒しても納得にはほど遠いはずなのに。
眼下には
エルドと、それが率いるスケルトンたち。
ソウガと、それが率いるゴブリンたち。
その数は合計で五百を超える。
ダンジョン内全ての魔獣を導入することは、ダンジョンの守護の関係で無理だったが、それでも全魔獣の十分の一以上が眼下に集まっている。
「これで勝っても俺の力じゃないのは明白だな……」
『ネル、生物は独力で最強にはなれません。生物の進化は脅威や天敵によって成るもの。貴方もそれは理解しているはずです。今までも貴方の力を増したのは強大な敵の存在であったはずなのだから』
インカムの声は極めて冷静で、感情の起伏を感じさせないその声は俺の心を落ち着かせる。
『しかし敵だけですか? 貴方の人生に貴方の力を増す貢献をした【味方】は居なかったのですか? そんなことはあり得ません。貴方の進化は他者によって促される、それは敵である時もあったでしょうが、味方である場合も多かったはずです』
味方……
確かに、俺には沢山居た気がする。
なんで俺なんかに構うのか理解できない奴等だった。
俺にはそんな奴等は必要ないと思ってた。
リアもリンカもヨスナもベルナもネオンも――居なくても問題ない存在だったはずだ。
『貴方は既に気が付いているはずです。貴方のパフォーマンスが最も発揮される状況ではいつも、守りたいと願う存在があったということを。故に貴方はリンカという個体を守るのです。それが自分の昇華に必要な存在であると認識し、その再現性を理解するために』
「黙ってろよ。ただの独り言に一々反応すんな」
『……』
「……言われなくても分かってるっつの。俺は今、俺のために戦ってねぇ」
『いいえ、それも違うと思います。貴方の二つの目標は乖離していない。リンカを守りたいと思うその意志と、最強へ至りたいと願うその意志は、同じ道で繋がっていると、私はそう演算します』
鬼に負けた。
水の龍に負けた。
白い龍に負けた。
聖剣に負けた。
人の数に負けた。
もう嫌だ、もう負けたくない。
――勝ちてぇ!
だから、最初から本気で行く。
「フゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
唸る龍と視線が交差する。
出し惜しみはなしだ。
最初から本気でやる。
「【人化の法】」
魔力感知の精度はそのままに、数百年の時間を過ごした最も使い易い生物の形へと己を改変する。
赤い骨に纏わりつくように発生した肉が、『人』の形を造り上げていく。
ほとんど無意識ではあったが、その姿はこの龍に負けた冒険者だった時のおっさんの姿になっていた。
骸骨から衣服を作り出すと、赤い外套を纏ったような姿となった。
「四年振りか……けどやっぱり『人間』は馴染みがいい」
『素晴らしい魔術です。行きましょう』
「ビステリア、俺を助けてくれ」
こんな願いは誰にも抱いたことはない。
誰かに助けて欲しいなんて思うわけがない。
だって俺は、誰にも助けて貰えなかったから最強を目指している。
けれど、されど……こいつのさっきの言葉は否応なく『正しい』言葉だ。
俺は確かにあいつ等を背にして戦っていた時、他の時の何倍も集中できていた。
今もそうだ。
俺にはリンカという目的があり、俺の背中には沢山の味方が居て、
『はい。――私が貴方をサポートしましょう』
その味方の声は常に、俺の耳に届く。
剣が俺の手の中に現れる。
それは赤き龍の鱗によって形成された魔剣。
俺の前々世において、人化の法で変化した時に造りだした剣。
魔剣召喚によって龍という存在でなくとも、その剣を再現することが可能となった。
練習の剣に宿すのではなく、骨の腕に宿すのでもない。
俺は【魔剣召喚】という魔術を完全に習得していた。
「魔剣召喚【龍太刀】」
『口内への魔力集束を確認――3、2、1……ブレス、来ます』
なんつうんだろうな。
ビステリアのお陰で魔力感知の精度が補正される。
それに、前の時とは俺が出せる最速の次元が違う。
龍のブレスは不可避かつ絶対。
そんな常識は、加速度的に崩れていく。
この短期間で、俺は確かに強くなった。
それは、俺と相対した敵たち、上位種たちやネオンのお陰だ。
そしてビステリアの支援のお陰だ。
強さってのは、俺が思っていたより多用なものらしい。
「身体強化【蒼爆】」
蒼い焔を左の掌で起爆し、逆方向へ加速する。
射線的に俺が避けてもネオンたちに当たることはない。
白い
これでしばらくブレスはない。
蒼爆での移動なら反動は身体強化でギリ相殺できる。
今度は左手を背後に向けて前進の推進力を得る。
同時に右手に持った龍太刀を構え、横一閃――振り抜く!
