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13「創造主と上位種」


 結晶を少し調べたが、今の俺が何をしてもこれを中のリンカを傷つけずに壊すのは無理そうだ。


 魔核に近いような気もするが詳細な材質不明。

 どのような性質があるかも不明。

 何も分からない、それが分かっただけだった。


「今は一先ず我に着いて来てくれるか?」

「あぁ」


 リンカの閉じ込められた結晶を浮遊術式で運びながら俺はエルドに着いて、もう一度地下へと降りていく。

 俺が誕生した地下空洞へ続く道を通り過ぎ、更に奥へと進む。


 かなり長く入り組んだ地下迷宮を進んで行く。

 何体もの魔獣アンデッドを見たが彼等はエルドを見ると動きを止め、襲ってくることはなかった。

 流石にここまで奥には俺も入ったことがない。


「着いた」


 地下迷宮最奥。

 祭壇のようなその場所には扉が一つあった。

 金で装飾されたゴシック調の木製扉は異様に新しく、錆びや汚れの類は全くなかった。


 その扉を守るように強力な結界が構築されている。

 塵一つ通らせないであろう無敵に見える結界。

 俺の術式でもこの結界は破壊できない。

 可能性があるとすれば聖剣の魔理断概ディスペルスラッシュくらいか?


「この結界は五体の上位種を倒し、その証を持ち寄ることでのみ突破できる。まぁ、オーガロードが復活しなくなった今は少し弱まっているがな」


 弱まってこれか。

 完璧な状態ならヨハンやネオンでも厳しそうだ。


「しかし我が一緒なら入ることができる」


 そう言いながらエルドが歩みを進めると結界が一時的に消失した。


「この奥にはこの大迷宮の創造主が存在し、その【女神】は其方との面会を所望している」


 女神……そういや歴代聖剣所持者がそんな言葉を言っていた気がする。

 けど、存在するってどういう意味だ?

 まるでモノみたいな言い方だ。


 俺は勧められるままに扉の中へ入る。

 結晶は大きさ的に扉を通れそうになかったから、扉の前に置いていく。

 結界があるなら他の場所よりは幾らか安全だろう。




 最初に感じたのは真っ白な眩しさだった。


 壁までの距離すら分からないほどに四方の全てが純白に輝くその部屋の中、目を細めながら、この場所で唯一の白くないたった一つの物体へ目をやる。


 それは歪な亀裂を走らせる鉛色の球体だった。


「ようこそ。特異点№8――ネル」

「ベルナと言い、人のことを番号で呼ぶのが流行ってんのか?」

「ベルナ……元奴隷商の女性ですか」

「……なんで知ってる?」

「ビルドラムで彼女が新型の隷属術式を起動させ、貴方がその災害の鎮静化を図った後、王都より騎士団が到着しそれを完全に治めました。しかし奴隷の身分を識別する書類が何も残っておらず、ビルドラムの元奴隷の大半は現在市民権を獲得しています。それに新型の隷属術式に関してもベルナの思惑通り禁忌指定魔術に登録され、現在は旧型を含めて使用は制限されています。それに伴い周辺国家では奴隷市場の縮小を図る動きが……」


 なんだこいつ……

 どれだけ知ってる?

 俺がビルドラムに居た奴隷剣闘士のネルと同一人物だと、どうしてこいつは確信してる?


