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11「ERROR CODE:1」



 転生術式――起動――失敗。


 不明な術式の干渉を受けています。


 転生術式――再起動――失敗。


 不明な術式の干渉を受けています。


 外的術式の干渉を拒絶することは不可能と判断。


 外的術式と干渉しない形での転生術式の起動方法を立案。


 記憶融合待機時間を無効化。


 脳機能を魔力で補完します。


 転生時の保有魔力量に大幅な低下が生じます。


 条件指定1『高度知的生命体』の項目を無効化。


 転生術式――再々起動――部分成功。


 エラーコード1:魂の強制召喚による術式起動の阻害。



【……ネル、貴方は一体何者なのですか?】



 ◆



 転生術式が失敗した。

 その事実に気が付いたのは、俺の意識が蘇った直後だった。

 本来転生術式による記憶の融合には十年のラグがあるはずだった。


 それは俺の魂が宿るのは母体の中に居る状態でなければ不可能なことと、俺の記憶を脳にぶち込むためには人間で言う十歳程度の知能が必要であるという条件が原因だ。


 しかし今回はそのどちらの条件も無視されている。


 誰か……もしくは何かから……俺の術式が干渉を受けた……


 俺の転生術式に干渉できるような存在を俺は知らない。

 きっとリアだってそんなことはできない。


 そもそも『魂』や『記憶』というものを認識できていなければこの術式は実行できないし、改変するなんてもってのほかだ。

 そして、それは俺の持つ固有属性があって初めて理解することができる概念であるはずだ。


 では、この状況はなんなのだ?


「カ――」


 声が出ない。

 声帯が無いからだ。

 鳴るのは骨同士が当たることによって発生する「カッ」という音だけ。


 この身体は今生まれた。

 そして即座に前世の記憶を取り戻した。

 この身体には元の記憶がない。

 この身体には元の経験がない。


 だから今の俺にこの身体を扱う技量は皆無だ。


 人間より身軽で機敏。

 しかし膂力や防御力は殆ど存在しない。



 この身体、この魔獣を、人は【スケルトン】と呼ぶ。



「カカッ」


 乾いた笑いのようにも聞こえるその骨鳴りはまるで、俺が最弱と呼ばれる魔獣に転生してしまったことへの自虐的な嘲笑だった。


 しかしすぐに、半強制的に思考は切り替えられていく。

 生体機能や生物的欲求を持たないアンデッドになったことに起因する精神の強制的な鎮静化だ。


 疑問は二つ。


 ここはどこか?


 そして――


「「「カカカカ」」」


 お前たちは敵か?


 ここは灰色の大地。

 空に光は浮かんでいない。

 だが月光も星灯りすら、今の俺には必要ない。


 どうせ今の俺には眼球が存在しないのだから。


 それでも視野と呼ぶべき感覚があるのは魔力探知による知覚能力の影響だろう。

 それでも視界はかなり朧気で、敵と思われる存在の大まかな輪郭を知る程度しか叶わない。


 それに聴覚に関しても、おそらくは自分の骨を反響する音を感じることで感知している。

 だから通常の生物に比べると精度は悪く、聞こえる距離も短い。


 筋肉はない。

 五感も優れない。


 それにスケルトンの脳機能はどう考えても人間レベルじゃない。

 その分は俺の転生術式がオートで脳機能の補完を行っているようだ。

 そのせいで使える魔力量も激減してる。


 なるほど、スケルトンとはこれほどまでに不便な魔獣だったんだな。


 良い修行になりそうだ。


火球カカ


 声が出せずとも、そこに意志が乗っているのなら、術式の宣言は行える。


 指先に灯った炎を投げてみるが、その一発は俺が狙った魔獣の五歩ほど後方で爆ぜる。


 外した。


 輪郭しか見えない状態で遠方に居る敵に魔術を命中させるのは無理か。


ならば近づこうカカカカカカカ


 身体強化【爆】。

 足裏で魔力を爆ぜさせ加速――


「カッ?」


 こけた。


 筋力がない。

 身体強化の強化量が予想と違う。

 そもそも身体に慣れていない。


 こけた拍子に右手の小指の第一関節が外れた。

 治癒魔術は有効なのだろうか?

