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10「垣根」


 首輪の術式は既に解析済みだ。

 術式を砕き、枷を外し、振り返ると同時に俺は剣を抜く。

 そのまま二人の間へ飛び込む。


「どうしたんだベフト? なぁベフト、大丈夫か?」


 心配するソナの首を締め上げようとする虚ろな目をしたベフトを止めるために。


「付与――【溶鉄】」


 魔力に対して高い耐性を持つ素材。

 だが首輪という形状を取っている以上接合部はある。

 狙うは首輪の構造的脆弱性。


 俺なら薄皮一枚でぶった斬れる!


 ガキン――と、音がする。

 真っ二つに割れた首輪が地面に落ちる音だ。


「ソナ……」

「ごめんベフト……本当は嫌だったのか? 当たり前だよな、エルフの奴隷になるなんてさ……」

「ち、違ぇ! 俺は……!」


 ベフトの否定を聞いてもソナの涙は止まらない。

 ごめんなさいと、ずっと謝り続けている。


「ソナ、今のはベフトの意志じゃない。隷属の首輪によって操られてただけだ」


 隷属の術式に込められた奴隷への命令は四つ。

 一つ、主人及びベルナに損害を与えると思われる行為の禁止。

 一つ、主人として登録された人間の命令遵守。

 一つ、首輪を外す行為の禁止。


 そして最後に、ベルナが行う遠隔命令の実行。


 命令同士が矛盾した場合、後に挙げたものほど優先順位は高くなる。

 だからその実行は他の何より優先される。


 今起こっているのは予め隷属術式に組み込まれていたバックドアによる大規模テロってことだ。

 ベルナは最初からこの計画を立てていたってことだ……


「本当かベフト? 私を嫌いなったんじゃないのか?」

「ソナ……」

「ベフト、なんでもいいからソナを歩けるようにしてくれ。敵が来る」

「敵?」

「いいから、ソナを危険にさらしたくないならさっさとしてくれ」


 俺がそう言うとベフトは照れたようにソナに向き直る。


「俺は奴隷になったことを後悔なんかしたことねぇ。そのお陰でお前と居られんだからこいつは天使の輪っかより有難みのあるもんだ。ソナ、俺ぁ……お前と死ぬまで一緒にいるって決めてんだ」