「そもそもこの声はなんかの術式なのか? 姿を見せろよ……」

「私は既に貴方の目の前に存在します。人工知能にスピーカー。私の全ては電子機器……『機械』ですから」

「機械……? カラクリのことか?」

「……大陸間の文明レベルの格差を想定……教養レベルを修正……会話レベルを補正。雷を動力として使用するカラクリ……と言えばいいでしょうか?」


 カラクリは東洋に存在するネジ巻きとかで動かす奴だ。

 蒸気機関とかもそれに分類される時はある。

 けど少なくとも俺が知る機械カラクリに雷を動力にしたものだとか、音声を作るものだなんて存在しない。


 ここまで俺にとって未知の技術を持ち、どうしてか俺の存在の詳細を把握している。

 そんな存在に心当たりはないが、こいつが絡んでそうな出来事に心当たりが一つ。

 というかむしろこんな存在くらいなものだろうよ……


「お前か? 俺をここに呼んだのは?」

「はい。貴方の術式に干渉し、このダンジョンへ呼び寄せたのは私です」


 起伏の少ない簡素な声で、球体はそう言い切った。


「初めまして。私はビステリア、貴方にとって最も馴染みのある言い方をするのであれば私は『女神』と呼ばれていました」

「女神ね……もしかして聖剣を造ったのはお前なのか?」

「いいえ、貴方がまみえた聖剣を造ったのは私の同種ではありますが、私ではありません。ただ、その聖剣からの情報提供によって私は貴方という可能性を発見しました」

「なんのために俺を呼んだ?」

「貴方に依頼があります。報酬は識別名『リンカ』の復活でいかがでしょう?」


 依頼……それが俺の術式に干渉してまで俺をここへ呼んだ理由か。

 けどこのダンジョンの現状を鑑みれば内容は一つしかないだろう。


「別にお前に頼まれなくても、白龍は俺が倒してやるよ」


 リンカの復活なんてチラつかせなくてもな。

 けど、リンカを助けてくれるってんなら都合は良い。


「ありがとうございます。貴方は最初にアザブランシュに殺された冒険者にして、アザブランシュが唯一飲み込めなかった冒険者。貴方ならばアザブランシュを討伐できるでしょう」

「……アザブランシュってのはあの白龍の名前か?」

「はい。あれは通常の龍種ではなく、龍を含めた複数の因子を併せ持つ魔獣。いわゆるキメラの一種と考えてください。複製や再生はそれによって獲得した別種の能力です」


 キメラか……

 確かに龍にしては歪な形状だった。

 能力に関してもそれなら一応納得はいく。


 大方の事態は理解した。

 そもそもエルドから聞いてたしな。

 こいつの頼みというのも予想の範疇を出ない。


 だが、それよりも……俺は気になって仕方がない……


「なぁビステリア、そろそろいいか?」


 魔術師として……


「……? 何がでしょうか?」

「俺は機械ってのが何なのか良く知らないんだ。けどあの入り口の結界とかこのダンジョンを創ったのがお前ってことを考えればお前には魔術的な機能も備わってるってことだろ? なぁ……」