魔力を込めた斬撃は、魔剣の効果により【終奥・龍太刀】の効果を宿す。
「フゥゥゥゥ!?」
焦ったように翼をはためかせる白龍は高度を上げて逃げようとする、が……
「もう忘れたのか、その斬撃の一番の長所は圧倒的な発射速度だってことを」
まだ二日と経ってないだろ。
昨日も会ったしなぁ。
もう逃がさねぇぞ。
速度の問題も、数の問題も、こっちは克服してんだ。
尾に命中した龍太刀は、その先端を斬り落とし、ボロボロと龍の鱗が地面へと落ちていく。
『アザブランシュの複製発生を確認しました。迎撃を開始します』
『ネル、下は任せていいよ』
ネオンの声が
「あぁ、任せる」
『うん!』
魔剣を両手に構え直す。
太刀という名に相応しい形状を誇る片刃の剣。
それは切断性能を極限まで高めた形状。
切れ味というパラメータだけで見れば、この刀によって放たれる龍太刀は過去最高を誇る。
「ッ!」
斬撃が飛ぶ。
斬撃が進む。
無数の斬撃を気合と共に放てば、それらは面白いほど簡単に白龍の身体を捉える。
剥がれた無数の鱗はすぐにミニ龍を形成し始めるが、その対処には俺の味方が直ぐに向かう。
『ネル。我はこの瞬間を何十年も待ち続けていた。この脊髄は其方に期待している。勝って欲しいと、倒して欲しいと、今この時を逃せば勝機はもうやってこないだろう。故に我が身を粉にしてでも、其方を守ろう』
『言っとくが俺様は悔しいからここに居るわけじゃねぇじゃ。灼骨の旦那、あんたって大将を仰ぐのが俺様たちのためになると信じてるから、俺様たちは戦っとるんじゃ』
『きゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅ!』
『天空を統べるは我が宿命。その責務を貴殿に押し付けることを心苦しく思う。されど今の攻防を見せられれば文句のつけようもあるまい。儂らも全霊でその戦闘を援護する。存分に戦い、そしてその憎き白龍を打倒してくれ』
ははっ、黙ってろよ。
今いいところなんだ。
ビステリアめ、態々こんな通信聞かせやがって。
心配すんなよ。
応援なんかなくたって俺はこいつを殺す。
だからテメェらは、黙って俺を支えとけ。
『他者の期待。他者の尊敬。他者の称賛。他者という存在が貴方の脳を活性化させ、集中を司る脳内麻薬を分泌させる。その集中力こそが貴方が求める限界を超えた力』
放った斬撃は十に及ぶだろうか。
あの時と同じようにボロボロになった白龍が眼前で喘いでいる。
それでもあの時とは違う。
人の身体を得たことによる技巧の向上。
蒼爆による加速力の向上。
仲間たちの支援による複製の完封。
【過去最強】
それは紛れもない事実であり、今の俺の身体を体現するのに最適な四文字だ。
人が見た夢の頂。
種としての最強の打倒。
その喉笛を噛み千切らんと。
人類の剣聖が鍛えた奥義で――
人類の名工が鍛えた剣によって得た魔術で――
完成せしこの剣は、間違いなく――
「最強を墜とせ。龍太刀ッ!」
上段より振り下ろしたその斬撃は、アザブランシュの軸を完全に捉え、脳天から尾の先までを完全に真っ二つに切り裂いた。
「あぁ、やっとだ……やっと証明できた。種の堺は最強を隔てるものじゃない。俺は俺として龍を討てる」
神々しさを感じさせる黄金の光が龍の切断面より放出される。
それはあの特殊な龍が滅びゆく我が身を憂いて発した最期の光のようにも見える。
『まだです!』
「なに!?」
アザブランシュの切断面が左右に離れていく。
内側から肉が蠢き、さらなる肉体を形成して……
『超速再生……そして……』
切断面の移動に伴い、アザブランシュの身体の左右からさらに腕や翼が形成されていく。
そして、切断面が完全に左右より抜け切るころには……
『自己の完全な複製……』
アザブランシュは三匹に増えていた。
『口内への魔力の集束を検知。これは、先の一撃より充填が早い――』
勝利を確信した刹那の油断。
何度も見たことがあったはずなのに。
あの黄金の魔力は、特殊な条件下でのみで発生する魔色反応。
『【魔力逆流】を検知――』
そんなビステリアの声が聞こえた時にはすでに、三体のアザブランシュの口内に黄金と白銀を混ぜたような魔力の集束が完了していた。
今からじゃ蒼爆は間に合わねぇ。
いや、そもそも蒼爆はそんなに連射できる代物じゃない。
回避が可能だったのはビステリアによるブレスの予見があったからこそ。
蒼炎龍砲による迎撃?
