《side アリシア・ラヴェンデル》
小さな光が、ふわりと宙を舞う。
妖精たちは、今日も私の周りを飛び回り、キラキラとした光の軌跡を描いていた。
「アリシア、今日も素敵ね」
「あなたは特別な存在よ」
「可愛いアリシア」
鈴の音のような可愛らしい声が、私の耳元で囁く。
妖精たちはいつも私に優しい言葉をかけてくれる。
私が泣いている時も、笑っている時も、どんな時でも傍にいて、そっと励ましてくれる。
私にしか見えない、小さな光の精霊たち。幼い頃から、彼らは私と一緒だった。
「ねえ、アリシア。あなたはいつかこの国を導く、聖女になる運命の人なのよ」
ある日、妖精がそう告げた。
私はまだ幼かったけれど、その言葉の意味が何となくわかった。
「聖女……?」
「そうよ。あなたは選ばれた人間なの。世界を救い、人々に愛される存在になるわ」
私は驚いた。でも、同時に嬉しくもあった。
なぜなら、私にしか見えない妖精たちが、私だけにそう言ってくれたのだから。
特別な存在。それは、誰もが憧れるものだった。
幼い頃から、私は周囲の人たちから「不思議な子」と言われていた。
理由は簡単。
妖精たちと話すから。けれど、他の人たちには妖精が見えない。
だから、私は一人で空に向かって話しているように見えるらしい。
「アリシアは、時々誰かと話しているけれど……」
「まぁ、あれが彼女の個性なのよ」
母も、父も、使用人たちも、それを咎めることはなかったけれど、私は少しだけ疎外感を覚えていた。
そんな時、妖精たちが囁く。
「いいのよ。あなたは他の人とは違うの。だからこそ、特別なの」
「そうよそうよ。あなたは特別世界に愛されているの」
「あなたはいつか全てを手に入れるの」
その言葉を聞くたびに、私は安心することができた。
聖女になるために、私は努力を惜しまなかった。
魔力を高めるために、毎日欠かさず瞑想をし、魔法の訓練に励んだ。
貴族としての教養も学び、礼儀作法も完璧にできるようになった。
周囲の令嬢たちよりも、私は確実に優れていた。
それに聖女の家系の血を引いている私は、神聖魔法の適性を持っていた。
やっぱり妖精さんたちが言っていたことは本当だったんだ。
神聖魔法は、選ばれた人間にしか使えない。
私は特別な存在だから、神聖魔法も使えるんだ。
妖精たちが、特別だと言ってくれるから私は大丈夫。
けれど、ある日、父が言った。
「アリシア、お前に婚約の話が来ているよ」
「えっ?」
私は、その言葉に戸惑った。
「婚約……?」
「アースレイン侯爵家が息子さんたちに婚約者を希望されてね。顔合わせを設けられる。どうだろう? アリシアも行ってみないかい?」
アースレイン侯爵家。
剣と魔法に優れた家柄であり、王国の中でも有力な貴族だと聞いている。
私は、ふっと小さく笑った。
「お父様、私は……そのような話には興味がありません」
「アリシア?」
「だって、私は聖女になるのですもの。婚約など……」
私は、妖精たちが告げた未来を信じていた。
私は聖女になる運命なのだから。
だけど、否定した私に妖精さんたちが告げてきた。
「アリシア、あなたはまだ気づいていないのね」
「そうよ。あなたにはチャンスが舞い降りたわ」
「うんうん。アースレインを利用すれば、あなたはもっと上に行ける」
妖精たちが、ふわりと私の肩に舞い降りた。
私は、少しだけ眉をひそめた。
「気づいていない? 上に行ける?」
「そう。あなたには運命の人がいるのよ」
「うんうん。あなたを導いてくれる人だよ」
妖精さんたちが楽しそうに告げてくれる言葉に、私は不思議な気持ちになる。
「……運命の人?」
「そうよ。あなたを待っている人がいるの。あなたの助けを必要としているのよ」
「あなたは聖女だから」
「救ってあげて」
「私の……助け? 救う?」
私は、思わず胸に手を当てた。
何かが引っかかる。
私は、自分のために生きてきた。
聖女になるために努力し、自分自身を高めてきた。
でも、誰かを助けるために存在するなんて、そんな風に考えたことはなかった。
だけど、聖女はたくさんの人を助けるために存在する。
「あなたは王妃になる運命があるの」
「聖女になって世界に祝福される」
「そして王妃になるの」
「……王妃?」
私は驚いて、妖精たちを見つめた。
「私が……王妃になるの?」
「ええ。あなたの運命の人は、未来にあなたを王妃へと導く力を持っているのよ」
「あなたはこの国の頂点に立つの」
「とても幸せなことよ」
私の胸が高鳴る。
王妃、そして聖女。
世界に愛され、崇められる存在。
それこそが、私が求めていたものではないか。
妖精たちは、優しく微笑んだ。
「だからね、アリシア。アースレイン侯爵家へ行きなさい」
「彼を救ってあげて」
「彼を導いてあげて」
その言葉に、私はゆっくりと目を閉じた。
今までは、ただ自分の理想を追い求めるだけだった。
「運命の人が待っている」
その言葉が、私の心を決めさせた。
私が行くべき場所は決まっている。
アースレイン侯爵家。
私の未来は、そこにあるのだから。