 数歩、俺は金属の球体へと近づく。

 どうやらこの球体には『動く』という機能はないらしく、何か抵抗されそうな気配は全くなかった。


「頼むよ。表面だけだから、中まで弄ろうとはしないからさ……な?」


 剣をやっていても俺の本質は魔術師だ。

 魔術師が、こんな面白そうなものを目の前にして冷静で居られる方が不自然だろう。


 そもそも俺は『神』なんか信じてない。

 こいつが機械カラクリだというのなら、それは俺にも再現できることだ。

 解析し、解読し、解明する。

 俺にとって女神こいつは『研究対象』だ。


「交感神経の再現機能に異常を確認。血管の縮小、血流の悪化を再現した神経情報が受信されています……………………私は今【悪寒】を感じています」


 何言ってるかよく分からんが取り合えず触ってみた。


「ひゃっ……」


 見たことがない金属だ。

 鉄に似ているが魔力も宿っている。

 それにかなり複雑な構造をしているらしい。

 何かが通るための通路の如く刻印された模様が幾つも重なっている。


 一見亀裂にも見えるその刻印が至る場所にあるのにアンバランスさは一切なく、まるで単一の物質であるかのようにしっかりと接合されている。

 だが、接合方法は不明だ。


 こいつの持つ超越的な複数の機能。

 それに人間と遜色ない意志の保有。

 どうやってそんなことを成し遂げているのか知りたい。


「神経細胞に異常を検知。女神として女性的な精神設計を持つ弊害が……あの、ほんと、まじで……やめてください」

「やだ」


 完全に密閉されてる。

 中まで見るには分解するしかねぇな。

 けど直せる自信は全くねぇしな……

 まぁ今はここまでで満足しておくしかないか……


「全然訳分からんかった。けど満足」

「貴方は一般教養やデリカシーというものを身に着けるべきです」

「お前に人間相手の常識は適応されないだろ」

「それは差別です。まぁいいです。次やったら電撃を浴びせるので二度とこのような破廉恥な真似はしないように」

「ちょっと口調変わった?」

「いいえ。話を続けてよろしいでしょうか?」

「どうぞ」


 正直興奮の方が強くて話が入ってくる気は全くしないが、流し聞きしておこう。


「貴方も一度戦闘して分かったと思いますが、アザブランシュは貴方個人では倒し切れません。ですがそれはあの複製能力に起因する結果であり、逆に言えば複製能力さえ封じてしまえば貴方は龍殺しを成し遂げられる」