いや、今からじゃ間に合わねぇ……
それに相手の火力は単純に三倍だ。
間に合っても相殺しきれるわけがねぇ。
負けるのか……?
また、俺は…………
◆
「ネル……」
数分前まで骨の身体だったはずなのに、ビルドラムでは十代前半の少年だったはずなのに、今は三十代の男の身体となっている。
赤い外套を纏い、赤龍の鱗のようにも見える太刀を携えたその姿は魔術師と冒険者を足して二で割ったような姿に思えた。
ネルとの戦闘によって舞い落ちる白い鱗が変化した小さな龍を倒しながら、ネオンの表情は不安を抱いている。
(二度も君を殺すわけにはいかない。ちゃんとベルナさんと会って貰わなくちゃいけないんだ。君にはちゃんと、残された人間の気持ちって奴を知って貰わなくちゃいけないんだから)
ネルの元へ白龍の複製を向かわせないように剣を振るう。
聖剣の魔獣特攻があれば複製は一撃で倒すことができた。
この分なら、こちらは問題ないだろう。
それでも不安は拭えない。
だってあの人は一度死んでいるのだから。
「なんじゃありゃあ……」
そう声を出したのは、横に居た
声に釣られてネオンも頭上を見上げる。
すると龍の頭から尾の先まで亀裂が走っていた。
ネルが龍を倒したと一瞬思ったが、その思考はインカムから聞こえた声によって否定される。
『白龍の魔力逆流を検出しました。再生能力及び複製能力が強化されています』
「どういうこと?」
苛立ちを隠そうともしない声色でネオンはインカムに喋り返す。
ネオンはビステリアが発する淡々とした声が嫌いだった。
根本的に他者のことを信じていないような、そんな気がしたから。
『ですが問題はありません。魔力逆流とは自爆に等しい最後の手段。生命維持に魔力操作を使用している以上、そう時間はかからずあの龍は朽ち果てるでしょう』
「それってネルは大丈夫ってことだよね?」
『ネルには白龍との戦闘を継続してもらいます。三匹の白龍が制限時間まで暴れ続けるとダンジョンにどれほどの被害が生まれるか分かりませんので』
緊迫した局面で、ネオンの思考はいつもより少し早く、深く巡る。
「それってさ、ネルを囮にしてダンジョンを守るって意味かな?」
『はい』
「君、後で絶対壊してやる」
怒りを隠そうともしない形相で、ネオンは下に居る
「ネルの元まで私を連れて行って。それとも君もビステリアの味方?」
「否。儂はあの英雄に感謝しておる。儂らの矜持はあの男によって守られたのだから」
それと共に飛行術式を発動するのは骨の上位種。
「我も行こう。元々我が願ったことだ」
「きゅぴぃ」
「
「よかろう」
上位種全員とネオンはネルと白龍の元へ飛翔を始めた。
(この聖剣を授かった理由はまだ分からない。この聖剣で何を成し遂げるべきなのかもまだ分からない。正義も平和も、私の中にあるのはまだまだペラペラなものだ。それでもこれだけは分かる。今この瞬間、君を守れるんだから、この剣が私の手にあることは幸運だ)
◆
「ネル、ダメだよそんなのは……! うん、絶対ダメだ!」
ネオン……お前、何してやがる……?
なんで来た!?
「【二連・
左右に切り分けた白い魔力を纏った刃は、龍のブレスなど意に介すこともなく二本の光線を割断し消滅させる。
されど、龍の
「ネル、二度も君を見殺すなんて私は絶対納得できない!」
だから――と、ネオンは俺の腕を掴み下へ放り投げる。
飛行術式を聖剣の光で解除された……
俺の落下は強まり、ブレスの射線の外へ逃げられる。
「バイバイ」
笑みを浮かべたネオンに白いブレスが迫る。
「悪ぃな姉ちゃん。そいつはちっとばかし恰好付け過ぎじゃ」
「きゅいいい!」
「儂らは迷宮の魔獣。迷宮の存続が叶うのであれば、この命など幾らでも払ってやろう」
更にネオンの前に四体の上位種が躍り出る。
「え、ちょっと……!」
「我等は魔獣、主は
「エルド……お前……」
エルドが雷と氷の魔術を構える。
ソウガが魔力の籠った刀を構える。
やめろ、お前ら……
相手は龍だ。
全ての魔獣の中で頂点に君臨する存在だ。
『飛行術式を使ってはいけませんよ。彼等の死が無駄になるだけです』
テメェか……!
