目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第30話

 婚約者を決める最終日が訪れた。


 この数日間、屋敷では従者たちの間で熱のこもった会話が繰り広げられていた。


 どの候補の令嬢たちが、アースレイン家の兄弟たちと婚姻を結ぶのか? それぞれの未来を見据えて交流を深めている風景に、必ず従者たちはお茶の用意をしてそこにいた。


 長兄グレイスは、王女マリスティーナとの会談を行い、互いの意向を確かめた。


 結果として、王女はグレイスを選び、婚約を結ぶ方向で話が進んだ。


 当然の流れだ。


 王家の血統と、アースレイン家の当主候補。


 政治的にも、戦略的にも最適な組み合わせだと言えるだろう。


 マリスティーナは、王位継承権を返納して、グレイスの妻になる。


 その決定が下された後、僕はアリシアとフレミア、二人の令嬢と個別に話し合いを持つこととなった。


 まずは、アリシアとの面談から。


 応接室で向かい合い、彼女は嬉しそうな笑みを浮かべていた。けれど、その笑顔の奥には、どこか焦りのようなものが滲んでいる気がした。


「ヴィクター様、こうして二人きりでお話ができるのが、とても嬉しいです。婚約を決める期間は今日で最後なのですね」

「……ああ、そうだな」


 短く促すと、アリシアは深く息を吸い込んだ。


「私は、ヴィクター様と共に歩みたいと思っています」

「なぜそう思う?」


 彼女は一瞬だけ、驚いたように目を瞬かせた。


 だが、すぐに力強く言葉を紡ぐ。


「あなたが、苦しみを抱えているのを知っているからです。私があなたを救い、支えたい。あなたの歩む道をお手伝いさせてください」


 アリシアはまっすぐに僕を見つめる。


 未来の僕は、彼女の何も分かってはいなかった。


 優しく僕に手を差し伸べて、僕が困ったときには話を聞いてくれて、決断を迫られる際には、背中を押してくれた。


「確かに、私が想像していたヴィクター様よりも、今のヴィクター様は強いと思います。ですが、その強さの中に、寂しさがあることを私は感じます」


 彼女は手を胸に当て、優しく微笑んだ。


「私と共にいてくれれば、きっとその寂しさを埋めることができます。私は、あなたを支えたいのです」


 アリシアの言葉は、どこまでも真っ直ぐだった。


 だが、それが本当に純粋なものなのか、それともただの幻想なのかは分からない。


「僕は、寂しさを抱えているわけではない」

「そう言いながら、あなたは人を遠ざけてしまうのです。私は、それが悲しいのです」


 アリシアは悲しげに目を伏せる。


「ヴィクター様は、私に必要ないと言いました。でも、私は諦めません」


 彼女の言葉は、確固たる意志に満ちていた。


「あなたと共に歩み、あなたの隣にいること。それが、私の望みです」


 最後まで、彼女は強い眼差しで、選ばれることを望んだ。



 フレミアとの面談。


 彼女は、静かに応接室へと現れた。変わらず穏やかな微笑を浮かべ、僕を見つめる。


「ヴィクター様」

「……よくきてくれた」


 彼女は頷き、椅子に腰掛けた。アリシアとは違い、彼女は自分の意見をゆっくりと、そして慎重に言葉を選びながら語る。


「私を選んでいただけますか?」

「僕も君のことを観察していた。君は伴侶を望むのか?」

「ええ。あなたの中にある『闇』が、どのようなものなのか。それを知りたいのです。それは一生のテーマにしても良い。私があなたの『闇』を生涯かけて、解きほぐしてもいい」


 フレミアは静かに告げる。だが、その決意はあまりにも重く感じられる。


「あなたが強さを求める理由。そして、その先に何を望んでいるのか? きっとそれはすぐにどうにか出来るものではありません。ですから、私が多くの人を救えなくなる代わりに、あなた一人に私の全てを捧げてもいいと思っています」


 彼女の瞳は、僕の奥底を覗き込むようだった。


「私は聖女の家系に生まれ、常に人々のために生きることを求められてきました。でも、私は時々思うのです」


 彼女は微かに目を細める。


「もし、他にも闇を抱えながらも前に進もうとする者がいたならば、きっと私は全ての気持ちを理解できない」


 フレミアは真面目な顔に、少し悲しい顔をした。


「その答えをあなたなら理解できると思っています。ですから、私の一生をあなたに捧げます。ですから、私と共に探してみませんか?」

「それが、君の望みか?」

「ええ。私とあなたは、もしかしたら正反対の存在かもしれません。ですから、私にはあなたが必要です」


 彼女は穏やかに言葉を続ける。


 アリシアとは違う。


 彼女は、ただ寄り添いたいのではなく、僕の中の「何か」を見定めようとしている。


 婚約者の決定の当日。


 僕が求めるのは、未来の真実だけだ。


 だが、それを知るためには、どちらかを選ぶしかない。


 アリシアは、理想を抱き、僕を救おうとする者。


 フレミアは、現実を見据え、僕の本質を知ろうとする者。


 どちらも、僕を求めている。


「……」


 沈黙の中で、答えを出す時間が近づいていた。


「ヴィクター。お前は誰を選ぶ?」


 当主である。アースレイン侯爵に質問を投げかけられる。


 だから、僕は一人の令嬢に歩み寄った。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?