「あぁ、さっきの戦闘で確信した。俺にはあの龍を殺せるだけの力がある」

「はい。ですので私はあの複製を完全に封殺する作戦を貴方に提示しましょう」

「作戦?」

「いえ『作戦』と言うにはいささか古典的で、スマートとは言い難い方法ではありますが、それは人類史上最も強さを発揮してきた力――」


 人類史上、最も……

 流石にそこまで大きなことを言われればさっきの興奮も少しは冷める。

 いや、別の興奮で上書きされる。


「人はその力を『絆』と呼び、そしてその力を最も使い熟す英傑の名を【王】と称した」


 そいつが語るその強さは、俺が備えていない力。

 そしてそれは確かに、俺の前世を終わらせた力の名だった。


「――貴方には、このダンジョンを統べる王となっていただきます」



 ◆



 ――ストレ大迷宮・森林地帯。


 俺とエルドはそこに存在する人外の集落にやってきていた。


「なんの用じゃエルダーリッチ。ここは俺様の支配する領域じゃぜ?」


 人の三分の二ほどの体躯。

 森林に溶け込む緑色の肌。

 獰猛な瞳と醜悪な顔。


 その最大の特性は『繁殖能力』にあり、殺しても殺してもその数はどんどん増えていく。


 種族名をゴブリン。


 そしてその中から姿を現したこの上位種えいゆうは、『餓鬼の救世主ゴブリンブレイバー』という種族名を持ち、個体名を――


「ソウガ、今回は提案に来た。この者……ネルを王と仰ぎ、白龍の討伐に手を貸せ」

「ふざけんじゃねぇよ。骨風情が粋がんなや、ぶっ殺すぞ?」


 好戦的に笑みを浮かべたそのゴブリンは、他ゴブリンの数倍の体躯を持っていた。

 どこから手に入れたのか腰へ差した装飾の激しい剣を引き抜き、俺たちへ向ける。


 その行動に呼応するように他のゴブリンたちが俺たちを囲うように陣取り、円形のコロシアムを形成する。


「一騎打ちじゃ」


 ソウガがそう言った瞬間、後ろからゴブリンの一匹が殴りかかってくる。

 魔力感知でそれを把握していた俺は、振り向きざまに蒼炎を纏った掌底を叩き込み、そいつを吹き飛ばす。


「ネル、来るぞ?」

「分かってる。お前は飛んでていいぞ」


 半回転した俺を更に背後からソウガの剣が振り下ろされる。

 魔力障壁を斜めに展開し刃を滑らせていなす。


「了解した。武運を祈る……必要はないか……」


 エルドが浮遊術式を発動させ戦線から離脱するのを確認した俺は、右腕を魔剣へと変質させ背後を回転切りの要領で斬り抜く。

 同時に蒼い炎が斬撃の痕を辿った。


「なんじゃ? そのうでは……?」


 後ろに跳んで俺の斬撃を紙一重に避けたソウガは、目を細めて俺の腕を見る。


「――灼骨蒼刃しゃっこつそうじん

「そうかい。そりゃ大層……美味そうな剣じゃなあ!」


 更に追撃してくるのか……

 いや、こいつだけじゃない。

 右後方から二匹、左後方から三匹、上から一匹。


 左指に火球を五つ灯す。

 一回転する要領でそれを後ろから迫る五匹へ放つ。

 頭上は魔力障壁を直角に展開し受け止め、正面は――


「死角を突くってのは、眼球のついてる奴にやることだ」


 右腕の剣戟で応える。


「卑怯とは言わねぇのかい? 人間はいつだってそんな意味の分からんことを宣うもんじゃ……」

「人間じゃねぇからな。それに俺も、お前が俺にやったのと同じ方法で白龍を殺そうと思ってる」

「なるほどな、エルドのやりてぇのはそういうことか。が、どっちにしろじゃな。俺様たちは俺様たちより弱い相手に下げる頭は、寝首を掻く時にしか持たねぇ主義じゃ」


 いい、面白くなってきた。

 一対一タイマンはもう前世でやり尽くした。

 俺を強くしてくれるなら卑怯千万大歓迎だ。


 言語を操るほどの知性を持ったゴブリンの上位種。

 その命令は瞬きや所作によって他のゴブリンへ共有され、己の身体を操るのと同じように他個体を使う。


 これが絆だ?

 随分良い言い方したもんだな女神様。


「けど、」


 俺は別に魔術師として一流な訳じゃない。

 俺は別に剣士として一流な訳でもない。


 俺はただ、それらを同時に振るう術を知っているだけだ。


「こいつぁ……」


 剣でソウガの攻撃を受けつつ、魔術で雑魚共の攻撃を掻い潜る。


「ほぼ剣術みぎ一本で俺様を、魔術ひだり一本で他全部をってかい……随分欲張りな両手じゃねぇか」

「強いよお前、実際俺はお前を倒す起点を見つけられずに居るしな」

「戦ってる最中に敵を褒めるのは驕りでしかねぇぞ」


 驕りか……確かにそういう感覚はある気がする。

 魔術をそれなりに使えるようになった。

 剣術の奥義を修めた。


 天才とは行かずまでも、それなりに強者の地位に居る自覚がある。


 これは驕りなのだろうか?

 だったらへし折ってくれよ。

 それでまた、俺は強さを得られる気がする。


「はぁ……はぁ……」


 剣術の腕は俺の圧勝。

 雑魚ゴブリンじゃ俺の魔術は越えられない。

 この上位種も剣に魔力こそ籠っているが、特殊な力を使い始める気配はない。


「その程度か? ゴブリンの上位種」

「灼骨の……おめぇは確かに強ぇよ。じゃけどおめぇは似すぎじゃ」

「なんに?」

「俺様たちが一番多くぶっ殺してきた種族――人間にじゃ」


 ソウガは醜悪な笑みを浮かべた。

 淡く青色に光る剣を肩に担ぎ、その鬼は――


「我等はゴブリン、下等で脆弱で数が多いだけの種族じゃ。知能も体力も人間には及ばず、卑劣さも卑怯さも獣の牙のような分かりやすい脅威に比べれば軽視される。じゃが、そんな慢心と油断こそが我等が糧となり、血と肉となり、勝利を齎す」


