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第36話

 戦いの余韻が薄れていく中、僕は一人、静かな庭に佇んでいた。


 今もまだ闘気と魔力の余韻が肌に残っている。


 そんな時、背後からひそやかな足音が聞こえ、振り向くと、リュシアが薄笑いを浮かべながら立っていた。


「ご主人様、最高の瞬間をご馳走様。ロディスの顔を見た? 見下していた弟に全力で吹き飛ばされて、敗北した絶望って本当に最高!!!」


 リュシアは心から喜ぶように、微笑んでいた。


「最高に気分がいいから、ご主人様に教えてあげるわ。アリシアちゃんは、妖精に憑かれているわよ」


 僕は眉をひそめ、冷たく答える。


「リュシア、お前は何を言っているんだ? この世界に妖精なんて存在しない。魔族は確か存在していた。だが、妖精などという甘い話は、幻想以外の何物でもない」


 リュシアは一瞬、目を細めた後、静かに首を振った。


「ふふ、まだそんなことを言っているの? ご主人様。妖精は精霊とは異なる存在よ。彼らは決して、純粋な力を持つ精霊ではないの、むしろ人々の心を惑わす――欺く存在として生まれてきたんだもの」


 その言葉に、僕は顔を顰める。


「どういう意味だ? 魔族以外にも、人を惑わすというのか?」


 リュシアは、僕の冷たい視線に負けることなく、優雅に一歩近づき、低い声で囁くように語り始めた。


「妖精はね、夢を叶える力を持っているのよ。人々が願いを込めると、魔法のようにその夢を実現させる未来を教えてくれる。だけど、その喜びの絶頂、幸福の頂点に達した瞬間、彼らはその幸福を嘲笑うように破壊してしまうのよ」


 僕は、思わず息を飲んだ。


 それはでは魔族と同じじゃないか!


 甘美な果実を手にした直後に、その果実が腐敗して味を奪う。


「つまり、妖精は人々を救う存在ではない。彼らは、精霊と同じ見た目をして、夢を与えるの、だけど、最後には人々を絶望の淵に突き落とす、そんな存在は魔族と同じと思わない?」


 リュシアの声は、微かに震えながらも、確固たる意志を感じさせられた。


 彼女の瞳は、どこか皮肉が交じった輝きを放ち、この世の真実を知っているかのようだった。


「ご主人様、あなたはも真実を知るために夢を叶えてもらう?」


 僕は冷たくリュシアを見つめた。


「必要ない」

「ふふふ、ご主人様。妖精は魔族とは違うのよ。魔族は、単なる闇と絶望を餌にする存在。しかし妖精は……夢を与え、人々の望みを叶え、そしてその絶頂の瞬間に、そのすべてを破壊する。あなたが今感じている力も、未来で味わった絶望も、彼らの仕業かもしれないわよ」


 その言葉に、僕の内面がざわついた。


 確かに、俺は強くなった。戦いの中で、己の力だけで立ち上がり、血に飢えた戦場を生き抜いてきた。しかし、それが本当に自分の力だけなのか、あるいは何か別のものに操られていたのか。


 そして、アリシアが、聖女になることや、王女になることを夢として叶え。


 その破壊が僕の断罪なら。


「……どうすれば確かめられる?」

「いいわね〜ふふ、その冷たい殺意がとても心地よいわ」


 リュシアは、俺の中に生まれた闇を心地よく感じるように、目を輝かせた。


 その瞳の奥に、微かに憂いが漂っている。


「妖精はとても狡賢いの。普段は姿も見せないし、魔力を感じさせない。だけど、契約者が呼び出すと必ず姿を見せなければいけない。それが他人に見えなくても必ず存在は顕現するのよ」


 僕は拳を固く握りしめ、遠い記憶を呼び覚ます。


 裏切り、毒、拷問や処刑の痛み。


 全てが今の僕を作り上げている。


「……どうせ、お前の言葉など、魔物がささやくような虚言だ」

「ご主人様、忘れないで。私はあなたの絶望を深め、幸福に導く。だけど、最後には突き落とすのが目的なのよ。ここで嘘をついても意味はない」


 リュシアの囁きは、冷たい風のように耳元をかすめ、心の隙間に忍び込む。


 俺はしばらく、何も答えず、ただ虚空を見つめた。


 その静寂の中、ただ一言、低く呟いた。


「……いいだろう。アリシアに妖精について問いかける」


 リュシアは一瞬、眉をひそめたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべる。


「アリシアちゃんの未来は、夢に溺れるか、絶望に沈むか。今から楽しみね」


 その言葉と共に、僕はアリシアと向き合う決意をした。


 僕を未来で殺したアリシアは、妖精による破壊なのか?

 それとも彼女自身の意思なのか?


 彼女の中にある心の闇を垣間見なければ俺は真実に辿り着けない。


 それは、妖精が与える虚飾でも、魔族が操る絶望なのか僕自身で確かめる。


 しかし、リュシアの声が、どこか遠くで囁くように続いた。


「覚えておいてね、ご主人様。夢はあなたを一時の至福へと誘うわ。だけど、その瞬間、すべてを奪い去るように破壊が訪れる。あなたが本当に求めるものは、己の内にある真実のみ……それを忘れないでね」


 リュシアの助言は、常に何を意味しているのかわからない。


 ただ、僕の中で道標になっていることは間違いない。


 月明かりの下、僕はただ、冷たい闇の中に自分を見つめ続けた。


 ロディスを倒したことで、グレイスを倒せば、僕はアースレイン侯爵家の後継者になる。


 果たして、それを僕は望むのか……。


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