「ベフト……私も、私も……死ぬまでお前と一緒に居たい……」


 あのだなお二人。

 この街の奴隷全員にさっきの命令が届いてんだよ。

 ってことは全ての奴隷が首輪の拘束から逃れてんだよ。

 反乱の絶好のチャンスな訳だよ。


 それに全奴隷の首輪が壊れている以上、もう奴隷共に言い逃れる術はない。

 時間が経てば国の軍が送られてくる。

 そうなれば奴隷の身で勝手に首輪を外した奴等は……法を犯した奴等は、全員処刑だ。


 奴隷にはもう戦う以外に生き残る方法がない。

 ベルナの首輪を付けていない奴隷も同様だ。

 これだけの奴隷が同時に枷から解き放たれたのなら、そいつ等が残りの奴隷の首輪を外そうとするのは自然なことだろう。


 人数はいる。生き残るには戦うしかない。


 そんな奴らがまず欲しがるものが何かって話だ。


「急いで逃げるぞ。もう来る」


 それに俺にはやることがある。

 ベフトとソナにあまり長く構っては居られない。


 浮遊術式を自分に展開しながら二人を抱える。

 三人分の重力を無効化するのは少し魔力を多めに消費するが、今は魔力を温存してる場合じゃない。


「武器を手に取れ! 復讐だ! 報復だ!」

「俺たちは自由を手に入れる!」


 己が主の血で衣服を赤く染めた彼等は集合し、団結し、進む。


 奴らの目的は恐らく二つ。

 この街の領主の拘束。

 やってきた国軍と交渉するには必要不可欠だ。


 そしてもう一つ。

 奴隷にとっての絶対悪。

 街一番の奴隷商、ベルナの命だ。


「こいつは……何が起こってやがんだ……」

「街の至る場所から火の手が上がっている」

「何が起こってるのかは俺にも分からねぇ。だが一つだけ明確に言えることは、この街はもう終わりだってことだ」


 領主が持ってる軍だけではもうどうすることもできないだろう。

 首都からの増援がなければ鎮圧は不可能。

 それまでは奴隷とそれ以外の戦争状態になる。


 戦うことしか道のない奴隷と、逃げることもできる民衆だ。

 幾ら奴隷以外の人数が奴隷の倍居ると言っても、実際に戦う勇気のある人間の数は引くに引けぬ奴隷の方が圧倒的に多い。


 奴隷剣闘士とか、奴隷の中にも強い奴等はいる。

 結構いい勝負になっちまうだろう。


 その間、戦う力を持ってない奴にとってこの街は地獄になる。


 街の外まで一気に飛び出した俺は人目に付かなそうな場所に二人を着地させる。


「ベフト、ソナ。この剣は最高だ。マジで感謝してる」

「俺たちの武器を褒めてる状況かぁ?」

「行くのかネル……?」

「あぁ、ベルナを見つける。あんたら二人は一流の武器屋だから、多分この街以外でも仕事はあると思う。本当は送ってやりたいが俺はベルナに借りがある」

「思ったよりもお前は優しい人間なんだな。心配するな、エルフは森林の民、食料は道中で調達できる」

「そういうこった、ベルナに感謝してるって伝えといてくれよ」

「この騒動を起こしたのはベルナかもしないのにか?」

「それでもさ。私たちは彼女の術式に救われたんだ」

「了解した、必ず伝える。行ってくる」


 浮遊術式を再展開し加速する。


 まずはベルナと合流する。


 そう考え宿屋の俺の部屋に窓から戻ったが、そこにはベルナの姿は無かった。


「お、戻ってきたのかチャンピオン。なぁ今が千載一遇のチャンスなんだ、俺たちに協力して一緒に領主の館に行ってくれよ!」


 代わりに俺の部屋にいたのは、宿屋を占拠し俺にそう懇願してくる奴隷数人。


「おい、ここに女が一人居なかったか?」

「いや、見てねぇけど……」

「そうか。じゃあもう用はない」

「ちょっ、待ってくれよ。返事を聞かせてくれ!」

「返事? そうだな……『勝手にやってろ』だな」


 もう一度窓から外に出る。


 浮遊により街の中心の上空へ移動し、眼下を見渡す。

 炎が至る場所から上がり、大勢の怒声と悲鳴が響く。


 けれどベルナが見つからない。

 つうか街全体が視界に入るような上空からたった一人の人間を見つけるなんて無理筋だ。


 じゃあ考えろ。

 ベルナはどこにいる?

 俺がベルナなら、この状況でどこへ向かう?


「……展望台!」


 ベルナが故意にこの状況を引き起こしたのなら、絶対に見ているはずだ。


 自分が引き起こしたこの光景を。


 そう思って全速力で向かえば、確かにその展望台には人影が一つ見えた。


「ネルか……よくここが分かったな」

「お前戦闘は得意じゃないんだろ? 奴隷共がここまで来るのは時間の問題だ。逃げなくていいのか?」

「私に逃げ場なんてないさ。国も、領主も、マフィアも、剣闘士も、奴隷も、全てが私を恨み、私の命を狙っている。お前の方こそ、私を殺さなくていいのか? 奴隷番号14475番」