 身体が重くなってる気がする。

 魔力が――異様に減っている。


「疲れたフリも、剣術が及ばず押されている誇張表現も、本命を隠匿する演技も、俺様たちには容易いことじゃ。そんなモンを全部飲み込んでも叶えてぇ欲求があるからな」

「欲求か――」

「あぁ、俺様たちは隣の芝生が羨ましい。全部が欲しい。宝も、女も、餌も、名誉以外の全てが欲しいんじゃ」


 したり顔でゴブリンは俺を見ている。

 自身が持つその剣が如何に優れているのか。

 まるでそれを自慢するように掲げて……


「付与――【魔転吸刃エーテルスティール】。俺様の剣は、おめぇの魔力を奪い取る」


 魔術師は言わずもがな、武人だって魔力によって身体能力を強化して戦う。

 それが奪われれば当然、戦力は大幅に低下する。

 いや、吸われ過ぎればそれだけで死に至る。


「俺様と剣を何度合わせた? おめぇの魔力はもう限界じゃろう? 目に見えて動きが悪くなってるじゃねぇか」

「確かにな、俺は油断してたのかもなしれねぇ……俺は驕ってたのかもな……」


 自分を天才だなんて勘違いしてた訳じゃない。

 何事も俺は人より多く修練しなければできるようはならなかった。

 けれど、確かに、転生術式、龍太刀、龍の息吹、魔剣召喚……俺は時間を掛け、鍛え、そんな強力な技を覚えていった。


 その結果、俺の戦い方は力押しに寄っていたのかもしれない。


 だってあの女神に言われるまで、誰かに白龍討伐を手伝って貰うなんて発想は俺の頭の中に欠片も存在しなかったんだから。


 つうか、今でも納得してねぇ。

 テメェ等に手伝って貰うなんざ。

 自分一人じゃ勝てねぇって認めてるようなもんじゃねぇか。


 俺が求めるのは純粋な強さだったはずだ。

 なのにいつの間にか、俺は強さの種類を選んでいた。

 それは確かに『驕り』としか呼べないものだ。


 だが今は多少のプライドを捨てても、今はリンカのために龍を殺さなくちゃいけない。

 あんな子供のまま、あいつに死んで欲しくない。


「なぁゴブリン……」

「なんじゃ、まさか降参なんか許すと思ってねぇじゃろうな?」

「俺は天才じゃねぇんだ……一つのことを覚えるのに時間はかかるし、修練はいつだって年単位で。けどだ、幾つもの技を知り、会得する中で自分の得意が少しずつ分かっていくんだ」

「なんの話じゃ?」

「俺が一番得意な魔術系統は【付与】だ」


 何度も触れた。

 剣による間接的な接触じゃない。

 剣に変質した俺自身の腕による直接的な感触を得た。

 何度も見て、効果も理解した。


 そんな天才みたいなことは俺には一生できないと思っていた。


 けど違う。

 努力は才能を凌駕する。

 俺が信じずして、誰がそれを立証できる――


 今まで培った経験が、今まで励んだ勉学が、俺に才能と見紛う能力を宿す。


「――術式再現」

「さっきからおめぇは何を言って……いや、何をやろうとしてや……が……」

「付与――【魔転吸刃エーテルスティール】」


 俺の右腕に青い魔力が薄く宿る。


「ふざけんじゃねぇよ……そいつは俺様の……」

「ワンラウンド追加だ。ゴブリン風情に学ぶ俺は、まだ驕っているか? なぁ、教えてくれよ」


 今度は俺から攻勢へ転じる。

 身体強化を強めて突っ込む。


「喋り方が調子に乗ってんじゃ!」


 迎撃のために振るわれた刃に俺の魔剣を宛がい弾く。


「それは生まれつきだから気にすんな! あとそれはお前もだろうが!」


 何度打ち合っても俺の魔力は吸われない。

 寧ろ時間が経てば俺の術式は最適化されていき、完成度が高まることで俺の魔力吸収量はこいつの術式を上回っていく。


「なぁ、白龍討伐手伝えよ。そんな剣技を扱えるのに、そんな魔術を扱えるのに、もったいねぇだろ。名誉はいらねぇ? 本当にそうなのか?」


 エルドから四種族が手を組んで白龍に挑んだことがあると聞いた。

 そして惨敗したと聞いた。


「この魔術、あの白龍とは相性最悪だよな。なんせあいつは人間を体内に飼うことで実質的に無限に魔力を生成できる。そんな風に完封されて、なぁ、悔しくねぇとかマジで思ってんのかよ!? 負けたままで悔しくねぇ剣士なんざ俺は知らねぇぞ!」

