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第39話

 アリシアの部屋に漂っていた空気は、次第に冷たく、どこか不穏なものへと変わっていく。


「アリシア、妖精はルゥだけか?」

「いいえ、あと二人います」


 そう言って三体の妖精が姿を見せた。


 目の前に浮かぶ三匹の妖精たちは、笑みを浮かべて僕を見た。


 リュシアと契約した僕だからこそ、妖精が見えるのだろうか? 未来ではアリシアの側に妖精がいることなど知らなかった。


 だが、妖精が作り出す笑みの奥に、どこか薄く冷たいものが見える。


 俺は立ち上がり、半歩前に出た。


「……質問がある」


 翡翠色の髪をした妖精――ルゥが、面白そうに目を細める。


『なに? アースレイン家の落ちこぼれさん』


「君たちは……アリシアの願いを叶えたあと、どうするつもりだ?」


 その一言に、アリシアの表情がピタリと止まる。だが妖精たちは、変わらずふわふわと舞っていた。


『どうって、決まってるじゃないか。願いが叶ったあとの“破壊”が、私たちの本当の目的だよ』


 妖精たちに悪気はないのだろう。全てを素直に伝えてくれる。


「……!」


『君から魔族の匂いがするなぁ〜。もしかして魔族として契約をして、落ちこぼれから這い上がったのかな?』


「えっ? 魔族?」


 アリシアは妖精の言葉に驚いている様子だった。


『私たちは魔族とは違うよ。魔族は絶望を喰らって糧にする卑しい存在だ。だけど、私たちは違う。私たちは希望を与えることで、その輝きを極限まで高めてあげるんだよ。その子の夢を叶えてあげる。だけど、夢を叶えるのには対価が必要だよね。だから、それを壊すんだ。その瞬間が……一番美しいよね』


 ミィがくるくると舞いながら、花のように笑った。


『アリシアの願いは聖女になること。たくさんの人に愛され、称賛され、王国に名を刻むほどに崇められる存在になる……でもね、それが叶った瞬間、すべてを壊れるの』


『民の愛も、名誉も、信頼も、彼女の心も……全部、私たちが砕いてあげる』


 静かに、冷たく、それでもどこか愉悦を含んだ声。


 アリシアが小さく息を呑んだ。


「嘘……そんなの、聞いてない……そんな話、一度も……!」


 ルゥが、あくまで優しげな口調で語る。


『言う必要がなかったからだよ。君は“聖女になりたい”と願った。僕らは成れるために導く。ただそれだけ。それを叶えるための方法は、私たちに任せたよね?』


「そんな……それって……!」


 アリシアの身体が震える。彼女は知らなかったのだ。


 妖精たちが与える夢には、代償としての“破壊”が必ずあることを。


 俺は、ゆっくりと息を吐いた。


「やはり……お前たちは、ただの化け物だ。魔族と同じ、否、それ以上に悪質だ」


 ネィが首を傾げる。


『でも、アリシアは選んだよ。自分で願った。聖女になりたいと。そのためなら、何を失ってもいいって』


「それは違う!!」


 アリシアが叫んだ。


 涙を浮かべ、歯を食いしばって、必死に否定する。


「私は……そんなつもりじゃなかった……ただ、誰かの力になりたくて……聖女になれば、救える人がいると思ったの! 私のこの力で、希望を与えられると思ったのに……!」


 だが妖精たちは笑っていた。


『希望は与えたよ、アリシア。君の存在が、何人もの人を救うんだ。でもね……その光が強ければ強いほど、砕けるときの音は美しいんだよ』


 俺は、アリシアの前に出る。


「……これが真実か?」


 本当にそうだろうか? ヴォルフガングも魔族だった。


 アリシアも妖精に唆されていた。


 だが、未来のアリシアはそれだけだっただろうか? 破壊なら、僕を断罪するのではなく、壊されるものではないのか?


 ルゥが少しだけ驚いたように目を見開いた。


『真実? 僕たちは“契約”に従って動いてるんだよ。アリシアの願いを叶えるまで、誰にも止められない』


「そうか」


 魔力が収束する。


 冥哭を握る。これは、戦いではない。


 真実を見極め、心を砕こうとする“妖精”という存在。


「アリシア」


 俺は背後にいる少女に問いかけた。


「君の願いは、まだ変わらないのか? 本当に、聖女になりたいのか?」


 アリシアは震える手を胸に当て、少しだけ迷ってから、はっきりと頷いた。


「はい。私は聖女になりたいです!」


 彼女の意思は強く。


『ははは、やっぱりアリシアの願いは強くて素晴らしいね』


 ルゥの声はどこまでも陽気で楽しそうに響く。


「だけど、破壊されたくはありません!」


 アリシアが言葉を発した瞬間、空間の色が変わった。部屋に満ちていた陽光が翳り、代わりに、ひび割れた虚構のような空間が広がりはじめる。


『ふ〜ん、それって僕たちは必要ないってことかな? なら、今ここで終わらせてあげてもいいんだよ。君の未来を、君の心も――ぜんぶ、壊してあげようか?』


 その声は、確かに“妖精”ではなく、“破壊者”のものだった。


「本性を表したということか」


 緑の光が、僕の背後から差し込んだ。


 アリシアの瞳が、揺らめいている。


 破壊される運命に従うか、それとも自分の意思で進むか。


 その決断の時は、今ここにある。


 だから、僕は剣を納めた。


「えっ?」


『んっ?』


「好きにすればいい」


 僕は彼女を助ける義理はない。


「なっ!」


『ウフっ! 君って面白いね。なら、遠慮なく、アリシアを壊すよ。君は面白いから、君の願いを叶えてあげてもいいよ。その後に破壊するけど』


 椅子に座って、俺はアリシアと妖精のやり取りを見守ることにした。


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