2
というわけで、ゴールデンウィーク初日である。
僕たちは井口先生(五人乗りコンパクトカー)と乙守先生(四人乗り軽自動車)の運転する車に乗り込んで、一路大南ハーブガーデンを目指して進んでいる。
僕と真帆は乙守先生と、榎先輩と鐘撞さん、肥田木さんは井口先生の車にそれぞれ乗っていた。
井口先生の運転する黒いコンパクトカーを前にしながら、乙守先生は運転席から僕たちに声をかける。
「ふたりはどういういきさつで付き合うようになったの?」
「ひとめ惚れです」と答えたのは真帆だった。何となくぶっきらぼうに、「シモフツくんの」
「えっ、そうだったっけ?」僕はそんな真帆に眉を寄せつつ、「違うでしょ? 真帆が言ったんじゃないか。自分に告白してくる男子とか、いちゃもんつけてくる女子がウザいから、僕と付き合ってるって周りに思わせたほうが、面倒な目に遭わなくてすむからって」
「え、なにそれ」と乙守先生は少しばかり驚いたように、「ってことは、あなたたち、実は付き合ってはいないっていうこと?」
まぁ、僕の今の説明だけだとそういうことになるだろうな。最初はそういうことで、仮の恋人として真帆と行動するようになったのだけれど、結局色々あって、僕たちは今はちゃんと恋人としてお付き合いしている。
のだけれど、
「――そうなんですよ、他の人には内緒ですよ?」
なんてヒソヒソとそれっぽく、僕と並んで座っている後部座席から、やや身体を乗り出すようにして真帆が言うものだから、僕は思わず慌ててしまう。
「えぇっ! 違うって! 今はちゃんと恋人として付き合ってるでしょ?」
「あら? そうでしたっけ?」真帆はわざとらしくとぼけてみせながら、「私はてっきり、シモフツくんの度重なる浮気で解消されたものとばかり思っていました。捨てられちゃったんだな私――って」
「浮気っ? してないでしょ! するわけないじゃないか!」
「あれ? そうなの? 下拂くん、なかなか女泣かせなことするのね。ひどいなぁ」
乙守先生までニヤニヤしながら言うものだから、僕は激しくかぶりを振って、
「だから、そんなことしてませんって! 僕は本当に、心の底から、真帆が大好きですよ!」
そう明言することにすら僕はもう慣れてしまっていた。最初のうちはなかなか恥ずかしかったのだけれど、昨年の真帆の夢魔事件の際、そもそもの原因が真帆の僕に対する嫉妬心から来るものだったので、普段から真帆を安心させるために、事あるごとに『好きだよ』『愛してる』 と言うようにしていたら、いつの間にか恥ずかしいという感情が消えうせて、ただの日常の言葉として自分の中で受け入れられるようになったのである。
そんな僕に、真帆は嬉しそうに「ぷぷっ」と吹き出すように笑い声を漏らしてから、
「――わかってますよ、ジョーダンです、ジョーダン。本当にシモフツくんは私のことが大好きなんですね!」
「だから、最初からそう言ってるでしょ?」
まったく、と胸の前で両腕を組んで見せる僕に、乙守先生は相変わらずクスクスと笑みをこぼしながら、
「いいわね、仲良しさんで。羨ましい。私も恋人が欲しくなっちゃうな」
「乙守先生、そんなに美人で可愛いのに、彼氏いないんですか?」
少しばかり意外そうに真帆が訊ねると、乙守先生は「なによ、悪い?」と口にして、
「昔はいたのよ。けど、仕事ですれ違いが多くってさ。どんどん疎遠になっちゃって、いつの間にか会わなくなって、それっきりもう何年も経ってるわ。自然消滅ね」
「あっちから連絡はないんです?」
「ないなぁ、全然。最後に喋ったのも、いつだったかなぁ。何年も前の、たしか全魔協のサウィン集会が最後だったんじゃないかしら」
サウィン、とはつまるところハロウィンのことである。全国魔法遣い協会でも毎年ハロウィンイベントをやっているらしく、全国から集まってきた魔女や魔法使いが飲めや歌えの大騒ぎをするのだと、いつだったか真帆から聞いたことがあった。言い方はアレだけど、早い話が魔法使いたちの忘年会、或いは新年会である。
「先生から連絡したりはしなかったんです?」
「う~ん」と乙守先生は濁すように唸ってから、「まぁ、私もね、そろそろ潮時かなって思っちゃって、結局一度も連絡しなかったのよねぇ」
「それって、その人のことを嫌いになっちゃったってことです?」
「違う違う」と乙守先生は首を横に振って、真帆の質問を否定した。
「まぁ、けど、好きでもなくなっちゃったってことね。色々あるのよ、歳とっていくと」
何となくその言葉に僕も真帆も重みを感じ、気付くと僕たちは顔を見合わせてしまっていた。
これから先のことを考えると、確かにそういうこともあり得るんだろうな、と僕は思った。
今はこうして真帆と恋人同士、そこそこ仲良くやってはいるのだけれど、このあと高校を卒業して、果たして僕と真帆の関係はどうなってしまうのだろうか。
真帆はたぶん、進学はしない。きっと家の仕事を引き継ぐことになる。
――魔法百貨堂。
それが、真帆の家が代々続けてきたという、魔法を売るお店の名前だ。
反対に僕は進学する。来年以降は大学に通って、大学を卒業したらどこか適当な会社に就職して、普通の人生を送ることになるのだろう。
そこまで真帆との関係が続いているのかどうかと考えてみると、果たしてどうか判らなかった。
僕としては、いつか真帆に別れ話をされちゃうんだろうな、と考えていたりする。その日がいつになるかはわからないのだけれど、その日を想像するだけで、何となく不安でそわそわしてしまうのも事実だった。少なくとも、僕はそれくらいには真帆のことを間違いなく愛していた。
けれど、真帆の方はどうなのだろうか。嫉妬心から真帆の中に巣食っていた夢魔が暴れ出したくらいには僕のことを好きでいてくれているのは確かなのは解っているのだけれど。しかし真帆も結構移り気なところがあって、僕よりもいい人を見つけたら、あっさりその男に気移りしちゃうんじゃないかと心配してしまう。
そうでなくとも卒業すれば、それぞれの道を歩んでいくことになるのだ。
もしかしたら、僕たちも乙守先生みたいに――
「大丈夫ですよ」
ふと真帆がにっこりと僕に微笑んで、安心させるように、そう言った。
「――私たちは、大丈夫です」
その微笑みは、いつものおふざけするあの真帆なんかじゃなくて――
「ちょっと! そこでいい雰囲気にならないでよ! 妬いちゃうでしょ!」
乙守先生が唇を尖らせるようにして抗議してきて、僕も真帆も、思わず大きな声で笑ってしまったのだった。