「今日の品物、ここに置いとくね!」
「ありがとう、いっつも悪いね」
この街は、眠らない。
陽が上がれば大通りは人々で溢れ、荷馬車が石畳を軋ませながら通りを行き交う。辺りからは魚が焼ける匂いや鼻を突く香辛料の香りが至る所から漂ってくるほど活発な大通りは、時間によって姿を変えていく。月が上がれば通りに提灯の明かりが灯り、酒場や茶館の扉が次々と開き始める。至る所から客の笑い声や三味線の音が聞こえ始め、艶やかな雰囲気を醸し出す。
先代皇帝の号令により始まった遊牧民族との戦争による特需によって、急激にこの国の中では経済が伸びた。広い国の中では異民族と戦う県と、装備を整える県に分かれる。ここ
特需によって商売が回り始めると、人々は段々資産を蓄えていく。特にその類稀なる商才により頭角を表す商家が出てきた。
今現在、止まることを知らない商家たちは、より利益を出せる売り方を模索している。その中でも
「じょーちゃん!次はいい酒でも持ってきてくれよぉー」
「はいはい、今度持ってきますね。今度は奥さんに気づかれないようにしてくださいね」
わかってらぁと笑顔で返答する主人は昼間から頬を赤く染め、飲み過ぎによりしゃっくりをしていた。このようにわかりやすく何か趣味があると、良い意味で品物を持ってきやすい。凛樹はそこにいくつか置いてある空の酒壺を受け取り、紙に必要な物を書き留めておいた。この家には替えの酒壺と少し値段が張る趣向酒である。一緒にツマミでも売りつけてみるか、と凛樹はあくどい商売を考える。
のらりくらりと商談を決める凛樹にはそれ相応の努力と知性、そして周りを見て分析する力があった。それは商家に勤める者として大事なことであり、彼女はそれを会得していた。
「お前を今日から女中へ繰り上げとする」
「あ、ありがとうございます!」
商家として、この力は認めざるを得ない。昇格させより働かせようという魂胆が見え隠れしていた。実際位が上がると仕事も増え、めんどくさくなる。が、しかしこれは凛樹にとって悪いことではない。より制限がなくなり自由に生活できるようになることの裏返しであるからだ。認められた凛樹はその後、自室を与えられ、賃金も上がり、そのお金で目星をつけていた本を買うことができた。彼女にとって、この上ない幸福であった。悪くない待遇に凛樹は心を踊らせ、自分の未来は明るい、本以外はこれ以上何もいらない、これ以上めんどくさいことは御免だと、そう思っていた。
これは、下積みを乗り越え昇格した十六歳の“賢き女”、またの名を、琰の国で起こる事件へ巻き込まれてゆく“哀れな女”が主人公の物語である。