この裏路地とは何か因縁があるように思える。凛樹が襲われたのも
「さて、ここからどうするんだ?
「まずは彼女へつながる手がかりを探しましょう、襲われたのなら血や何か物が落ちているかもしれません」
さり気なく略称で呼ばれたが、今はそれに反応する余裕は凛樹に残っていなかった。
三人はすぐに散らばり、それぞれ隈なく周囲を調べ始める。
「凛凛!これ見て!」
声がした方にすぐさま駆け寄ると、そこには蒼く質素な髪飾りがあった。
「これ、
商家へ下女として出稼ぎに行くということは、当分、少なくとも5回冬を迎えないと実家に帰ることができないということ。そんな娘を案じて渡したお守りともはずの大事なものがここに落ちていた。
「…流石に母からもらったものを自ら捨てるような娘ではないだろう?小葵というのは」
修徳も概ね私と同じ考えに辿り着いたらしい。
「まず何かが起きたと考えていいでしょう。問題は一体どこへ行ったのか、ですが」
このくらい裏路地で若い女が大切なものを落としてしまうくらいの出来事を考える凛樹。
「…
行きにあんなにもお喋りであった二人ですらもこの三文字を聞くだけで黙りこくってしまった。この広大な国で娘一人を探すというのは不可能に近い。一度行方が分からなくなったら探すよりもほかの娘を下女として迎えた方が安上がりである。凛樹は下女たちの価値についてよく知っていた。それもあり、自分の位を少しでも上げて必要とされる人材になったのだ。誰かが見つけ出し、連れ戻さないと彼女はいないものとして扱われてしまう。親の気持ちは理解できないが、少なくとも悔しいだろう。と凛樹は同情にも近い気持ちになる。
ただし、まだ確定した訳ではない。ただ髪飾りがあるだけだ。
「どうやって見つけたんだ?小竹」
疑問に思った修徳が問いかける。この髪飾りが落ちていた場所は白詰草がたくさん生える道端である。すぐには見つからないだろうと修徳は予想していたからこそ、余計に驚いていた。
「猫について行ってみたの、そしたらここに」
猫。
そこには黒色の猫が座っていた。特徴を上げるとしたら、野良にしては良すぎる毛並みであった。こちらを見つめるその猫は、他の野良とは違う、言い表せられない特有の雰囲気を醸し出す。蒼い瞳はまるであの時の猫と瓜二つであった。
昔、裏路地をを歩いたとき、迷子になった私を導いてくれたのも黒色の猫だった。あの時も、同じような蒼い瞳でまるで私の心を読むかのように見つめてきた。そして何も言わずに前を歩き始めた猫。凛樹はなぜかその猫から目が離せなくなり、ついて行くと大通りへとつながった。過去の経験と重なり、今この猫の行動にも、何か意味があるのだろうと感じ取っていた。
「猫が…場所を教えてくれるなんて…信じられるか?凛女」
正直、猫を信じるのはこの状況であり得ないだろう。凛樹はこの疑問を至極全うな意見だと思った。
「…私は、信じることができません」
そう前置きをした凛樹。だが彼女は猫の方に顔を向けた。
「ですが、私の直感が、この猫を信じろと言っています」
何か決心したような顔になる凛樹。二人もその異様な雰囲気を見てしまうと、信じてみようという気持ちに変わった。
言葉を理解していたのか、猫はまるでついてこいと言わんばかりに尻を上げ、髪飾りからまた違う所へ行こうとしていた。
「…行きましょう。この猫について行きます」
(私はもう、一人だって見捨てたくない)
*
猫は小さく身軽なために、凛樹ですら知らない道を使い進んでいった。道中人間には不可能にも思える狭さの穴に出くわしたが、そこは皆で這いずって猫を追いかけた。そうして凛樹一行が光の方で出ると、そこは大通りだった。猫は一軒の家の前で尻をついている。
「ここは…商家か?」
初めて見る家だった修徳はこの家の名前を知らない様だった。
「ええ、ここは四大商家の
小葵が通っていた家である。そして凛樹が関わり合いたくないと思っていた家でもある。
「ここ…すっごく暗くない? 」
「暗いのは慣れたらなんともなくなるから大丈夫」
小竹が怯えるのも無理はない。一度この家に来た人は絶対に驚くこの
圧倒されている二人に喝を入れるため、凛樹は二人と向かい合う。
「二人共、唐家に入る前にこれだけは守ってほしい」
・絶対に書類に触らない
・唐家の人とあまり関わり合いにならない
・気づいたことはすぐに共有
一呼吸置き、そして最後にこう付け加えた
・絶対に小葵を見つける
二人に凛樹の覚悟が伝わったのだろう。静かに頷いた。顔は心なしか引き締まったように思える。何があるかわからない家を前に、凛樹は衣嚢にある時計を強く握っていた。