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14「迷宮の王」


 ――この女と剣を交えるのは何度目だろうか?


 ――この白い剣と刃を交えるのは何度目だろうか?


 龍の生涯から数えれば、交わした剣戟は数千にも昇るだろう。


「赤いスケルトンなんて初めて見たよ?」


 ネオンの前に降り立った俺は、泥性粘魔液マッドネススライムを守るように立つ。


「きゅーきゅー!」


 泥性粘魔液マッドネススライムが何やら叫んでいるが、何を言っているか全く分からん。

 ソウガの場合は人間の意表を突くために人間の言葉を習得していたようだったが、このスライムが使っているのは完全な種族固有の言語だ。


「エルド、そいつ下がらせられるか?」

「我々直属の眷属同士は特殊な魔力の波長で意思疎通を計れる。だがなんと伝える?」

「お前じゃこいつには勝てねぇから、俺に譲れ」


 ジッとエルドがスライムを見つめると、スライムもエルドの方へ身体の正面を向けた。

 見つめ合うこと数秒、


「やめた方がいい、その剣は魔獣に対して特攻を持つ。と言っている」

「分かってるから心配するな」

「どうして……このダンジョンで発生して数年の其方が、そんなことを知っている?」


 エルドが疑念の目を俺に向ける。

 どうやらビストリアが俺の転生術式に介入したことは知らないらしい。


 しかし俺の秘密は知っている存在は、多ければ多いだけ危機が増える。

 例えば「ネル」という個体名の人間を法令なんかで産めない世界が造られた場合、俺が適切に転生できるのか分からなくなるわけだし。

 実際に俺の正体や実力が世間に露呈した場合、そうなる可能性は十分にあると考えている。


 少なくとも、まだ俺とこいつの間にはそれを話せるほどの関係値はない。


「まぁ……お前も一緒に下がってろ」


 俺は一人でリンカの方へ歩みを進める。


「やっと私の相手をしてくれるんだね。待ちくたびれたよ」

「ネオン……」

「どうして君は私の名前を知っているのかな?」


 言葉と同時にネオンの構えは攻勢に移る。

 ビルドラムで戦いとは比較にならないほど巧妙な足捌き。

 四年の月日は、ネオンを着実に進歩させていた。


 その進化の速度は聖剣によって後押しされ、俺など足下にも及ばない天才の領域へ至っている。


「【魔理断概ディスペルスラッシュ――二連】」


 振り下ろした聖剣から白い魔力の刃が発射されるが、その到達を待たずしてネオンは再度構えをなぞり、次の【魔理断概ディスペルスラッシュ】を構えていた。


 それは『射程拡張』と『魔力割断』の効果を付与された二連である。

 そもそも、【魔理断概ディスペルスラッシュ】の最大の強みは魔獣や魔術師に回避以外の選択肢を与えないこと。

 だがそれが回避先にまで飛来するとなれば、回避難度は格段に上がる。


 身体強化で回避……?

 いや、【魔理断概ディスペルスラッシュ】は攻撃範囲も龍太刀の半分程度はある。

 これだけじゃ避け切れない。


 俺の持つあらゆる防御、回避手段でもこの二連切りは――【回避不可能】。


 いや、本当にそうか?

 俺の最速の移動はそれか?


