婚約者を決める最終日が訪れた。
この数日間、屋敷では従者たちの間で熱のこもった会話が繰り広げられていた。
どの候補の令嬢たちが、アースレイン家の兄弟たちと婚姻を結ぶのか? それぞれの未来を見据えて交流を深めている風景に、必ず従者たちはお茶の用意をしてそこにいた。
長兄グレイスは、王女マリスティーナとの会談を行い、互いの意向を確かめた。
結果として、王女はグレイスを選び、婚約を結ぶ方向で話が進んだ。
当然の流れだ。
王家の血統と、アースレイン家の当主候補。
政治的にも、戦略的にも最適な組み合わせだと言えるだろう。
マリスティーナは、王位継承権を返納して、グレイスの妻になる。
その決定が下された後、僕はアリシアとフレミア、二人の令嬢と個別に話し合いを持つこととなった。
まずは、アリシアとの面談から。
応接室で向かい合い、彼女は嬉しそうな笑みを浮かべていた。けれど、その笑顔の奥には、どこか焦りのようなものが滲んでいる気がした。
「ヴィクター様、こうして二人きりでお話ができるのが、とても嬉しいです。婚約を決める期間は今日で最後なのですね」
「……ああ、そうだな」
短く促すと、アリシアは深く息を吸い込んだ。
「私は、ヴィクター様と共に歩みたいと思っています」
「なぜそう思う?」
彼女は一瞬だけ、驚いたように目を瞬かせた。
だが、すぐに力強く言葉を紡ぐ。
「あなたが、苦しみを抱えているのを知っているからです。私があなたを救い、支えたい。あなたの歩む道をお手伝いさせてください」
アリシアはまっすぐに僕を見つめる。
未来の僕は、彼女の何も分かってはいなかった。
優しく僕に手を差し伸べて、僕が困ったときには話を聞いてくれて、決断を迫られる際には、背中を押してくれた。
「確かに、私が想像していたヴィクター様よりも、今のヴィクター様は強いと思います。ですが、その強さの中に、寂しさがあることを私は感じます」
彼女は手を胸に当て、優しく微笑んだ。
「私と共にいてくれれば、きっとその寂しさを埋めることができます。私は、あなたを支えたいのです」
アリシアの言葉は、どこまでも真っ直ぐだった。
だが、それが本当に純粋なものなのか、それともただの幻想なのかは分からない。
「僕は、寂しさを抱えているわけではない」
「そう言いながら、あなたは人を遠ざけてしまうのです。私は、それが悲しいのです」
アリシアは悲しげに目を伏せる。
「ヴィクター様は、私に必要ないと言いました。でも、私は諦めません」
彼女の言葉は、確固たる意志に満ちていた。
「あなたと共に歩み、あなたの隣にいること。それが、私の望みです」
最後まで、彼女は強い眼差しで、選ばれることを望んだ。
♢
フレミアとの面談。
彼女は、静かに応接室へと現れた。変わらず穏やかな微笑を浮かべ、僕を見つめる。
「ヴィクター様」
「……よくきてくれた」
彼女は頷き、椅子に腰掛けた。アリシアとは違い、彼女は自分の意見をゆっくりと、そして慎重に言葉を選びながら語る。
「私を選んでいただけますか?」
「僕も君のことを観察していた。君は伴侶を望むのか?」
「ええ。あなたの中にある『闇』が、どのようなものなのか。それを知りたいのです。それは一生のテーマにしても良い。私があなたの『闇』を生涯かけて、解きほぐしてもいい」
フレミアは静かに告げる。だが、その決意はあまりにも重く感じられる。
「あなたが強さを求める理由。そして、その先に何を望んでいるのか? きっとそれはすぐにどうにか出来るものではありません。ですから、私が多くの人を救えなくなる代わりに、あなた一人に私の全てを捧げてもいいと思っています」
彼女の瞳は、僕の奥底を覗き込むようだった。
「私は聖女の家系に生まれ、常に人々のために生きることを求められてきました。でも、私は時々思うのです」
彼女は微かに目を細める。
「もし、他にも闇を抱えながらも前に進もうとする者がいたならば、きっと私は全ての気持ちを理解できない」
フレミアは真面目な顔に、少し悲しい顔をした。
「その答えをあなたなら理解できると思っています。ですから、私の一生をあなたに捧げます。ですから、私と共に探してみませんか?」
「それが、君の望みか?」
「ええ。私とあなたは、もしかしたら正反対の存在かもしれません。ですから、私にはあなたが必要です」
彼女は穏やかに言葉を続ける。
アリシアとは違う。
彼女は、ただ寄り添いたいのではなく、僕の中の「何か」を見定めようとしている。
婚約者の決定の当日。
僕が求めるのは、未来の真実だけだ。
だが、それを知るためには、どちらかを選ぶしかない。
アリシアは、理想を抱き、僕を救おうとする者。
フレミアは、現実を見据え、僕の本質を知ろうとする者。
どちらも、僕を求めている。
「……」
沈黙の中で、答えを出す時間が近づいていた。
「ヴィクター。お前は誰を選ぶ?」
当主である。アースレイン侯爵に質問を投げかけられる。
だから、僕は一人の令嬢に歩み寄った。