あの夜以来、アリシアとフレミアの二人から声をかけられることが格段に増えた。
屋敷の中を歩いていても、どこかでアリシアの視線を感じる。
「ヴィクター様、少しお話しませんか?」
食堂での食事の時も。
「ヴィクター様、お庭を散策していると伺いました。一緒にいかがですか?」
訓練場で鍛錬している時でさえ。
「ヴィクター様、剣のお稽古を見学しても……いいでしょうか?」
彼女はどこまでも健気に僕との関係を築こうとする。
その一方で、フレミアもまた、決して引かない。
「ヴィクター様、お時間があれば少しお話をさせていただけませんか?」
彼女の接近はアリシアとは異なり、静かで落ち着いたものだった。
だが、それはそれで妙に圧を感じる。逃げることを許さないような気配。
「ヴィクター様は、なぜそれほどまでに戦いを求めるのですか?」
問いかける彼女の瞳は、僕の奥底を見透かすようだった。
どこへ行っても彼女たちのどちらかがいる。
強さを求めることの方が、遥かに楽だったのではないかとすら思う。
僕は頭を抱えた。
「……面倒くさい」
それを見て、リュシアが楽しそうに笑う。
「アハッ! ご主人様、めちゃくちゃモテてるじゃない?」
リュシアはソファに寝転がりながら、くすくすと笑っている。
「これが貴族の婚約話ってやつねぇ。最高位の血筋を持つご令嬢たちが、ご主人様に夢中ってわけ」
「くだらない」
「ふふ、でもさ、ご主人様」
リュシアは身を乗り出して、僕の顔を覗き込む。
「まんざらでもないんじゃないの?」
「……」
僕は何も答えなかった。
拒絶し続けるだけでは、何も得られないのも事実だった。
彼女たちの本質を知るためにも、歩み寄るしかない……だが、そんなことをしてこなかった自分にできるのか不安ではある。
僕は静かに目を閉じる。
真実に近づくためには、アリシアの「本音」に触れる必要がある。
そのために、僕は向き合うことに決めた。
アリシアが屋敷の庭で、僕を待っていた。
「ヴィクター様……!」
僕が来ると、彼女はぱっと顔を輝かせる。
「本当に来てくださるなんて……!」
「言っただろ。アリシアと向き合うと」
短くそう言うと、アリシアは嬉しそうに微笑んだ。
「では、どうぞ。何でも聞いてください」
彼女はどこか夢見る少女のようだった。
そんな彼女に対し、僕は単刀直入に問うた。
「君は僕を救うと言ったけど、何を求めているんだ?」
アリシアは、一瞬驚いたように瞬きをした後、嬉しそうに微笑む。
「私の夢は、聖女になることです」
未来で、彼女は確かに「聖女」と呼ばれていた。
だが、それは純粋な意味での聖女ではなく、僕の妻として聖女と呼ばれていた。
彼女は昔から、聖女の分家として、聖女に憧れを抱いていた。
「聖女になって、何をするんだ?」
彼女は少しだけ考えた後、ゆっくりと口を開く。
「世界の人々を救うのです」
その言葉に、僕は微かに眉をひそめる。
「どうやって?」
「愛と慈悲を持って、すべての人を導くのです」
彼女の言葉には迷いがなかった。
しかし、どこか「理想」を語るような印象を受ける。
アリシアは、自分が掲げる理想に疑いを持っていない。
それは純粋さの証かもしれない。
だが、理想だけでは、現実は動かない。
これが……アリシアの本質か? 彼女は夢を見ている。
未来では、その夢が歪んでいったのだろうか? 僕は、静かに彼女を見つめる。
「君の道は、君が進めばいい」
「はい、でも……ヴィクター様も、きっとその道の中にいると思うんです。私の道はあなたを救う先にあると思っています」
アリシアは微笑み、最初から揺るがない。
その瞳には、確固たる信念があるように見えた。
♢
次に、フレミア。
彼女は屋敷の書斎で待っていた。僕が訪れると、彼女は驚くことなく、穏やかに微笑んだ。
「ヴィクター様」
フレミアは静かに本を閉じる。
「……ヴィクター様は、今の世界をどのようにお考えですか?」
「今の世界?」
「はい。聖女という言葉は過去のものです。今の人々を救うためにはどうすれば良いのか? 私は、人の闇を知ることで何を求められているのか知りたいのです」
アリシアとは違い、彼女は現実を見ていた。
聖女という名称に興味はなく、自分にできることを知るために、闇に触れようとしていた。
「フレミアは、何を求めている?」
僕の問いに、彼女は穏やかに答えた。
「私は聖女の家系として恵まれた環境で育ちました。教養を学ぶ環境があり、お金が、人を従える家柄も持ちます。ですから、人が為せることが他の方々よりも使命は大きいと考えています」
「使命?」
「ええ。それが恵まれた自分が、この世に生まれたことに恩を返せることだと思っています」
アリシアとは違い、彼女は確かな現実を見ていた。
それも自分の立場を正確に理解して、自分が生まれた幸福を分け与えるのではなく、立場を利用して出来ることを考えていた。
「ヴィクターは、強さを求めているのですね。ずっと見ていたので違いましたか?」
「……いや、合っている」
「ふふ、よかった。ただ、その強さの先に、何を望んでいるのかはまだ分かっていないのでは?」
彼女は僕の目を見つめながら、問いかける。
「私は、あなたが何を考えているのかを知りたいのです」
僕の「闇」に興味を持っている彼女。
その探求心は、研究者のようだった。
アリシアは「夢」を語る少女。
フレミアは「現実」を見据えている研究者。
どちらも、僕に興味を持っているのは確かだ。
だが、彼女たちの「本質」は、全く異なる。
「あなたが、強さの先に何を求めるのか……それを知りたいのです」
フレミアの瞳は、僕の未来を見据えるように鋭かった。
二人の異なる令嬢と話をして、僕は真実に辿り着くために、彼女たちを利用する方法を考える。