 思い出せ、俺はつい昨日、自己最速を更新したじゃないか。


「身体強化【蒼爆】」


 手の平に集めた蒼炎を反動抑制効果をオフにして放出。

 右に放った蒼炎と真逆の方向に俺の身体は一瞬で移動する。

 避けたっつうか、『ブッ跳んだ』って感じだな。


 流石に空中で使った昨日とは違う。

 俺の身体は地面を二回転してやっと速度をゼロへ戻した。

 停止が中々難しい移動法だ。


 【蒼炎龍咆】でやった昨日より速度は出てないはずなのに、ここまで意識が追い付かねぇのか……


「ハァ……」


 二連斬りには驚かされた。

 しかしノーデメリットの技でもないらしい。

 全身から昂った白い魔力が、深呼吸と同時にネオンの身体から抜けていく。


 【魔理断概ディスペルスラッシュ】のロジックは龍太刀にかなり近い。

 全身の魔力を練り上げて放つであろうあの技は、練り上げた魔力と刃として放出される魔力に誤差がある。

 少しだけ魔力が余るのだ。

 本来ならばその程度の魔力ならば刃を振り終える頃には排出が完了しているはずだ。


 しかし、二連ということはそもそも最初の溜めの段階で練り上げる魔力が倍になるということ。

 ならば、排出に必要な時間も倍になる。


 要するにあの技の弱点は、『前隙』と『後隙』の拡大。


「【蒼炎球】」


 両指の火球を合成し、蒼く変色した炎をネオンへと投げつける。


「ッ――!」


 魔力排出ながらに、ネオンは五つの火球を二振りの斬撃で断ち切る。

 その瞬間、蒼い爆炎がネオンの周囲を覆った。


 一瞬の目眩しフラッシュバン


 ――身体強化【爆】。

 ――魔剣召喚【灼骨蒼刃しゃっこつそうじん】。


 背中へと回り込んだ俺は、爆炎の中に居るネオンの姿が魔力感知で透けて見えている。


 振り下ろすは蒼き炎を纏わせた骨の刃。


「終わりだ」


 ――ガキィィィィィン!!!


 刃が滑る。

 聖剣で受けられた?

 そのまま俺の剣が火花を散らして流されていく。


「そうだね。終わらせよう」


 そう言ったネオンは目を瞑っていた。

 こいつ、視界を捨てて魔力感知の精度を上げたのか?

 俗に『心眼』と呼ばれるそれは、数多の武人が目指せし基礎の最奥。


 聖剣の担い手としての性能だけじゃない。

 戦い慣れが四年前とは段違いだ。


 突きが俺の胸に飛び込んでくる。

 回避は不可能。魔術による防御は無意味。

 できるのは姿勢を少しねじる程度。


 だが――俺はスケルトンだ。


「肋骨の隙間……ッ!?」


 白い魔力が俺の身体に焼くような痛みを与える。

 神経なんて通っていないはずなのに、致死を予感させる聖剣の魔力に俺の魔力感知が痛みという信号を鳴らしているようだ。


 だが、スケルトンにとっては頭蓋以外への攻撃は非致命傷モーマンタイ


 突きを放った隙を突いて、俺は刃をネオンの首筋へと宛がった。


「俺の勝ちだ」

「どうして……? 魔獣が人間わたしの命を取らない理由があるの?」

「お前にはベルナを逃がして貰った恩があるからな」


 ネオンの瞳が大きく見開かれる。

 思い出すように思案する。

 俺の今の魔術や剣術を見て、四年前の俺のそれと比べているのだろう。。


 その果てに乾いた笑みを浮かべて、ネオンは自身の感情を簡潔に纏めて一言。


「ありえないよ」


 当然の反応だ。

 俺が逆の立場でもそう言う。

 だが、これは事実だ。


「お前は聞いたな、何を失った時に俺は始まったのかと。答えてやる。俺は、生まれた国を失った時から始まったんだ」


 そもそも隠す理由があるわけじゃない。

 単純に俺の気分の問題だ。

 そして今は、こいつになら言ってもいいと思えたってだけ。


 それが俺の原点。

 俺の固有属性の目覚めの兆し。

 転生術式の開発を志した理由。


 それは最悪にして、最早どうすることもできない絶望だ。


「俺にはもう故郷を救うことはできない。だから俺が故郷を救えるだけの力を携えることに意味はない」


 そんな俺が俺の人生に納得するには……

 あの絶望を乗り越えて死ぬためには……

 あの最悪を退けることができるほどの力を手に入れる他にない。


「だから俺は最強を目指す。この力には何の意味もないと理解しながら」


 言い終えると、ネオンはゆっくりと俺の胸から剣を引き抜いた。


「死体……確認したよ。ベルナさんと一緒にさ。ベルナさんは相当に病んじゃって立ち直るまで結構掛かったんだ。なんでさ……生きてるならなんで会いに来てくれなかったの?」