 そう思って微量に使ってみる。


 第二関節まで溶けた。


 ふざけんな。


 いや、そもそも神経も筋肉もないのにどうやってこの骨は崩れず保っている?


 魔力だ。骨と骨を繋げる魔力が神経のように張り巡らされている。

 なら魔力を伸ばしてもう一度接合すれば骨は回復できる。

 溶けたパーツは、そこら辺にいる別の奴から貰えばいい。


 身体強化は使えない。身体に慣れなさすぎる

 魔術も遠距離攻撃は使えない。


 剣を持ってないから付与もできない。

 いや、それは違う。

 この身体は、この骨は、魔力によって補完されている。

 俺の骨は俺の魔力に高い適性を持ってるってことだ。

 それなら骨そのものに対して……


付与カカ蒼炎カカカ


 行ける。


 蒼い炎を拳に宿し、その存在の間近へと走る。

 軽やかだ。疲れもしない。


 目の前まで行けば視界がぼやけることもなかった。

 もう疑う要素はない。

 相手も同じスケルトンだ。


 だったら俺とこいつの身体能力はほぼ同じと考えていいだろう。


来いカカ……」

「カカ……!」


 一発、先に攻撃させる。

 拳を振り上げ俺に殴りかかってきたそれを身体を逸らして避ける。

 同じ身体能力なら先に攻撃を当てた方が勝つ。

 先に攻撃を当てるには先に隙を晒して貰えばいい。


悪いなカカカ


 蒼炎を宿した拳で頭を殴りつければ、衝撃で頭蓋が砕ける。

 スケルトンの弱点は頭部だ。

 それが破壊されればもう動くことはない。


 魔力を失い、接続を失った骨がその場に散らばる。


 しかしそれだけではない。

 倒したスケルトンが持っていた魔力の一部が俺に流れ込んでくる……


 これは、骨に宿った魔力を吸収してるのか?