 最早、俺の知る知識ではベルナが背負う罪は数えきれない。

 死刑など生温いほどに、こいつのやったことは大罪だ。

 こいつの罪は死んでも消えはしないだろう。


 だけど……


「あぁそうだ。お前は炎の魔術が得意だったよな。少し、火を貰ってもいいか?」

「いいけどよ……」


 二冊の本を懐から取り出すベルナに、俺は掌の上に炎を浮かべて応えた。

 片方の本をベルナは炎にくべる。


「私が管理していた奴隷の名簿だ。一点物で複製は既に全て破棄してある。奴隷の証明書類を奴隷の主たちも持っているが、そっちは奴隷たちが回収して処分するだろう」


 つまりこれがなくなれば、第三者の誰も奴隷と住民の区別を付けられなくなるって訳だ。

 奴隷は自分が元奴隷であると絶対に認めないだろうから。


「もう一つは?」

「こっちは私の開発した隷属術式について書いた本だ。遠隔で術式を作動させる方法が書かれている。これも一点物だがお前にやるよ。ベフトとソナを救ってくれたご褒美だ」


 どうやら展望台の望遠鏡から街の様子を見物していたらしい。


 投げ渡された黒い鍵付きブックカバーに厳重に収められたその本を受け取り、その中を見分した。

 そして燃やした。


「いいのか?」

「あぁ、もう憶えた」


 魔術書の速読は得意分野だ。

 二度目の人生では毎日数十冊は読んでいた時期もある。


 術式を憶えたからと言ってすぐにその魔術が使えるようになる訳ではないが、この程度の複雑性なら数カ月で覚えられるだろう。

 ずっと首輪の解析はしていたしな。


 魔術には術者との相性というものもあるが、隷属術式は俺の転生術式と同じで脳機能に干渉している。

 多分覚えられるだろう。


「そういや腰に付けてた鍵がなくなってるな。あれは結局なんだったんだよ?」

「あれは先代のボスから継承した武器庫と金庫の鍵だ」


 奴隷が解放されてもその数の武器がなければ戦うことはできない。

 初めからその鍵のためだけにボスを目指していた訳か。


「もういいぞネル。首輪も外れ名簿も消失。最早お前は私の奴隷じゃない。どこへでも好きに行け」


 俺は勘違いをしていた。

 最初はベルナは奴隷であった過去を呪い、奴隷の王になろうとしているのかと思っていた。

 けれどこの事件を起こしたのがベルナだと知って、奴隷たちに自由を与えようとしているのだと思っていた。


 けれど、どちらも間違いなのだ。

 きっと、この街の奴隷の自由すらも、ベルナにとっては未だ道中なのだろう。


「お前、隷属術式を禁忌指定魔術にしようとしてるのか?」


 禁忌指定魔術。『禁術』とも呼ばれる。

 簡単に言えば国が使用や習得を禁止している魔術だ。


 並大抵の魔術では禁術になることはない。

 例えば、大した才能もないようなたった一人の魔術師が、その術式を知ったというそれだけの理由で街一つを滅ぼせるような可能性がある魔術。


 それが禁術だ。


 そして、ベルナの開発したこの隷属術式はその選定条件を実例で示している。


「私は東邦の生まれでな、六歳の時に誘拐されて奴隷になった。二十歳まで奴隷娼婦をしていたんだが、妊娠したから別の街に移されることになったんだ。だがその道中で山賊に襲われて、次は山賊の奴隷になった。山賊のねぐらで子供を産んだんだが、子供なんて要らないとその子は別の奴隷商に売られた。その後一年もしない内にその山賊団は国軍に討伐され、既に私が正式な奴隷だったという記録は残っていなくて、私は自由を手に入れた。けどな、もう私は全部を失った後だったんだ。全てを隷属という術式に奪われた後だったんだ……」


 燃える夜景を眺めながら、ベルナは涙を流した。


 ベルナの隷属術式が禁術指定されるということは、当然元来の隷属術式も禁術指定されるということだ。

 元来の隷属術式を研究するということはベルナの作った新型の隷属術式の開発を行うことと同義なんだから。


 つまり、少なくとも今後隷属術式によって奴隷になる人間は、この国とこの国が懇意にしている数ヵ国では一切居なくなるということになる。


「私は確信している。この世界で最もその魔術を憎んでいるのは、絶対に私だと。だから凡人の私でもこんな発展術式を作ることができたんだと思う」

「そいつは凄絶な人生だな。ちなみにその子供が俺とか……?」

「いや、それはないな。私の子供は赤毛だし、女の子だったし、ちゃんと名前と苗字はその子を連れて行った奴隷商に伝えた」

「そうか……」

「ネル、できればもう一つ頼んでもいいか?」

「なんだ?」

「私は殺される。これだけの罪を犯した私に生きる資格がないことは分かっている。奴隷も、マフィアも、領主の騎士も、全てが私に恨みを抱いている。私はきっと考え得る最低な方法で殺される。分かってる……覚悟はしてきたはずだった……でも、手足の震えが止まらないんだ」


