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第42話

《side ヴィクター・アースレイン》


 夜の闇がアースレイン家の大広間を覆い、重苦しい空気の中、俺は一人で考え込んでいた。


 冷たく遠い記憶となり、ただ虚無と論理だけが胸を満たしている。


 アリシア、かつての初恋相手。


 そして未来で裏切りの象徴と化した彼女。だが、僕はもう彼女に縋る気持ちは微塵もない。


 力こそが全てだ。


 僕がこの家で生き抜くために、そして未来の断罪に備えるために、必要な選択を下すべき時が来た。


 その日、父上の厳粛な面持ちと従者たちのざわめきの中、僕は再び自らの意思を示す時を迎えていた。


 婚約者の再決定。


 僕が選んだのは、あの空虚な優しさに溺れるアリシアではない。


 冷静に物事を見極め、己の強さを磨くフレミア・カテリナだった。


 僕の決定に対して、アリシアはただただ俯いて顔を上げようとはしなかった。


 それに対して、フレミアは誇らしげに微笑んだ。


 屋敷の離れた庭園で、静かに月明かりが降り注ぐ中、俺はフレミアと向かい合った。


 彼女の瞳は、これまで誰にも揺るがされなかった確固たる意志を映しており、その奥にある闇に対する興味が、普段の穏やかさと絶妙なコントラストを成していた。


「ヴィクター様……」


 彼女の声は穏やかでありながらも、どこか重い決意を感じさせた。


「……」

「私、あなたの闇……その中にある凍りついた真実に、私はどうしても触れたいと思っております」


 フレミアは少しだけ身を乗り出し、少女とは思えない妖艶さを持っていた。


 僕の心の奥底を探ろうとするかのように言葉を重ねた。


「ふむ。だが、何故だ? 君が私に興味を持つ理由を、もう一度聞かせてくれ」


 僕は無表情に視線を固定したまま、短く答える。


「ふふ、そうですね。エルド様の眼差しが、空虚な闇を映し出しているからでしょうか? どんなに穏やかに見えても、その裏側に潜む熱い欲望……それが私には理解できない」

「理解できないのにどうして?


 その言葉に、フレミアの頬にわずかな赤みが浮かんだ。


「私には、あなたのように闇を抱えて生きる覚悟があるのです。私は聖女になるために、民を救うという幻想ではなく、現実を見据えて、ただ真実を知りたい。あなたのその冷酷な姿勢に、私は……正直、心が踊るのです」


 心が踊る。


 僕はその言葉に一瞬、目を見開いた。だが、感情に流されることはない。


「興味を持つというのは、お前自身の選択だ。俺はただ、結果を見るだけだ」


 空気が一瞬凍りついた。月明かりの下、両者の瞳が交錯する。俺の中の冷徹な判断と、彼女の熱い望みが、まるで互いに引き寄せられるかのように…。


「それで、私からの提案です」


 フレミアは静かに微笑み、柔らかな声で続けた。


 その言葉に、俺は眉をわずかに寄せ、冷たく返した。


「君が何を提案しようと、僕は一切の迷いを持たない。ただ、条件は一つだ」


 俺は無機質な声で続ける。


「君が選んだのは、偶然でもなく、あくまで論理と力による結果だ。故に、これから先、どんな情に流されようとも、僕は君に助けを求める義理など持たない。君は、ただその選択が自らの代償だと認めるべきだ」


 フレミアはしばらく黙り、静かな闇の中で自らの意思を見つめるかのようだった。


「……それで、私の申し出を受け入れてくださいますか?」


 僕は重い口調で、決定的な一言を口にした。


「受け入れる。だが、これも仮の婚約だ。君が本当に、僕が側で生きる覚悟があるなら、見定めればいい。だが、今は、僕の下で力を磨け。未来を変えるために、情や幻想に頼るな」


 その返答に、フレミアの瞳に、一瞬だけ、期待と切なさが混じる。


「分かりました。私の全てを賭けます」


 僕は立ち上がり、冷たい夜風に身を委ねながら、再び一歩を踏み出した。


「それでいい。だが忘れるな、これからの道は、君の意志と僕の理が交わる場所だ。情に流れることなく、ただ力のみで未来を切り拓け」


 部屋の隅に飾られた古びた肖像画が、月明かりに浮かび上がる。

 僕たちの家の未来は、これから始まる。


 フレミアは微かに笑い、しかしその笑みは、どこか辛いものを含んでいた。


「……私も、あなたの闇を知りたい。その深さを。そして、私の光が、あなたにどれほどの影を落とすのかを」


 僕はただ静かに、返答することなく、歩みを進めた。


 その歩みは、既に未来へ向かうための一歩になる。


「今日より、僕の婚約者だ。フレミア」

「はい。ヴィクター様。これからの一生を共に歩んでいきたいと思います」


 子供同士のプロポーズではあるが、僕なりの誠意は示した。


 女性を信じられない。信じない。


 その心はあるが、フレミアはそんなことをお構いなく迫ってくるように感じてしまう。


 フレミアにプロポーズをしながらも、僕の心に、かすかな冷たさと共に、確固たる決意が宿った。


 情も、弱さも、そこにはない。ただ、冷たく、無機質に、未来を断ち切るだけの力だけがあったのだ。


 あと四人。彼らは何を思い。俺を断罪したのか?


 そして、月の光が、僕とフレミアの背後で静かに照らされながら、未来への闇はさらに深く、厳かに広がっていくのを感じる。




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