「見ての通り、魔獣になっちまっててな。好きに外に行ける身じゃなかった。いや、これは言い訳だな。悪かった、俺はお前たちに会いに行こうとしなかった」

「……理屈は分からない。けど理屈なんか問題じゃない。君は本物だ。それは分かったよ。よかった、本当にそう思ってる」


 俺の肋骨に手を置いたネオンは、そのまま額も俺の胸に預けてくる。


「背、伸びたね」


 アンデッドは肉体的に成長しない。

 しかし、確かに前世の俺と比べれば今の方が骨格は大きい。


「お前もな」

「結構可愛く育ったでしょ?」

「まだまだガキだっつの」

「はは……あぁ、これは間違いなく本物だ」


 ネオンは俺から距離を取り、聖剣を鞘に納める。


「教えてくれてありがとう。そっか、故郷がね……。辛かったね、なんて無責任なことは言えないね」

「あぁ、これは俺の問題だからお前には関係ねぇよ」


 俺はこいつに願わない。

 俺はこいつに期待しない。

 俺の問題は俺にしか解決できないから。


「そういうところ、私は好きだよ」

「そらどうも。つうかお前はこんなところで何やってんだよ?」

「ベルナさんの精神的な疲労もあって、とても一人にできなかったから一緒に旅をしてたんだ。けど、この大迷宮がある迷宮都市ストゥーレでベルナさんの娘さんが見つかってさ」

「そうか……そりゃよかった」

「孤児院で安全に保護されていたみたい。すごく元気ですごくいい子だったよ。でも、いや『だから』と言うべきなのかな、ベルナさんは自分が母親だって教える気はないみたい。でも傍には居たいみたいでさ、今は商会を立ち上げようとしてる。娘さんを従業員として雇ってね。私はその手伝いで売り物を集めてるんだ」