 自分の両肩を抱き締めて、膝を折り、懇願するようにベルナは俺へ言う。


「お前が殺してくれないか? 死ぬのも、痛いのも……怖いんだ……」


 俺は負けた奴が死ぬのは割と普通だと思う。

 けど、勝った奴が死ぬのはおかしい気がした。


「ベルナ、ベフトとソナからの伝言を伝え忘れてた。お前とお前の魔術に感謝してるとよ。俺もだ、お前のお陰で他の何も考えることなくただ戦いに没頭できた。それにお前には金貨ジュース分の恩がある。だから俺は、お前を殺さない」

「なんで……」

「それより、おい! いい加減鬱陶しいぞ」


 特別気配を隠す気もないらしく、俺はその存在を魔力感知で常に把握していた。


「盗み聞きってのはお前の正義感に抵触しねぇのかよ?」


 俺が大声でそう問うと、盗聴者は物陰からその姿を現した。


「お前は……」

「ベルナさんにどういうことなのか事情を聞こうと思って探してたら空中を一直線に飛ぶネルを見つけてね。頑張って後を追いかけたら、すっごい入りにくい話してたんじゃん」

「ネオン、聞いてたなら話は早ぇ。俺はお前に問いたいことがある」

「何?」

「ベルナは善人か? それとも悪人か?」


 この四年で俺はネオンと何度も戦った。

 戦う度にこいつは強くなっていった。

 そして強くなるほどに、こいつの目はあの日のヨハンに近付いて行った。


「分からない。それを決められるほど、私は世界の仕組みを分かってないから……」


 ネオンは申し訳そうな顔を浮かべたが、人が死んでるから悪人とか、法律を破ってるから悪人とか、そういう短絡的な思考回路じゃないだけで十分だ。


「じゃあ学ぶチャンスをくれてやる」

「え?」

「俺の代わりにベルナをこの街から逃がしてくれ」

「なんでだネル、私は生きようなんて……!」


 なんでかなんて知るかよ。

 けどこの身体がずっとそれを望んでんだ。

 俺にもどうしようもないくらい熱烈に。


 あぁそうだ。これはきっとこの身体の意志だ。


「頼むよ、逃げてくれ」


 だからこれも……俺の意志なんかじゃねぇ。



「母さん」



 恥ずかしくて後ろを向きながらそう言うと、水を打ったように静かな時間が数秒続き。


「……分かった。ありがとう。ネル」


 優しさに満ち溢れた声色でベルナは俺にそう言ってくれた。


「ネオン、頼んでいいよな?」

「うん、いいよ。今の私の力じゃもうこの街の人たちを皆救うのは無理だ。私はもっといろんな正義の在り様を知らなきゃいけない。だからこの人を逃がすよ。でも、君はどうするの?」