 ダンジョンの魔獣は倒すと魔核を残して消失する。

 しかし、俺が倒した場合骨に宿った魔力の一部を自分の魔力として吸収した後に消失が始まるようだ。 


 吸収量は極めて微々たるものだ。

 今の俺の最大魔力の1%以下。


 だがそれでも、今の俺は転生術式による脳機能補完のオート実行と元の魔力の少なさから高威力の魔術の殆どを制限されている状態にある。

 それを克服する兆しが見えたのだから喜ばしいことには変わりない。


 それに今バラバラになった骨を失った小指に宛がえば、俺の骨として接続することができた。


 魔力は増やせる。

 回復も問題ない。


 これなら何れ龍太刀や魔剣召喚……それに【人化の法】も使えるようになる。


 スケルトンにとって動作を維持するための唯一のエネルギー源は【魔力】だ。

 しかし他の魔獣の骨から魔力を吸収できるのであれば、少なくともこの場所では困ることはないだろう。


 魔力感知には餌は幾らでも映っていた。



 ◆



 この身体は感情の起伏が乏しい。

 凡そ人間が持つ情というものが欠けている。

 だから魔獣を殺すときに一縷の嫌悪感もない。

 おそらく、それは人を殺す時も同様だろう。


 性欲も含めて人間的な上がり下がりがなく、寂しいという思いもそんなに感じない。


 加えてこの身体は魔力以外の補給を必要としない。

 魔力で全て完結しているから食事も排泄も睡眠も必要ない。


 そんな俺に残ったのは、ただ強くなりたいという願望だけだった。


 淡々と、黙々と、俺は近くのスケルトンを壊していく。

 魔力を吸い上げ、己を強化していった。


 ここが何処かは予想はあるが当たっているかは分からない。

 しかしずっと魔力感知を使っているせいか、少しずつ視力は増している気がする。

 歩いた分の地図は頭の中に記憶できてるから、その内出口も見つかるだろう


 スケルトンは地面から無尽蔵に湧いてくる。

 ただ俺はそれを狩り続けた……


 そして、転生から三年ほどが経過した頃、俺の身体に変化が訪れた。


 俺の骨が赤く変色し始めた。

 それは頭蓋と心臓部から発色し、一瞬で全身を赤い模様が浮かび上がった。


 同種スケルトンから大量の魔力を吸収したことで最大魔力量は奴隷の前世と同程度まで増えた。

 それに常時魔力感知を起動している影響か魔力操作の練度が飛躍的に向上している。


 身体が赤くなった理由は恐らく付与魔術を多用した影響だろう。

 何度も身体に火を付与して戦った。

 その影響によって身体の一部があか適合へんしょくしたのだ。


 この肉体……肉はないから骨体か? や精神すらも魔力で補完されている訳だから身体に魔術的な影響が帯びても不思議はない。


 最初は極めて弱い魔獣に宿ってしまったことを少しは嘆いた。

 しかし、この身体にも相応の利点があった。


そろそろ出るかカカカカカカカ……」


 魔力感知の精度や距離もかなり向上した。

 それに三年でこの空間の構造はほぼ把握した。


 広大な鍾乳洞のような地下世界の壁面に開いた一つの空洞から僅かに光が差し込んでいるのが観測できた。

 そこが出口だろう。


 出よう。魔力は十分増えた。


 俺はその空洞を進んで行く。

 もうここに居るスケルトンを倒してもほとんど強くはなれない。


「止まれ。灼骨のスケルトン」

「カカ……?」


 目の前に現れたのは黒い粒子として可視化された魔力をローブのように纏った……俺と同じスケルトンだった。


 しかし進化の段階は俺よりもずっと上にあるのだろう。

 感じられる魔力の圧で分かる。

 こいつは何度も進化を重ねた俺より上位の種だ。


「我が何も手を下さずとも、こうして上位種が生まれるような誤算があるのだからダンジョンというものは面白い」


 ダンジョン……と、確かにこいつは言った

 まさかここはダンジョン内なのか?


「カ……」

「まだ声を作れるほどではないか。しかし意味は理解しているであろう? 其方は我のしもべなのだから」


 ここまで確かな知性を持つ……スケルトン系統の魔獣。

 それにこの姿を加味すれば選択肢は一つしか思い浮かばなかった。


 エルダーリッチか。


 冒険者協会が決めた階級的にはオーガロードと同等の相手だが、多様な魔術を扱えるため対策が難しい。

 身体能力はそれほどでもないが、普通の冒険者なら魔術による弾幕で轢き殺されるのがオチだろう。


かしずけ、灼骨……」


 その言葉を聞いて俺は確信した。

 ここは『ダンジョン』だ。


 ずっと俺は自分の魂に違和感を感じていた。

 外の何かから縛られているような感覚。


 ほぼ全てのダンジョンに言えることだが、その内部から発生した魔獣はダンジョンの権限を有する主に絶対服従だ。


 ダンジョンを創り出した魔術師か、もしくは自然発生したダンジョンの中でボスとして認められた一個の魔獣は迷宮主めいきゅうぬしと呼ばれ、ダンジョンの全ての魔獣を管理する権限が与えられる。


 故に迷宮の主かそれに類する権限を持つこの魔獣の命令に、本来俺は逆らえない。


 そう『本来』ならば……


俺に命令できるのは俺だけなんだよカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ


 隷属術式――【恐解の約定ゾルドルート】!


