光の中に立つアリシアの姿は、確かに“聖女”の力を授かっていた。
黄金の紋章が額に浮かび、祝福にも似た魔力の輝きが衣を包む。
妖精たちは歓喜に酔いながら、アリシアの周囲を舞っていた。
『やっぱり選んだね、アリシア』
『これで君の夢は叶った。後は、僕たちが見届けるだけ』
『そう、願いの果てにある最も美しい破壊を――』
その瞬間だった。
俺の右手が《冥哭》を抜き放った。
黒い斬撃が、雷鳴のように空間を切り裂く。
「え?」
妖精の一体――紅の羽根を持つミィが、裂かれた。
光の粒となって空中に弾け、その断末魔すら響かないまま、消えた。
『――えっ』
翡翠の髪を持つルゥと、金糸のネィが目を見開く。
次の瞬間、俺は二閃目を振るった。
鋭く、冷たく、容赦のない一撃。
「君たちが何を糧にして生きようが、どうでもいい」
一閃、また一閃。
ネィの身体が裂かれ、断末魔のような悲鳴を残して、霧散する。
そして最後に残ったルゥも――
『な、なんで……!? アリシアが望んだはずだ……! 願いは叶ったんだよ……! 僕たちは何も間違っていない……!!』
「間違っているかなんて、俺の関心にない」
冥哭が、最後の妖精を貫いた。
ルゥの身体が光に砕け、部屋に静寂が訪れた。
光も、祝福も、魔力も――すべてが霧散するように消えていく。
そして、アリシアの“聖女”の衣装が剥がれ落ちた。
魔力の象徴だった光が、剥ぎ取られるように消えていく。
額に浮かんでいた聖印もまた、消滅していた。
「……あ、あ……」
アリシアは呆然と、自分の手を見ていた。
力は、ない。
あの高貴な装いも、黄金の魔力も――今や何も残っていない。
「……どうして……」
その声に、俺はゆっくりと近づいた。
剣を納めることなく、彼女を見下ろしながら。
「お前の願いは終わった。叶うことはない。妖精の加護も、幻想も、もうこの世に存在しない」
アリシアは顔を上げた。
目に涙を浮かべ、震える声で問いかける。
「……でも、私は……誰かを救いたくて……力が欲しくて……っ」
「お前には、何もできない。何者にもなれない。お前は“特別”ではない」
言葉が刃となり、彼女の心を刺し貫く。
だが、それが真実だ。
「聖女? 王女? 救世主? どれも妄想だ。お前は自分を特別だと思いたかっただけの、ただの愚かな少女だ」
アリシアの膝が崩れ、床に落ちた。
すがるように、俺に手を伸ばす。
「……ヴィクター様……お願い、そんなこと……言わないで……」
「なぜだ? お前が選んだ道だろう」
「……っ!」
彼女の指先は、俺に触れることなく、宙で止まった。
冷たい風が部屋を吹き抜ける。
妖精の気配は、完全に消え去っていた。
残ったのは、膝を抱えて震える少女と、その全てを切り捨てる俺だけ。
「覚えておけ、アリシア・ラヴェンデル」
背を向け、部屋を出ようとしながら、最後に言い放った。
「お前のような夢を見た者は、最後には必ず破壊される。いや、俺が絶対に破壊してやる。お前に未来があると思うな。妖精に願い。破壊を求めて最低なお前を俺は許さない」
扉が閉まる音が、静かに響いた。
それは、夢の終わりを告げる音でもあった。
♢
《side アリシア・ラヴェンデル》
扉が閉まった音が、いつまでも耳の奥に残っていた。
床に膝をつき、私はその場から動けなかった。
ヴィクター様の姿は、もうどこにもない。
助けてくれると、信じていたのに。
差し伸べられるはずだった手は、終始、私に向けられることはなかった。
私の願い。
私の夢。
私が信じた妖精の導き。
そのすべてが、一瞬で粉々に砕かれた。
「……どうして……っ……!」
呻くように声を漏らす。
もう涙すら出てこない。
心が、壊れていた。
そのとき――コツ、コツ、と硬い音が部屋に響いた。
振り返ると、そこには艶やかな白髪と深紅の瞳を持つ少女。