「俺は――この有象無象を蹴散らしてから行く」


 流石に長く話込み過ぎた。

 大勢の足音が一直線のこっちに向かってくる。

 目視できる頃には彼等の怒号がその場を満たしていた。


「居たぞベルナだ!」

「あのクソ女、絶対にぶっ殺してやる!」

「魔女だ。あいつは魔女だ! 絶対にここで殺せ!」

「あの子を返してよ! この悪魔!」


 こいつ等にもこいつ等なりの戦う理由があるのだろう。

 この騒動で誰か死んだのかもしれない。

 家族かもしれない、友人かもしれない、恋人かもしれない……


 それでも俺にも俺の戦う理由がある。


 ベルナは殺させねぇ。


「ちょっと待てネル、一人で戦うなんて無茶だ!」

「素人は黙ってろよ。こんくらい物の数じゃねぇ。お前等みたいな足手纏いがいたら全力出せねぇからさっさと行けっつってんだよ!」

「行くよ、ベルナさん」

「絶対だぞネル! 絶対死ぬんじゃないぞ!」


 ネオンにお姫様抱っこされたベルナは、そのまま展望台のもう一つの出入口から逃げていく。


 俺は二人が走り去ったその道の真ん中に立ち、剣を抜き足下へ一本の線を描く。


「この線を一ミリでも越えた奴は――全員ぶっ殺す」


 魔力を練り上げ、闘志を灯し、覇気を纏う。

 俺は剣闘士。この街の現チャンピオン。


 対する敵は魔術師も剣士も奴隷もマフィアも混ざった連合軍。

 本来は味方同士ではないはずの彼等は、立ちふさがる俺に一斉に視線を向けて、各々の武器を構えた。


「この街における最上位の誉れ。チャンピオンを打倒する権利をお前たちにくれてやる。だから全身全霊で掛かってこい。俺もそうする」


 浮遊の魔術で街と外を往復したし、ベルナを探す為に結構魔力を使った。

 残った魔力は七割ってところか。


 敵は数百人。

 いや、まだまだ増援はやってくる。

 数千人か数万人か……


 いいだろう。


 この剣の実験台になってくれ。


「――魔剣召喚」


 俺が持つ剣にベフトとソナが付けた名は『練習剣』。

 魔力との親和性が極めて高いこの剣は、あらゆる魔術の付与に耐えるだけではなく、魔術による召喚物との融合を可能とする。


 元からある物体と融合することで術式処理を軽減し、消費魔力を抑え、未完成の召喚術式の粗を隠して無視矢理実行することができる。



 Q.剣を使う魔術師にとって最適な武器は?


