「どうしたもんか……」
凛樹は深いため息をつき、改めて状況の悪さを実感する。探すためには追わなければならないが、そのための手がかりがない。猫を頼りにここまで来たものの、これからは自分たちで判断しなければならない。考え込む凛樹の表情には、迷いと焦りがにじみ出ていた。
小竹がその様子をじっと見つめている。何かを言いたげに唇を動かしながら、凛樹が口を開くのを待っていた。しばらくして、ようやく考えをまとめた凛樹が提案する。
「まずはこの家の会計係を探そう」
“人の心を掴む道は胃袋から”という言葉が頭をよぎる。商家において、会計係はまさにその『胃袋』にあたる存在だ。凛樹は脳にある知識を思い出しながら、確信を持って言葉を続けた。
この
「探すって言ってもさ、どこにあるんだろ?」
小竹の素朴な質問が耳に入り、凛樹はハッと我に返る。そして、しめたと言わんばかりの表情を浮かべながら口を開いた。
「
凛樹はこれまでの経験と商家の特徴を元に、二階に会計部屋がある理由をくどくどと説明し始めた。一階を荷物置き場として利用することで労力を節約できること、二階ならば外的要因による書類の紛失を防げることなど、合理的な理由を列挙しながら語り続ける。
「――前に猫がうちの一階で大乱闘を起こしていたろ?あれが書類の上だったらと考えるとゾッとする。仮にあれがほかの生き物、例えば亀とかならもっと――」
「いや、つまりさ、探すべき所は二階なんだね?」
小竹の一言に話を遮られ、凛樹は自分が話の本筋を見失っていたことに気づく。気まずそうに目をそらしながら、しょんぼりと謝った。
「……なんか、ごめん。」
そんな凛樹を見て、小竹は突然吹き出した。
「亀……亀はないよ!」
小竹は笑いながら手で口元を隠した。その笑顔に、彼女らしい天真爛漫さがあふれている。笑いながらも、凛樹に言葉を投げかけた。
「大丈夫だよ、凛凛のよくわかんない例えはいつもの事だし」
「……いつもじゃないでしょ」
小竹の笑い声が耳に残る。そんな風に思われていたのかと、胸の奥で恥ずかしさが湧き上がるが、その笑顔を見ていると不思議と肩の力が抜けていく気がした。
そこから少し歩いた先、廊下の奥に階段が見えてきた。凛樹は迷うことなく足を進める。小竹は、慣れない環境に戸惑いを見せながら凛樹の腰に手を添える。突然の接触に一瞬ぎくりとするも、妹のような小竹を気遣い、凛樹はその手を拒むことなく受け入れた。ぎこちない足取りながらも、二人は階段を上がっていく。
階段を登りきると、下男たちが行き交う長い廊下が目に入る。その廊下の両脇には、大量の紙束が無造作に積まれていた。凛樹の目が一際大きな紙の山に留まる。その前には、他の部屋と明らかに異なる雰囲気を放つ襖がある。
(間違いない。あそこだ。私の部屋と同じ様な感じがする――きっと会計部屋だ)
そう確信した凛樹は、周囲の下男たちの訝しむ視線を気にも留めず、襖に手をかけた。勢いよく開かれた襖の向こうには、予想通り山積みの紙が散乱している。大小様々な紙類が部屋中に散らばり、見るからに整理されていない光景だった。
「……ねえ、凛樹。どうしたの?」
小竹が後ろから問いかけるが、凛樹は返答しない。横から見る顔はどこか一点を見つめている様だった。
「ねえってば!どうしたの!」
小竹は凛樹の沈黙に我慢ができなくなり、その腰越しに部屋の中を覗き込む。一見して、ただの荒れた部屋のように思えたが――ふと、茶色い
それは乾いて黒ずんだ、血痕だった。