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Epilogue but never end

「おいでピート。お願いだから出てきて」


 尻尾の先と耳が見える、と思ったらキッチンへ逃げてしまった。すぐにそっちへ行っても影もかたちもない。目の端の捉えても、そちらを見た瞬間にサッと隠れてしまう。


「ピートったら、言うことを聞かないと美味しいご飯をあげないからね」


 ダダッと逃げる猫、

 追うわたし。

 でも捕まらない。


 はあ。

 もう。


 猫にとっては楽しいだろうが、鬼ごっこもいい加減で疲れてきた。


 部屋の換気のために窓を開けておいたら、その細い隙間からピートに侵入されてしまった。これで何度目だろう。そのたびに鬼ごっこの鬼を強制される。


 すぐに息が切れてしまうのは鬼として失格かもしれない。でもピートの遊びに付き合うために身体を鍛えるのは、今ひとつモチベーションが上がらない。


 だいたいわたしはスポーツが苦手だ。特に集団スポーツが駄目である。チームワーク、全体の中の一人として行動するのが向いていない。しかしそんなことを言ったら、企業という組織で働くことも向いていないということになってしまう。


 本来の飼い主である隣の部屋の住人は遊んでくれないのかな。だから欲求不満が高じて、こうしてわたしと遊びたがるのかしら。


 また逃げられた。


「もう。いい加減にしなさい」


 でも、なんだか様子が変だ。


 光の加減だろうか。茶色と白のはずのピートの身体がずいぶん黒く見える。それに、瞳が…あんなに金色に光ったかな?


 ピートなら甘えた声で「にゃあ」と鳴く。それなのに、鬼ごっこが始まった時からまったく声を立てない。


 ササッと素早く逃げるそれが、ピートどころかそもそも猫ではないような気がしてきた。


 気味が悪いのでとにかく追い出してしまおうと、窓を開け放つ。黒い大きな毛玉がベッドの下に潜り込むのが見えた。触るのが嫌だったので、立て掛けておいた掃除機を突っ込んで追い出そうとしゃがんだら、何かがトンと肩に乗った。それがズンと重くなる。


 重い。

 どんどん重くなる。


 そして、それが耳元で、深いところから響いてくるような掠れた声で、こう言った。


「戻ってこい」







きみ歌うことなかれ 暗黒の旋律を

きみ語ることなかれ 深淵の戦慄を


もしも歌うなら 漆黒の僕がやってくるだろう

もしも語るなら 異形の夢魔に抱かれるだろう


だからその声をひそめよ 

その口を固く閉じよ


名を呼ぶものがいても 答えてはいけない

泣き叫ぶものがいても 立ち止まってはいけない


禁忌の扉は きみの側に忍び寄り

異界の帳は きみの後ろに迫っている


だから心するがいい


きみ歌うことなかれ

きみ語ることなかれ






【きみ歌うことなかれ、闇の旋律を。きみ語ることなかれ、魔の戦慄を。】完


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