 それはベルナが開発した新種の隷属術式。

 これを俺は俺自身に発動させる。

 そうすればこの身体にはこいつと俺の二つの命令が混在することになる。


 その結果――


「何故……」


 俺とこいつの命令は重複し、双方ともに無効化される。


「ナゼ……? ワカラナいのか?」

「どうやって声を……」


 声ってのはつまり振動だ。

 振動ってのはつまり風だ。


 少し前に凄まじい練度の風属性魔術を見せられたからな。


 俺の火属性との相性もいいから練習してたんだ。


 まさかこんなことに使うとは転生するまでは思ってなかったけどな。


「驚いている場合か? 今際の際だぞ」


 隷属術式【恐解の約定ゾルドルート】は対象となる者の魔力を使用して術式を維持している。

 だからこの首輪がある限り俺の魔力の回復速度はかなり遅くなる。


 これ以上デバフを貰ってたまるか。

 こいつを倒さないと首輪は外せない。


「魔剣召喚――」


 この三年、隷属術式や風魔術だけではなく様々な術式を研鑽した。

 性能の良いサンドバッグが無限にあったから捗ったよ。


 そうして俺は二本目の魔剣を手に入れた。


 この身体に相応しいその剣の名は、


「魔剣【灼骨蒼刃しゃっこつそうじん】」


 まだ龍太刀ほどの完成度はない。

 練習剣と同じような理屈で、俺の腕に重ねることでしか召喚はできない。


 だが、破格だ。


 右腕が三日月形の刃へと変形していく。

 蒼色の火を噴くその刃をエルダーリッチへと向ける。


「行くぞ?」

「ふざけるな! スケルトン風情が、進化した程度でいったいどこまで付け上がる!?」


 だよな。そうこなくっちゃ。


「多重詠唱【氷槍・雷線】!」


 エルダーリッチの右背後に生成された氷の槍が三本。

 左側には金雷の迸る宝玉が三つ。


 それが一秒と待たずに召喚された。


「行け!」


 馬鹿な奴だ。

 発射速度に劣る氷の槍と貫通力に欠ける電撃。

 二つの魔術を同時に使うことで互いの弱点をカバーしたいと。

 その意図は理解できるが……


「それなら纏めねぇとダメなんだよ」


 身体強化で氷の槍をいなし、魔力障壁を多重展開して雷を受け止める。

 攻撃の性質を二種類に増やしても、同時に二つの対応を行える魔術師には通用しない。


 そもそもオーガロードと同格とは言え、こいつの性質は魔術師にかなり寄っている。


 魔術の撃ち合いで俺に勝てる奴なんざ一人しか知らねぇよ。


「発射速度が遅いなら剣術を磨いて剣速に術式効果を乗せることでその弱点は克服できる。意味があるかは知らねぇが見せてやるよ」


 例えばこの魔剣のように。


「じゃあな」


 魔力を込めてこの魔剣を振るえば、その斬撃の延長線上に蒼い炎が道を作る。

 蒼炎を纏うのではなく飛ばす、それがこの魔剣の性能だ。


 これで終わり……


「いや……違うな……」

「なんだ……その力は……其方の存在は一体……」


 尻餅をついたエルダーリッチは後方を振り返り、俺が『外した』炎の痕を微動だにせず凝視していた。


「そもそもお前を殺してもこのダンジョンは新たな迷宮主を作るだろうし。それに結局俺はここがどこか分からないままだし……?」


 だったら、最適解は一つだ。


「お前、俺の下につけよ」

「は?」

「なぁいいだろ? お前だって態々俺に会いに来て勧誘してきたってことは何か戦力が必要な用事があるんだろ? 少しは手伝ってやるから、な? とりあえず名前教えろよ?」

「名などない。我はただのエルダーリッチだ……」

「そうか。じゃあエル……ダ……んー、エル……ド……エルドでどうだ?」

「どうだ……? 何が? というか其方はさっきから何を……」

「あぁ、俺はネルな。よろしく」

「おい、勝手に話を進めるな、少しは人の話を聞け!」

「ははっ、お前も俺も人じゃねぇだろ。ほら立て、さっさと行くぞ」


 なんだろうな。

 寂しさなんて感じてなかったはずなのに。

 喋れる奴が居ると思うと言葉が溢れる。


 寂しさは感じなくても、喋りたいって欲求はあったみたいだ。


「で、どうするエルド? 俺に付くか?」

「……魔獣の世界は弱肉強食。今は其方の方が強いことはあの一撃だけで十分に分かった。従おう、ネル」

「じゃあ決まりだ。全く外の知識ねぇからさ、色々と教えてくれよ」

「全く……其方はよく分からぬ魔獣だ。いいだろう。この『ストレ大迷宮』の現状と我が抱く危機について、少しは説明してやる」

「は? お前今、なんて言った?」

「だからこのストレ大迷宮について詳しく……」



 ストレ大迷宮……だと?



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