とても美しくて、見惚れてしまう。
彼女は微笑みながら、部屋の中心に近づいてくる。
「……ごきげんよう、アリシアちゃん。良いものを見せてもらったわ」
「誰……っ」
声が震える。怯えているのか、怒りなのか、自分でも分からない。
だが、彼女はそんな私に一瞥もくれず、ただ優雅に、けれど足取りは恐ろしいほど静かに近づいてくる。
「まだ、残っていたのね。ほら、そこ」
顎で示した先に、妖精の残骸――砕けた光の破片が転がっていた。
それは、もはや“命”ですらないはずなのに。
リしゃがみこみ、その残骸を一つすくい上げ、まるで宝石でも扱うかのように愛おしげに見つめた。
次の瞬間、ぱくり、と噛み砕いた。
「……え?」
ばりっ、ばりっ、ばりりりっ。
乾いた音が空間に響く。干からびた果実を噛むように、妖精の光の残骸を次々と口に運んでいく。
うっとりと目を細めながら、幸福そうに微笑み、粉々に砕けた光の屍を“食べていた”。
「お、おぞましい……!」
「そう? 私にはとっても甘美に感じられるけど。だってこれは、あなたの願いを叶えると言って食べ続けていた妖精よ。あなたが、他人を蹴落としてまで手に入れようとした“幸福”の結晶……それが崩れた味よ。とっても美味しい」
赤い舌で唇を舐めながら、こちらを見た。
瞳の奥が、底なしの闇のように冷たくて、震えが止まらない。
「ねぇ、アリシアちゃん。妖精に魅入られるって、どういうことか分かる?」
「……!」
「それはね、自分の“本音”を叶えてもらうことなのよ」
その声は、氷のように冷たく、容赦がなかった。
「あなたは言ってたわね? “救いたい”って。民のために、力が欲しいって。でも、本当にそうだった?」
「な……にを……っ」
「本当は、自分だけが特別になりたかったんじゃない? 家族の期待に応えたかっただけじゃない? 他の誰でもない“自分が”、称賛される存在になりたかった。そうでしょう?」
その言葉は、私の心の奥に直接突き刺さる。
「ち、違う……!」
「違わないわ。だって、あなたはそのために、誰かの不幸も見逃した。願いを叶える代償なんて、考えもしなかった。見えないふりをした。妖精がそうだって、どこかで気づいていたはずなのに」
「う、うるさい……!」
私は叫んだ。
だが、女性は一切言葉を止めなかった。むしろ、さらに一歩、私の心の中に踏み込んでくる。
「ご主人様はね、そんな君の“願い”を見て、妖精ごと切り捨てたの。あなたが何を望もうと、何に祈ろうと、あなたの決断を許さないって、切って捨てた」
女性は立ち上がり、最後の残骸を口に運ぶ。
「私は、リュシア。ご主人様の忠実な僕」
それは、あの翡翠の髪を持つルゥだったかもしれない。
私の“導き手”だったはずの妖精。
その亡骸を噛み砕き、リュシアは囁いた。
「ねぇ、アリシアちゃん。ご主人様は、君を絶対に許さないわよ。今までも、これからも。ずっと」
「……っ!」
「そして、私は見ているわ。あなたがどんな顔で破滅するのか、どんな風に絶望するのか。全部、見届ける。私は、ご主人様の闇を愛しているから。あなたがご主人様に自分の希望を叶える光を見たのとは逆。あなたがこの先どんなに足掻こうと――彼の許しは、永遠に来ないわ」
冷たい風が吹いた。
リュシアの姿が、闇の中に溶けるように消えていく。
最後に残した言葉は、残酷な微笑みと共に響いていた。
「さようなら、“元・聖女候補様”。どうか、素敵に壊れてちょうだい。あなたの名前が少しでも聞けば、ご主人様があなたを壊しにいく。だから、一人で引きこもって壊れてね」
その瞬間、私は本当の意味で“ひとり”になった。
力も失い、信じた存在にも見捨てられ、私の願いは、跡形もなく砕け散った。
興味がないと言いながら、破壊だけは訪れる? なら私は何もできないじゃない。
静寂の中、私はただ膝を抱えて震えることしかできなかった。