戦いの余韻が薄れていく中、僕は一人、静かな庭に佇んでいた。
今もまだ闘気と魔力の余韻が肌に残っている。
そんな時、背後からひそやかな足音が聞こえ、振り向くと、リュシアが薄笑いを浮かべながら立っていた。
「ご主人様、最高の瞬間をご馳走様。ロディスの顔を見た? 見下していた弟に全力で吹き飛ばされて、敗北した絶望って本当に最高!!!」
リュシアは心から喜ぶように、微笑んでいた。
「最高に気分がいいから、ご主人様に教えてあげるわ。アリシアちゃんは、妖精に憑かれているわよ」
僕は眉をひそめ、冷たく答える。
「リュシア、お前は何を言っているんだ? この世界に妖精なんて存在しない。魔族は確か存在していた。だが、妖精などという甘い話は、幻想以外の何物でもない」
リュシアは一瞬、目を細めた後、静かに首を振った。
「ふふ、まだそんなことを言っているの? ご主人様。妖精は精霊とは異なる存在よ。彼らは決して、純粋な力を持つ精霊ではないの、むしろ人々の心を惑わす――欺く存在として生まれてきたんだもの」
その言葉に、僕は顔を顰める。
「どういう意味だ? 魔族以外にも、人を惑わすというのか?」
リュシアは、僕の冷たい視線に負けることなく、優雅に一歩近づき、低い声で囁くように語り始めた。
「妖精はね、夢を叶える力を持っているのよ。人々が願いを込めると、魔法のようにその夢を実現させる未来を教えてくれる。だけど、その喜びの絶頂、幸福の頂点に達した瞬間、彼らはその幸福を嘲笑うように破壊してしまうのよ」
僕は、思わず息を飲んだ。
それはでは魔族と同じじゃないか!
甘美な果実を手にした直後に、その果実が腐敗して味を奪う。
「つまり、妖精は人々を救う存在ではない。彼らは、精霊と同じ見た目をして、夢を与えるの、だけど、最後には人々を絶望の淵に突き落とす、そんな存在は魔族と同じと思わない?」
リュシアの声は、微かに震えながらも、確固たる意志を感じさせられた。
彼女の瞳は、どこか皮肉が交じった輝きを放ち、この世の真実を知っているかのようだった。
「ご主人様、あなたはも真実を知るために夢を叶えてもらう?」
僕は冷たくリュシアを見つめた。
「必要ない」
「ふふふ、ご主人様。妖精は魔族とは違うのよ。魔族は、単なる闇と絶望を餌にする存在。しかし妖精は……夢を与え、人々の望みを叶え、そしてその絶頂の瞬間に、そのすべてを破壊する。あなたが今感じている力も、未来で味わった絶望も、彼らの仕業かもしれないわよ」
その言葉に、僕の内面がざわついた。
確かに、俺は強くなった。戦いの中で、己の力だけで立ち上がり、血に飢えた戦場を生き抜いてきた。しかし、それが本当に自分の力だけなのか、あるいは何か別のものに操られていたのか。
そして、アリシアが、聖女になることや、王女になることを夢として叶え。
その破壊が僕の断罪なら。
「……どうすれば確かめられる?」
「いいわね〜ふふ、その冷たい殺意がとても心地よいわ」
リュシアは、俺の中に生まれた闇を心地よく感じるように、目を輝かせた。
その瞳の奥に、微かに憂いが漂っている。
「妖精はとても狡賢いの。普段は姿も見せないし、魔力を感じさせない。だけど、契約者が呼び出すと必ず姿を見せなければいけない。それが他人に見えなくても必ず存在は顕現するのよ」
僕は拳を固く握りしめ、遠い記憶を呼び覚ます。
裏切り、毒、拷問や処刑の痛み。
全てが今の僕を作り上げている。
「……どうせ、お前の言葉など、魔物がささやくような虚言だ」
「ご主人様、忘れないで。私はあなたの絶望を深め、幸福に導く。だけど、最後には突き落とすのが目的なのよ。ここで嘘をついても意味はない」
リュシアの囁きは、冷たい風のように耳元をかすめ、心の隙間に忍び込む。
俺はしばらく、何も答えず、ただ虚空を見つめた。
その静寂の中、ただ一言、低く呟いた。
「……いいだろう。アリシアに妖精について問いかける」
リュシアは一瞬、眉をひそめたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべる。
「アリシアちゃんの未来は、夢に溺れるか、絶望に沈むか。今から楽しみね」
その言葉と共に、僕はアリシアと向き合う決意をした。
僕を未来で殺したアリシアは、妖精による破壊なのか?
それとも彼女自身の意思なのか?
彼女の中にある心の闇を垣間見なければ俺は真実に辿り着けない。
それは、妖精が与える虚飾でも、魔族が操る絶望なのか僕自身で確かめる。
しかし、リュシアの声が、どこか遠くで囁くように続いた。
「覚えておいてね、ご主人様。夢はあなたを一時の至福へと誘うわ。だけど、その瞬間、すべてを奪い去るように破壊が訪れる。あなたが本当に求めるものは、己の内にある真実のみ……それを忘れないでね」
リュシアの助言は、常に何を意味しているのかわからない。
ただ、僕の中で道標になっていることは間違いない。
月明かりの下、僕はただ、冷たい闇の中に自分を見つめ続けた。
ロディスを倒したことで、グレイスを倒せば、僕はアースレイン侯爵家の後継者になる。
果たして、それを僕は望むのか……。