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第43話

 過去に戻って、三年が経った。


 あの処刑台で死を迎えた瞬間から数えてだが、カレンダーを見なくとも、肉体が覚えている。あの日の寒さも、鞭の痛みも、耳を削がれた感覚さえも。


 そして今、僕は過去に戻って十五歳になった。


 アースレイン家の私室の奥、修練場の中央に立ちながら、静かに深呼吸する。


「ふッ!」


 一歩踏み込み、掌から練り上げた魔力を噴出させる。氷でも炎でもない。無属性。だがそれは“無”ではなく、全ての可能性に通じている力。


 掌から広がる衝撃波が空気を震わせ、訓練用の魔力障壁を鈍く軋ませた。


 第四段階。術式を外部展開する“練極”の到達点。


「ふぅ……」


 魔力を収め、息を整えていると、パチパチと拍手の音が響いた。


「いやぁ、見事でございますね、ヴィクター様! お美しい魔力操作! まさに、御家の誇り!」


 嬉しそうな声とともに現れたのは、専属執事ドイルだった。


 今日も背筋をピンと伸ばし、鼻の高さは天井に届かんばかり伸びている。


 三年の付き合いになるが、相変わらずの態度に呆れてしまう。


「その調子でございます。学園でもきっと、“我がご主人様”の名は轟きましょう!」

「……学園?」


 その言葉に俺は眉をひそめた。


 ドイルは胸に手を当てて、ふかぶかと頭を下げた。


「本日、侯爵様からのお達しがございました。ヴィクター様には、王都中央の“学園”に入学いただきたい、とのことです」


 その言葉に、しばし沈黙した。


 学園、王国が貴族や才ある平民たちを一堂に集め、互いの顔合わせを促す場。貴族社会における序列や交友を固める試金石。


 過去の人生でも、僕はそこへ通った。


 だが当時の俺は、力も地位も持たず、誰からも相手にされない弱者であり。


 アリシアの後に続く腰巾着扱いだった。


 だが、力をつけて次第に周りの連中に認められ、レオ・シュバイツと親友になった。


「……なるほど。そういうことか」


 再び訪れる学園生活。ただし今回は違う。力も、魔力も、実績も手にしている。


 ならば、これも一つの“舞台”だ。


 僕が真実を知るために、そこで出会う者たちいる。


「アハっ! 学園生活か〜、素敵ね」


 修練場の奥から、リュシアが姿を現した。


 長く白銀に光る髪と紅の瞳。


 その姿は、どこか神秘的で、見る者を魅了する妖艶さを纏っている。


 少女だった体は、成長を遂げて美しく育っている。


 ドイルなどは、リュシアの姿に見惚れてしまっているほどだ。


「リュシアさん!」

「ドイル君。おはよう。ご主人様、次の舞台が始まるのね」

「ああ、今日まで力をつけてきた意味がある」


 三年で到達できたのは、四段階。もう少しで五段階に到達できる高みにきた。


 僕が修練に足踏みしている間に、長男のグレイスは、六段階まで登ったと聞いた。

 自分の不甲斐なさではあるが、悔しさも同時に味わっている。


「そうね。楽しみだわ」


 リュシアは僕の“契約者”であり、力の媒介者だ。だが同時に、僕を観察している。


 魔族であるリュシアが何を考えているのかわからないが、使い勝手がいい駒ではある。


「ねぇ、ヴィクター。フレミア様も来るのでしょ?」

「ああ」


 フレミアとは婚約関係ではあるが、正式な結婚はもう少し先になる。


 グレイスと王女の結婚は近々だと言われているから、そちらを先に迎えることになるだろう。


 リュシアがそっと僕に近づいて耳元で囁く。


「未来では、貴族の子女や、魔法使いの娘、それから……裏切った仲間たちもいたわよね」


 こいつは煽ることを忘れないやつだ。


 過去の記憶の中に刻まれている名前。


 レオ以外にも、戦場で散った仲間たち、そして共に歩んだ者たち。


 魔法の師であり、賢者マーベ。

 最後まで背中を預けたエリナ。


 だが今回の俺は、あの頃の俺じゃない。


「この三年で俺は第四段階まで至った。目的も、力も、すでにある。あとはどう使うかだ」

「ふふっ……その冷たい瞳。たまらないわ。あなたが心を捨てて歩む姿は、本当に美しい」


 リュシアが恍惚とした笑みを浮かべる。


 彼女は髪をかきあげると、不意に見えたツノが前よりも大きくなっていた。


 ドイルは気づいていないようだが、リュシアとの付き合いは全てを終えるまで続くだろう。


「ヴィクター様、アースレイン侯爵様がお呼びです」


 ドイルの声に頷いて、俺は修練場を後にする。


 アースレイン侯爵からの呼び出し。学園への入学は、単なる儀式ではない。そこには、同世代の貴族や平民が集まる。


 フレミアがいるなら、孤立することはないが、僕は彼女に頼るつもりはない。


 アリシアの影に隠れた過去とは違う。


 裏切る前の彼らが、どんな人物なのか見極める。


「父上、お呼びでしょうか?」

「ドイルから、学園の話は聞いているな?」

「はい」

「あの学園では、武技、魔法、学科、神聖術、経営学の五つの部門において、主席が決められる。そこでヴィクターには武技で首席をとって卒業をしてこい」

「武技での首席ですか?」

「うむ。それが出来たなら、グレイスとの決闘を認めよう」


 父上であるアースレイン侯爵の考えはわからない。


 だがこれはチャンスだ。


「かしこまりました。必ず、武技で首席をとってきます」

「うむ。下がって良い」

「はっ!」


 次なる舞台の幕が、静かに上がろうとしていた。


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