屋敷の中がますます慌ただしさを増している。
僕は訓練場での修行を終え、屋敷に戻る途中で、久しぶりに兄たちの気配を感じた。
長男:グレイス・アースレイン。
次男:ロディス・アースレイン。
彼らは、すでに成人しており、家督を継ぐにふさわしい実力を兼ね備えている。
長男のグレイスは、赤い髪を持ち、深い紅の瞳を湛えた男だ。
無駄のない端正な顔立ちには冷徹な知性が滲み、常に貴族としての品格を崩さない。身の丈は高く、鋼のように鍛え上げられた肉体は、彼が剣士として一流であることを物語っている。
纏う闘気は、すでに五段階に手をかけている。
僕は二段階に到達したばかりだというのに、兄はすでにこの領域を超え、さらなる高みへと到達しようとしている。
「……ヴィクター」
グレイスは鋭い眼光を向けながら、静かに声をかけてきた。
「お前が死んだような顔をしていたあの頃とは違うな」
何を考えているのか読めない表情。兄は、僕の成長を評価しているのか、それともまだまだ未熟と見ているのか。
そして、次男のロディス。
彼は赤茶色の髪を短く刈り込み、微笑みを湛えていた。グレイスと比べると親しみやすい雰囲気を持ち、常に余裕のある態度を崩さない。
「ヴィクター、お前が真面目に鍛えていると聞いて驚いたぞ」
ロディスの闘気は 三段階を超えていた。僕の一つ上の段階ではあるがすでに第四段階へ手をかけている。
彼の纏う気は密度が違う。
実戦経験と才覚の差が歴然としている。
二人の兄は常に強さを求めるために、実践に身を投じているのだろう。
「グレイス兄上、ロディス兄上、お久しぶりです」
「ほう、本当に強くなったんだな」
明らかに二人の兄たちは、僕に威圧を放っていた。
だが、僕は二人に普通に挨拶を返す。
この家では、強さで全てが判断される。
「いえ、お二人はまだまだ追いつけません」
「その年で追いつかれたら、俺たちが情けない。それよりも今回は特別だ。アースレイン家の未来を決める令嬢たちが訪れるのだからな」
ロディスは軽い口調で言うが、屋敷の緊張感を見ればそれがどれほど重要な意味を持つかが分かる。
アリシア・ラヴェンデルだけではない。
今回、アースレイン家の婚約候補として、 二人の高位令嬢が訪れるのだ。
王女:マリスティーナ・デルデ・アルゼンティス
彼女は王国の第三王女であり、王家の血を引く誇り高き女性だ。
長く美しい銀髪は、月光を編み込んだかのような輝きを放ち、紫紺の瞳は冷静で知的な光を宿している。
王族らしく気品に満ちた佇まいを崩すことはなく、鋭い観察眼で相手を見極めるような瞳を持つ。
公爵令嬢:フレミア・カテリナ
彼女は聖女の家系 として名高いカテリナ公爵家の令嬢。
その血統は神聖魔法に長け、代々の聖女たちが受け継いできた力を持つとされる。
腰まで伸びる淡い金髪は、陽光をそのまま映し取ったような色合い。碧く透き通った翡翠の瞳 は、どこか神秘的な雰囲気を漂わせていた。
彼女は優雅で慈愛に満ちた微笑みを絶やさず、誰に対しても穏やかに接するが、内に秘める芯の強さは計り知れない。
「この国に尽くせることがあれば、私も喜んでお力になりたいと思っております」
そんな風に語る彼女は、理想的な聖女そのものだった。
伯爵家のアリシアよりも、 公爵家令嬢のフレミア、 王女マリスティーナの方が格上だ。
いや、アリシアも、カテリナの血を引いてはいる。だが、本家と分家の違いがある。
アースレイン家が彼女たちを迎えるということは、それだけ政治的な影響力も関わってくる。
令嬢たちがどの兄と結ばれるのか。
それは、アースレイン家の今後を大きく左右する問題だった。
僕自身は、婚約にはまったく興味がない。
しかし、婚約者たちの情報を目を向けると、アリシアは、三人の中で一番の隠しただった。
だが、未来では彼女こそが勝ち上がって王妃の座に着いた。
本当に彼女は、純粋だったのだろうか? 今の彼女がどのような考えを持っているのかは分からない。
そして、王女と公爵令嬢。彼女たちが、アースレイン家にどのような目的を持っているのか、それも気になる。
だが、それ以上にグレイスとロディスの強さに、僕は僅かに焦燥を感じていた。
特にグレイス。五段階に手をかけるほどの兄の強さは、今の僕では勝負にならないだろう。
いや、魔剣を使えば勝負になるだろう。
だが、武器の力に頼って勝ったとして、それは己の強さと言えるのか?
「ふっ、理想を口にするか」
自分で言っていて、強さを追い求めている自分を笑ってしまう。
物は考えようだ。
王国の王女や聖女の家系の令嬢たちが絡んでくる以上。
未来では知らなかった情報を、今の僕は手に入れることができている。
運命がさらに複雑になることは間違いない。
屋敷の喧騒が静まり、夜の帳が降りる。
僕は月明かりの下で剣を握りしめた。
ヴォルフガングとの戦いから半年が経ち、闘気も魔力も確実に強くなった。
だが、まだ足りない。
未来の僕は全盛期の十段階に到達していた。
王族や公爵家が絡むということは、それだけ僕の運命が未来と交差し始めている ということだ。
「アリシア……」
かつての初恋の相手であり、未来では僕を陥れた女。
明日の食事会で、僕は彼女に何を思うのか?