 ベルナは商才ありそうだし成功しそうだな。

 まぁ、商人なんかやったことねぇから知らんけど。


「悪くはないみたいなんだけど、まだ軌道に乗せられてはないみたい。今が頑張りどころだね。何か目玉商品でもあればいいんだろうけど」

「それでボスモンスターに挑んでたわけか」

「そうだね。あの特別なスライムの素材なら結構高値になるんじゃないかと思って。でも庇うってことは、何か理由があるんでしょ?」

「まぁそうだな……」

「なにその適当な返事」


 生返事になったのは、別にネオンの話に興味がないからじゃない。

 ただ……目玉商品か……


「なぁ、例えば『龍の鱗』なんてどうだと思う?」

「そりゃ、そんな幻の素材があればそれだけである程度の資産だろうけど……」

「だよな」

「うわお、なんだかすごく嫌な予感するんだけど……」


 あの白龍――『アザブランシュ』は山の頂上に鎮座していた。

 ダンジョン内のほとんどの場所からそれを目撃できる。

 ネオンがその存在を知らないわけもないだろう。


「俺の目的は白龍の討伐だ。手伝えよ、ネオン。利害は一致してるだろ?」

「何十年もこの迷宮の絶対として君臨してる【ドラゴン】だよ? 勝てると思うの?」

「むしろ疑問だ。俺とお前で負けると思うのか?」


 俺は知っている。

 お前が持つ聖剣を携えて、たった一人で龍へ挑んだ男を。

 そして、遂には龍を打倒せしめた男を。


 聖剣には歴代の剣術が封印されている。

 それを持つのがお前だ。

 その時刺し違えた龍が俺だ。


 俺とお前が協力するんだ。


 ――負ける道理なんかどこにも存在しねぇ。


「不思議だね。表情の無い骨の顔でも、君が今どんなカオで喋ってるのか分かっちゃうよ。いいよ、あの龍は私も嫌いだから」


 ネオンが俺に手を差し出す。

 俺はそれを握り返した。


「ネル、どうやら泥性粘魔液マッドネススライムを含めた湿地の魔獣も協力してくれるようだ」


 エルドの浮遊術式で空に逃げていた二人が戻って来る。

 どうやら俺がネオンと戦っている間に泥性粘魔液マッドネススライムに事情を説明してくれていたらしい。


「誰? もしかして骸骨のお友達? あ、初めまして、ネルくんのお友達をさせていただいてます、ネオンです。よろしくお願いします」


 なんだその挨拶。


「エルドと名乗らせていただいている。こちらこそよろしくお願いする」


 エルドお前敬語とか使えるんだな……

 いや、エルドは知識人とか常識人な雰囲気あるか。

 人じゃねぇけど。


 何故か俺を間に挟んでお辞儀を交わし始めた二人から視線を逸らすと、泥性粘魔液マッドネススライムが大きく膨らみ始めていた。

 続いてエルドが視線を上げて呟く。


「生体魔力の高速接近――」


 この二体、魔力感知の範囲が俺より広い。

 いや、俺がこのダンジョンに誕生したのは四年前。

 それがスケルトンとしての年月の全てだ。


 スライムも眼球に類似する器官はないし、おそらく魔力感知で空間を認識しているはず。

 ってことは俺とこいつらの魔力感知の練度の差は、単純な年期の差だろうな。


「なに?」


 ネオンと俺もエルドの視線の先へ顔を向ける。

 確かに、かなり遠くから何か粒のような物が飛来していた。

 それは近づくにつれてどんどん巨大になっていく。


 それが間近まで迫ると、泥性粘魔液マッドネススライムが身体を大きく展開し、その飛来物を受け止めた。


「なんということだ……」


 エルドがスライムに包まれた傷だらけの魔獣を見て呟く。

 大鷲の上半身と獅子の下半身を併せ持つそれは、このダンジョンの空の上位種。

 種族名を【天空獅子グリフォン】という鳥系の魔獣を従える空の王者だ。


 リアと同じように空を翔ることを可能とするこの種族は、このダンジョンで飛行系の術式を使う者に襲い掛かる。

 このダンジョンの五種族の中で唯一『制空権』を持った彼等は、空という領域での戦闘においては最強を誇っていた。


 そんな天空獅子グリフォンを今このダンジョンでここまで痛めつけることができる存在など、俺には一種しか思い浮かばない。


 天空獅子グリフォンを追うように、それは白い雲の中より姿を現す。


 二腕二翼一尻の白い龍。

 三度目の邂逅。

 俺の与えた傷は既に完全回復していた。


 その視線が俺と交差した。


 勝負してやるよ。

 掛かって来い。


 そう考えながら睨みつけると、白龍はその場より先に進むのを止めた。


「ッチ」


 舌打ちが出たのは、またあの白龍が俺を見るなり逃げ始めたからだ。

 文字通り尻尾を巻いて逃げるその様には、龍の誇りなど微塵も感じない。

 元龍としては多少なりムカつく。


「あの白龍、ネルを見て逃げた気がするんだけど気のせいだよね?」

「さぁな。それより……」


 と言って天空獅子グリフォンの方へ視線を送る。

 かろうじて意識はあるようで、鷲の口から流暢な言葉が発される。


「不覚だ。空は儂の領域だというのに、あれを撃墜することはできんだった」

「馬鹿なことを……四種族で戦った時のことを忘れたか?」

「しかし許すことなどできなかったのだ。我等の空を我が物顔で跋扈するあの白い蜥蜴が」

「そうか……しかし心配するな。あの龍はもう直倒される」


 エルドが厳しくも諭すような声色で天空獅子グリフォンと話す。


「倒す? あれをどうやって……」

「ここに居るネルは、あの龍を討伐間近まで追い詰めたスケルトンだ。だからこそ龍は山岳地帯から空へ逃走を図った。この者に我等四種族が手を貸せば、確実に奴を屠れる」

「そうか……儂は時期を見誤ったのだな……」


 それで単身特攻したってわけか。

 中々肝の据わった魔獣じゃねぇかよ。


「すごいねネル。龍を追い詰めたんだ。いや、確かに君ならそれくらいやれそう」

「お前ってすぐ他人を褒めるよな」

「そんなことないよ。褒めたい時だけしか褒めてない」


 ほらまた褒めてる。

 まぁいいや。


「人間の言葉が分かるなら丁度いい。天空獅子グリフォン、お前も俺に付け」

「よもやここまでやられて、独力でどうにかできるとは思ってはおらぬ。怪我を癒してからで良ければ、この翼をお主に貸そう。しかし約束だ。必ず、白龍を打倒してくれ」

「あぁ。絶対だ。そっちのスライムもいいよな?」

「きゅー!」


 イエスかノーか分からんけど、エルドが何も言わないところを見るに多分オーケーってことだろう。


 俺はその二体へ手を翳し、【恐解の約定ゾルドルート】を発動させた。

 二体の魔獣もそれを受け入れる。


 これでこのダンジョンに存在する全ての種は、実質的に俺の配下となった。

 やっと始められる。

 やっとあのクソ龍と戦える。


 高揚感も感じるが、それ以上にリンカを想う焦燥感や、あの龍に対しての怒りもあった。


 戦う理由は十分過ぎるほど揃っている。


「焦る気持ちは分かるがまずは策を練る。ネル、それにネオン殿もそれで構わないな?」

「わあってるよ」

「うん。私もそれでいいよ。ネル・・が策を練る・・、ね……ふふ」


 何がおもろいねんこいつ。


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