 A.魔術師にとって最適な武器は【魔術】である。



 故にこれは『練習の剣』。

 俺がその魔術を会得するための仮初の刃。


 今はまだ俺が使える術式の中の一つを宿した魔剣を召喚することしかできない。

 その術式が他より一足早く剣という形で召喚できるようになったのは、きっとその魔術の発動に剣が必要不可欠だったからだろう。


 俺が召喚した魔術と練習剣が融合し、その姿を変えていく。

 龍の鱗のような装飾がされた『刀』の形状。


 名を――


「魔剣【龍太刀】」


 リンカとオーガロードを倒した時、魔力の逆流によって得た莫大な魔力で剣に『終奥・龍太刀』を付与したことがあったが、この魔剣はその時と同じ状態を再現できる。


 要するに、この剣を使って放たれる全ての斬撃は、魔力を込めることで龍太刀と同じ効果を得る。


「行くぞ。ベルナを追いたいのなら――この斬撃を越えて行け」


 切断性能は最低限でいい。

 こいつ等を戦闘不能にすればいいだけだから。

 だから吹っ飛ばすための衝撃力に全振りして放った。


 その一振りで数十人が吹き飛ぶ。

 周囲の道路や建造物をも破壊し、街の景色を変えていく。


 とある魔術師風の男が叫ぶ。


「あんな高威力の魔術が連発できる訳がない! いずれ尽きる、臆さず進め!」


 五十点だな。

 溜めや魔術名の宣言を省略して連続で放つために召喚という工程を挟んで魔剣という形に集束させてんだよ。


 けどまぁ、確かにそれでも俺の魔力は有限だ。魔剣は召喚してるだけで魔力を消費し続ける術式だし、何れ尽きる。


「けど言っただろ、全霊で行くって」


 俺の魔力が黄金へと変色していく。

 魔力の逆流が開始される。


 ベルナとネオンは街を出られただろうか。


 ちゃんと別の街へ辿り着けるだろうか。


 願うしかないってのは、ほんとにイライラする……


 いや、俺は目の前のやらなければならないことを本気で成し遂げるだけか。



 一分でも、一秒でも、一人でも、多く――足を止めさせてやるよ。



 だから、ちゃんと生きろよ。



 ◆



『ありがとう』

「なんだよお前」

『君だよネル。僕は君に救われた君だ』

「そんなことは分かってる。お前は俺が乗っ取ったこの身体の元々の人格だ。こんな終わり際に何を言いに来たのかって聞いてんだ」

『だから【ありがとう】だよ。君がいなければ僕の人生はきっとあそこで終わっていた。けど君が救ってくれたことで、君の一部になったことで、僕には考えられないくらいの最高の人生を体験できた。弱虫で意気地なしでビビりだった僕じゃ絶対に経験できないような人生を、君はくれたんだ』

「俺は自分のしたいことをしただけだ」

『それでも僕は君に救われたんだ。命だけじゃない、僕のどうしようもない人生を、君に救って貰ったんだよ』

「バーカ、何をもう終わったみたいな面してんだよ」

『え?』

「お前はもう俺の一部だ。お前の記憶も経験も俺の中でいつまでも生き続ける。お前の人生はまだ終わらない。お前が最高の経験をするのはこれからだ。だからちゃんと着いてこいよ。――いいか、お前ネルネルだ」

『……あぁ……そうだね。本当にありがとう、ネル!』



 ◆



 視界の中を無数の光が煌めいていた。

 それは夜空に浮かぶ星々と月光の輝きだ。


 どうやら俺は倒れちまったらしい。


「こいつ、やっと倒れやがった……」

「これがチャンピオンか、怪物過ぎるだろ……」

「誰が止めを?」


 腹に穴が空いてやがる。

 内臓当たってるなこりゃ。

 治癒魔術を使う魔力なんかある訳ねぇし……多分使えても間に合わなそうだ。


 血が止まらねぇ……


「誰も大した傷なんて与えてませんよ。倒れたのは魔力切れです。その後です、致命傷を与えたのは」

「……うっせぇな、お前確か奴隷だろ? 慣れ慣れしいんだよ」

「そうですね。じゃあ今から殺し合いますか? そんな気力あるんですか?」

「そりゃあ……ねぇけど……」

「自分もです……」


 剣闘士と奴隷とマフィアと、それ以外と……


「にしても笑っちまうよな。こんだけの人数相手にして、こっちは誰も死んでねぇんだからよ」

「えぇ、この人は本物だった」


 そいつ等が何故か満足そうな顔で喋ってる。


「お前……ら……」


 こいつ等に優しくしてやる義理なんかねぇ。

 ただ、物を知らねぇ馬鹿どもに教えてやるだけだ。


「まだ動けるってのか!?」

「動けねぇよ……馬鹿。それより展望台の向こう見下ろしてみろ……」

「え? いったい何があるって……」

「別に、いつもの街だろ……」

「あぁ……いつも通りだ。いつも通り……この街には……立派なコロセウムが沢山あんだろ。……そんなもんが折角あんのによぉ……あんまり外で、しょうもねぇ喧嘩ばっかしてんじゃねぇぞ馬鹿どッ……ゴフッ……」


 血反吐が溢れると同時に辛うじて動いていた唇ももう動かなくなってきた。

 瞼が重い。身体が寒い。

 自分の中に一切の魔力を感じない。


 星、折角綺麗だったのに。


 視界が完全に閉じちまった。


「歳で馬鹿にしてたけど、ちゃんとチャンピオンなんだなこの人……」


 多くの衣擦れの音がした。


「あぁ、俺も所詮奴隷だって思ってた。けど……」


 ペタリと、バンと、石床に手を付けるような音が幾つもした。



『チャンピオン、ネル殿、ご指導ご鞭撻のほどありがとうございました!!』



 黙れっての……寝れねぇだろうが……


 多くの声が重なった馬鹿程でかいその感謝と共に――



 俺は死んだ。


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