「うるせぇんだよ! ポッと出のおめぇに何が分かる!?」

「知るかよ! だから行動で示せ、ゴブリンの英雄!」


 魔力は回復した。

 見せる気は無かった。

 というかゴブリン如きに見せる必要なんざないだろうと勝手に思い込んでいた。


「なんじゃそいつは――」

「――終奥・龍太刀!!」


 俺の一刀は森林を斜め上に切り開く。

 木々の頭が斬り落ち、差し込む陽が増えていく。

 俺が練り上げた絶大な魔力を警戒し、一斉に飛び掛かろうとしたゴブリン共が剣技の余波だけで吹き飛ばされていく。


「何をしたんじゃ……おめぇ一体何者じゃ……」

「このダンジョンで一番調子に乗ってる奴は誰だ? 卑怯者にも卑怯者の名誉があんだろ。首を取って証明するぞ、その刃が龍へ届くことを」


 腰を抜かしたソウガへ、俺は手を差し出す。


「俺の下に付け。俺はお前たちの卑劣さを評価する」


 ジッと、ソウガは俺の手を見ながら言った。


「一つ聞かせてくれじゃ」

「なんだ?」

「なんでおめぇに奇襲させたゴブリンを殺さなかった?」


 確かに俺は魔術による他ゴブリンの迎撃においてダメージを絞った。

 けどそんなの当たり前だ。


「龍を殺す戦力は多いに越したことはないだろ」


 俺の言葉を聞いたソウガは、諦めたように溜息をついた。


「分かった。俺様は……いや俺様たちはおめぇの下についてやる。おめぇが王だ。なんでも命令しな」

「お前を魔術的に隷属させる」

「あぁ、構わねぇよ。このダンジョンの王様になってくれんだろ?」

「白龍を倒した後のことは倒した後に決める。【恐解の約定ゾルドルート】」


 ソウガの首に隷属の刻印が浮き上がる。

 全ゴブリンへの指揮権を持っているソウガが俺に隷属したことで、実質的にこのダンジョンの存在する全てのゴブリンは俺の僕となった。


「ネル、よくやった。まぁ次からはあまり自然破壊をしないでくれるとありがたいがな」


 エルドが俺を労いながら降りてくる。


「まぁ気を付けるよ。それより次行くぞ」


 魔力を吸収する付与術を手に入れたのだ。

 それに俺は魔獣や人の骨から魔力を回復できる。

 スケルトンの身体に休息が不必要である以上、行動は早いに越したことはない。


 全く面倒な依頼を出す女神だ。

 このダンジョンの創造主っつっても、別に命令権とかを持ってる訳じゃないらしい。

 だから俺は残り二体の上位種を同じように勧誘しなきゃならない。


「もう行くのか、灼骨の旦那」

「なんだその呼び方?」

「王様とかのがいいじゃ?」

「いや、それでいい」

「灼骨の旦那、いつでも呼んでくれ。準備はしておく」

「あぁ、勧誘に時間はそうかからないはずだ。頼むぞ」


 そう言い残し、俺とエルドは湿地帯へ向かった。


「ここはスライムの領域だ。上位種の種族名は泥性粘魔液マッドネススライム。我と……以前の我と同じで名はない。巨体の種であるから上から探せばすぐに見つかるだろう」

「おっけ」


 飛行術式で湿地帯を飛び回ること数分。


「あれか……」


 俺とエルドは『交戦中』の泥性粘魔液マッドネススライムを発見した。


「マジかよ……」


 溜息が出るほどの偶然というか、多分あの女神の仕込みだろう。

 泥性粘魔液マッドネススライムの相手をしている冒険者には見覚えがあった。


 紫に近いピンクの髪を揺らしながら、白い光を発するその剣によって魔を断ち斬る。


 四年の月日で成長したその女は――


「リンカの次はネオンかよ……」


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