こいつらを焚きつけたのは……!
白い奔流に飲み込まれ、四体の上位種は跡形もなく消滅した。
「きゃっ!」
ネオンは光が掠り、地上へと跳ね飛ばされた。
いや、エルドたちが身体を張ったお陰でブレスが若干逸れた。
ネオンは多分まだ死んでねぇ……
『相手は魔力を逆流させている。何もせずとも時間さえ稼げれば倒せる。最大の脅威であるブレスは使いました。連射はありません。そして貴方ももう魔力が限界を迎えているはずです。どうしますか?』
どうするか?
択は実質的に一つ。
このまま時間稼ぎに徹する。
それがアザブランシュに勝つ方法だ。
「なぁ……どこからがお前の計算なんだ? リンカを治すと約束した時からか? 俺が白龍に挑んだ時からか? ネオンを送り込んで来たのもお前か? いや、俺を転生させた時点でお前はこの絵を描いていたのか?」
『私はただ自分のゴールに貴方を誘導しただけ。それが不快であるということは承知しています。しかし現状、貴方以外にあの龍を倒せる可能性はなかった。約束は守ります、リンカは必ず蘇らせましょう。その後、私を破壊するも分解するも自由にして構いません。故にどうかお願いです』
こいつは機械だ。
こいつはただ目的を計算して最適な選択をしただけだ。
己の肉体すら捨て去る価値が白龍討伐にはあるのだろう。
ビステリアは一拍置いて、俺に願った。
『どうか賢い選択を。貴方が死ぬ必要はありません』
「それもお前の計算か? そう言えば俺はカッとなって龍に挑み、実質的な時間稼ぎが可能になると?」
それとも、俺がこう聞くことすらお前は演算していたのか?
『…………』
ビステリアは何も言わずに黙った。
まるで、俺に自分の作戦を言い当てられて困っているかのように。
機械、人工知能。そんな人間なんて話にならない計算能力を持つこいつが言葉に詰まることなんてあるのだろうか?
今の戦闘中だってこいつは、五百匹の魔獣に同時に指示を出していた。
そんな奴が……
「……まぁ、どっちでもいいわ。俺は死なねぇ。そしてこんな不完全燃焼は到底納得できねぇ」
『やめてください。お願いします』
飛行術式を再度展開。落下を止める。
「俺は――」
俺には無限の命がある。
俺には無限の時間がある。
ならば、俺が求めるものとはなんだ……?
『そんなことをする必要はありません。貴方が死なないように、私は――』
知るかよ。
「あの白龍は俺がブチ殺す! じゃねぇと俺は俺に納得できねぇんだ」
――よく言いました。
ネオンの手から離れたソレは莫大な白い魔力を放出しながら、俺の眼前で浮遊する。
『ご挨拶が遅れてしまって申し訳ありません。私は【ティルアート】。聖剣の製造者でありビステリアお姉様の同種です。一時的にではありますが、貴方にこの聖剣の抜刀権限を付与します。あの外敵を、アザブランシュを倒してください』
聖剣が、俺の前でそんな言葉を発している。
ふざけるなと、跳ね除けたい言葉だった。
今までの俺ならば武器の性能に頼った強さに何の意味があると、そう鼻で笑っていただろう。
だが今は、この時だけは、俺は――
『待ってくださいネル。その剣を手にしてはいけない。ティルアートは聖剣を貴方に担わせることでその剣技の解析を――』
「るせぇ」
言われなくても分かってんだよそんなこと。
何の対価もなく他人を助けようなんて奴はいない。
そんなのは聖剣所持者たちくらいだ。
そして、そんな善人を選んで聖剣なんて道具を渡すこいつが担い手を利用していることなんて、傍から見てても丸わかりだ。
合理的に考えれば、ビステリアは俺を生かすための最善を提案している。
それも分かってる。
だけど――
「握ってやるよ」
『限定解除。抜刀許可。貴方の意向が二十八代目勇者【ネオン】の意志に添う限り――』