食事会の場は、上流貴族らしい優雅な雰囲気に包まれていた。
侯爵家の格式に相応しい、広々とした大広間。
高級な絨毯が敷かれ、シャンデリアが輝き、壁には貴族の象徴とも言える豪奢な装飾が施されている。
大理石の長テーブルの上には、最高級の料理が並べられ、上品な香りが部屋を満たしていた。
この席に座るのは、アースレイン家の三兄弟と、それぞれの婚約候補とされる三人の令嬢たち。
そして、僕は末席に座し、兄たちの後ろに控えていた。
目の前には、アリシア・ラヴェンデルが座っている。
食事会の主役とも言える。
王女マリスティーナ・デルデ・アルゼンティスは、鋭い視線で 長兄のグレイスを見つめていた。
彼女は王族特有の気品と冷徹な観察眼を持ち合わせ、周囲の者を無駄に寄せ付けない威圧感を持つ。
「侯爵家の御子息たちは、さすがに鍛え上げられた方ばかりですね」
そう微笑みながらも、その眼差しはグレイスにのみ向けられている。
王女として、未来の夫となるべき相手を見定めているのだろう。
一方で、聖女家のフレミア・カテリナ は、静かに次兄のロディスを見つめていた。
彼女は優雅で落ち着いた微笑みを浮かべながらも、その眼差しには探るような色が見える。
貴族社会において、カテリナ公爵家は王国の神聖魔法の柱を担う家系。
彼女にとっても、この婚約は単なる政略の一環ではないのだろう。
そんな中で、アリシアはどこか遠慮がちにしていた。
伯爵令嬢としての立場上、 王女や公爵令嬢と比べれば身分が劣ることを意識しているのだろう。
しかし、その態度には嫌味な卑屈さはなく、彼女らしい天真爛漫な雰囲気を纏っていた。
「ふふ、なんだか緊張しちゃいますね」
彼女はにこやかに微笑みながらも、僕を見て嬉しそうな表情を浮かべていた。
昔の彼女のままのように純粋な少女のようだった。
僕はアリシアの瞳を見つめながら、何も言わなかった。
(未来での彼女とは、あまりにも違う……本当に同じ人間なのか?)
未来のアリシアは、僕に毒を盛り、地獄へと突き落とした直接的な人物だ。
だが、今の彼女からは、そのような悪意を感じることはできない。
偽りか、本心か。それを確かめるために、僕は目の前の彼女をじっと見つめた。
「そろそろ自己紹介もこれぐらいにして、自由に会話をしようではないか」
当主である父上の言葉で、格式ある食事会が終わる。
貴族の社交の一環として、だがそれぞれの家の人間たちも来ているので、立食形式の交流の時間が設けられた。
貴族たちはワインを片手に談笑し、各々が婚約候補としての相手と交流を深める場となる。
(さて、誰から話を聞くか……)
そう考えた瞬間、リュシアの声が聞こえた。
彼女はメイド服に身を包んで、パーティーに紛れ込んでいたようだ。
「ねえねえ、ご主人様?」
「なんだ?」
「アリシアちゃんは、魔族じゃないわよ?」
彼女の言葉に、思わず目を細めた。
「……本当か?」
「嘘ついてどうするのよ? でもね、彼女はねぇ……“何かを隠してる”わよ? 魔族の気配を感じるの」
魔族ではない。しかし、秘密があるということか。
だが、気配がするということは、未来の彼女が魔族と関わったのは間違いない。
ならば、彼女はどの時点で魔族と接触したのか?
僕が未来を知ることで、その運命が変わる可能性もあるのか?
「ふふ、ご主人様。私、彼女の秘密を探ってみるわね?」
「……好きにしろ」
食事会の中で、それぞれの令嬢たちが興味深い会話を持ちかけてくる。
王女マリスティーナは、僕の兄であるグレイスとの会話を終えた後。
僕に向き直った。
「ヴィクター様、あなたも素晴らしい剣技を持たれていると聞いております」
「過分な評価です」
「いいえ、私は本当に強い者に興味があるのです。あなたはどのような信念を持って剣を振るうのか、興味がありますわ」
「信念ですか、僕はただ強くなりたいと思っています。今は兄よりも」
「まぁ、ふふ野心かなのですね」
鋭い観察眼を持つ彼女は、表向きは穏やかに見せながらも、僕を値踏みするような視線を向けていた。
だが僕の答えは王女の興味を引いたようだ。
彼女に興味があるわけではないが、どこに真実が隠れているのかわからない。
交流を持っていて損はない。
ロディス兄上と話をしていた。公爵令嬢フレミアは、穏やかな微笑みを浮かべながら僕に話しかけてきた。
「ヴィクター様……少しお話しを宜しいでしょうか?」
彼女が纏う神気は、魔力とは違う雰囲気があり、空気が澄んでいくように感じる。
「ええ。構いません」
「ありがとうございます。ですが、あなたの目には、少し影が見えますね」
「影?」
「ええ。まるで、誰かに裏切られたことがあるような、そんな目をしている……怯えた狼が警戒しているようです」
彼女の翡翠の瞳は、僕の内側まで見透かすようだった。
その美しい瞳と、顔は他の令嬢とは違うように思える。
「私は聖女の家系の者。人の心の乱れを感じることができるのです」
「……」
「もし何か悩んでいることがあれば、お力になれるかもしれません。いつでも相談してくださいね」
僕の抱える過去の痛みを見透かすかのような言葉。
フレミア・カテリナという女もまた、只者ではない。
彼女の慈愛に満ちた声が耳に残る。
そして、最後に僕の目の前ではアリシアが無邪気に笑っていた。
「ヴィクター様、私も宜しいですか?」
「……ああ」
「私のお相手はウィル様だと聞いていたので、みんな驚いているんです」
アリシアの言葉によると、確かに未来では、ウィルが僕の席に座っていたはずだ。
だが、ウィルはおらず。僕は座っており、そしてアリシアと出会っていた。
王女、聖女、そしてかつての婚約者。
彼女たちの思惑が交錯する中で、僕は一つの確信を得た。
一癖も、二癖も、ここには純粋で、可愛いだけの少女などいない。
皆、貴族として思惑を持ってここにきているんだ。
それを僕は知らなかった。