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第35話

《side ヴィクター・アースレイン》


 朝の陽が、訓練場の砂を照らしていた。


 広く平坦に整えられた地面は、数え切れないほどの血と汗を飲み込んできたアースレイン家の戦場。


 今、そこに立っているのは、俺とロディス兄上。


 そして、彼を取り巻く複数の視線。


 アリシアと、フレミアもその場にいた。


 二人の令嬢は少し離れた場所から、この戦いの行方を静かに見つめていた。


 この勝負は、ただの鍛錬試合ではない。


 ウィルの時と同じだ。これはアースレイン家で行われる序列を決める格付けの戦いだ。


 本来であれば、下剋上として俺から挑むものだが、すでに僕としてはロディスは相手にしていなかった。


 だが、ロディス兄上の方から僕を屈服させるために、令嬢たちの前で“格の違い”を見せつけたいと言ってきた。


 それを伝えたのも父上だ。


「ヴィクター、前にグレイスと戦いと言っていたな」

「はい」

「グレイスに挑むためには、ロディスと戦わなけれならない。ロディスと戦うか?」

「やります」


 これは父上に仕組まれた戦いだ。


 それぐらいは僕にもわかる。


 それがこの場の意味であり、父の狙いだ。


 ロディスは剣を手にしていて、目には殺気を含んでいた。


「ふん……ヴィクター、自分の立場をわかっていないな」


 そう言いながら、砂を踏みしめて歩み寄ってくる。


「調子に乗って女を惑わせ、選ばれたとでも思ったか? なら、この場でその幻想を叩き壊してやる。兄として、な」


 ざわり、と空気が震える。


 纏う闘気は明らかに三段階を超えている。


 圧倒的な重圧が、肌に張り付くように伝わってきた。


 だが、俺は、一歩も引かなかった。


 《魔剣:冥哭》を使えば、僕が勝つことは簡単だ。


 今の自分がどのぐらいの強さを持っているのか試すのに丁度いい相手だ。


「……望むところです」


 静かに、構えを取る。


 この戦いは、ロディスにとっては己の力を令嬢たちに見せるための場として使うつもりなのだろう。


 先ほどからチラチラとアリシアとフレミアの方ばかりを見ている。


 だが、彼女たちの視線は僕に向けられている。


「始め!」


 見届け人である父上の合図と同時に、ロディスが地を蹴った。


 ヴォルフガングよりも速い。


 その剣筋は鋭く、無駄がない。


 長年の鍛錬と実戦の積み重ねを感じさせる一撃が、まっすぐに俺の胸を狙ってくる。アースレインの名に恥じない鍛錬を積んできたことが窺える。


 だが、俺は、その一撃を見ることができた。


 ギリギリで身を引き、剣で軌道をずらす。


「ほう?」


 ロディスの目がわずかに細められた。


「少しはやるようになったか」


 次の瞬間、連続した斬撃が襲いかかる。


 横薙ぎ、突き、袈裟斬り。


 その剣捌きは無駄がなく、舞のように滑らかな剣術。


 強いな。


 死の森で鍛えていなければ、恐怖していたかもしれない。

 ヴォルフガングとの死闘で、死闘を繰り広げて、死戦潜り抜けた。


 だからこそ、今の命を削る剣を手にした。


 兄の剣は正統だが、それだけだ。


 同レベル、いや自分よりも強者によって殺されるほどの危険を感じない。


 俺の剣は、生きるためのものじゃない。


 全てを奪うための剣だ。


「はっ!!」


 ロディスの剣が肩口をかすめ、軽い痛みが走る。


 見せつけるように、軽く傷をつけた。


「どうした? その程度か? お前の婚約者たちが見ているぞ? 格の違いを見せてやらねば、恥をかくぞ?」


 露骨な挑発。


 アリシアの方を見ると、不安そうな顔で両手を握りしめて祈っていた。


 フレミアは、変わらず静かに目を逸らさず、俺を信じてまっすぐに見つめていた。


 ……この程度の言葉で揺らぐほど、彼女たちの心は揺れないだろう。


 闘気を練り、魔力を纏う。


 《冥哭》ではない。これはただの剣だ。


 だが、今の俺には、十分すぎる。


「ロディス兄上。……あなたには、わからないでしょうね」

「何がだ?」

「自分の力だけで、泥の中から立ち上がる価値というものが」

「……ほざけ。俺は生まれながらに才能に恵まれた。だが、貴様はただ弱かったに過ぎない」


 再び、交錯する剣。


 打ち合いのたびに空気が揺れ、風が巻き起こる。


 兄の剣は重く、速く、鋭い。


「……!」


 だが撃ち合うと、隙が見えてくる。


 俺は迷わず踏み込んだ。


 剣の切っ先を兄の顎下に突きつけ、寸止めする。


「……」


 兄が初めて、目を見開いた。


「貴様……」


 俺の剣を弾いて、攻撃に転ずる。


 だが、同じように受け流して、顎下で寸止めする。


 二度目はマグレではない。


「なっ?!」

「兄上の剣は、鋭くて美しい。でも、それだけだ。誇りに囚われて、勝つことだけを見ている。それでは、敵には勝てない」

「……っ!」


 兄の顔が歪む。


「ヴィクター!!!」


 ロディス兄上が逆上して、剣を乱暴に振り始める。


 先ほどの美しいだけの剣じゃない。


 力任せに振るわれる拳は、三段階という能力を全く使えていない。


 アリシアと、フレミアがこちらを見ていた。


 彼女たちの目には、驚きと怯えた瞳が宿る。


「無様だな。擬:影滅の剣閃」

「ガハッ!」


 これでいい。誰のためでもない。


 今の俺は一段階上の相手でも余裕で倒せる実力を手に入れた。


 過去の弟ではなも、誰かの陰でもなく。


 俺はもう自分の足で、前を向いて歩いていける。


 アリシア、君は俺を救うと言ったがこれでも君の救いは必要か?


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