取材日 20XX年十一月二十三日〜十一月三十日
年齢 三十代〜四十代
性別 男性および女性
職業
メモ
とある新築物件での奇妙な出来事の取材記録。
三角形の空地に以前は何があったのか。それが鍵では?
A子さんの奇妙な歌とは?
どういう歌だったのか?
三角地の登記簿を当たるべきか?
深追いするのは危険かもしれない。
A子さんは都内にマイホームを持つのが夢だった。しかし都内であれば不動産価格は近隣の県の倍以上する。共働きとはいえ予算的に厳しいものがある。だから購入した新築物件は希望の半分ぐらいの規模になってしまったが、それでもA子さんは満足だった。仲良くなった近所の主婦との雑談の中で、A子さんはそう語っている。
夢のマイホームと隣の家との間には細長い三角形の空地があった。とんがった方を奥に、道路に向かって扇をちょっと開いたような、自転車一台がやっと置けるほどの狭い土地だ。
マイホーム購入の際、不動産仲介業者へその三角の所有者を聞いたところ、登記はされているけれど現在の所有者が特定できないとか、よくわからない返事をされたという。
その三角はのっぺりしたコンクリートに覆われている。だから雑草が生えることもなく、そこにあっても迷惑にならない。A子さん夫婦は三角が誰のものか不明でも気にしなかったらしい。
ある日の早朝のこと。健康維持のためにウォーキングへ行こうと玄関を出たA子さんは変なものを発見した。あの三角に柵があるのだ。高さはA子さんの胸あたりまで。三角のかたちぴったりに作られたその柵は、おかしなことにボロボロの木で出来ているようだ。
昨日の夜まではそんなものは無かった。いったいいつ作ったんだろうとA子さんは不思議に思った。よくよく見れば、コンクリートに穴を開け、虫食いだらけのボロボロの柱を立てて柵を作ったらしい。そんな工事は大きな音がするだろう。しかし昨夜から今朝までそれらしき騒音も振動も感じなかった。
変に思いながらもA子さんは予定どおりにウォーキングへ出発した。
それから数日後、買い物から帰ってきたA子さんは、柵の中に誰かがいるのに気がついた。その人物は後ろを向いて立っている。背中しか見えないが、老人のようだったという。柵には入り口がないから、いったいどうやって入ったのだろうと思った。
ジッと動かない背中を見ていたら気味が悪くなってきたので、A子さんはさっさと家に入った。家族に変な老人のことを話したら、そんな老人は見ていないと言われた。
それからA子さんの様子がおかしくなり始めた。家族には何も聞こえないのに、歌が聞こえると言い出した。あの三角から変な歌が聞こえてくると言う。しかしA子さんの夫が見ても三角には誰もいない。
そのうち、三角の柵の内側で、立ったまま歌をうたっているA子さんの姿が、近隣の住人によって目撃されるようになった。入り口のない柵の内側へ入るには当然だが柵を越える必要がある。しかし柵はボロボロで、手をかけただけでグラグラする。乗り越えようとしたら壊れてしまうだろう。胸のあたりまでの高さがあるので跨ぐのは不可能だ。いったいA子さんはどうやって入ったのか?
本人に聞いてもポカンとしたまま、質問されていることすら、わからないらしい。結局、A子さんを三角から出すのに脚立を使ったという。
その後も、三角の柵の中にいるA子さんの姿を近所の住人がたびたび見ている。ゆらゆら左右に身体を揺らしながら、奇妙な歌をうたっていたそうだ。その歌は外国語のようだったという。どこの国の言葉なのかわからないが、言葉というより呪文に聞こえたとのことだ。
不思議なのは、柵の内側にいる姿は目撃されても、入るところを誰も見ていないことだ。どうやって入ったのか。それはA子さんにしかわからない。そのA子さんは、A子さんの家族によって家から出ないようにされたようだ。その後、彼女の姿を見た人はいない。姿は見られなくなったが、彼女の夢であったマイホームから、時々おかしな歌が聞こえたきたという。
その夢の家も、近所の人が知らないうちに、いつの間にか空き家になり「売り物件」の札がぶら下がるようになった。
中古物件となったA子さんの夢の家。しばらくして新たな家族が引っ越してきたが、すぐにまた「売り物件」の札がぶら下がる。売れては手放され、また売れては手放されを繰り返して、とうとう空き家のままになった。あの「売り物件」の札もぶら下がらなくなった。
今でもたまに、その空き家からおかしな歌が聞こえることがあるそうだ。そしてあの三角の柵は壊れてバラバラになり、元の、のっぺりしたコンクリートだけの土地に戻った。
♢
現地を取材した。件の三角地は聞いた話のまま、何の変哲もない狭い土地だった。確かにその空き地の存在は不自然に見えなくもないが。
A子さんの家があったはずの場所は更地になっていた。きちんと管理されていないようで、背の高い雑草が生えていた。それ以外に特に感じるものは無かった。