《side ヴィクター・アースレイン》
ヴォルフガングとの戦いから半年が過ぎた。
僕の闘気、魔力、そして基礎能力は、さらに向上し、ついに 「二段階」 に到達した。
全盛期、王国と戦っていた時の僕は全てが十段階に到達していた。
それを思えば、先は長くはあるが、それでも闘気は以前よりも密度が増し、生命力の強化と共に、さらなる持久力と耐久力を得た。
魔力の流れも改善され、制御力が増し、より複雑な術式を組み立てることができるようになった。
そして基礎能力、身体の運動能力や戦闘技術も、一段と研ぎ澄まされ、
全てが満足できるものではないが、それでも過去に戻ってからの時間を最大限使えたと思う。
何よりも、アースレイン家の子息として認められたことで、能力を向上させるのに必要な魔力石や、魔力水を消費できるのは大きい。
過去では、自分で冒険者をしながら購入していたから常に金欠だった。
今は、傲慢に使いたい放題だ。
しかし、満足には程遠い。
ヴォルフガングとの戦いの中で感じた圧倒的な「差」を埋めるには、さらなる高みを目指さねばならない。
だから今、僕は 「三段階」 へと進むための訓練を始めていた。
侯爵家の広大な訓練場の片隅で、僕は木剣を振るい、身体を鍛えながら、闘気を制御する精度を上げる修行を続けている。
「はぁっ!!」
鋭い一閃が空気を切り裂く。
木剣であるにも関わらず、放たれた一撃は空間を震わせるほどの威圧感を持っていた。剣圧が地面に走り、周囲の砂利が僅かに跳ね上がる。
「……悪くない」
成長を実感しながら息を整える。
「ヴィクター様!」
息を切らしたドイルが駆け込んできた。
「何事だ?」
「屋敷の中が大変なことになっております! いえ、正確には……とても慌ただしいのです!」
ドイルの表情は、いつになく真剣だった。
「……何があった?」
俺が眉をひそめると、ドイルは興奮した様子で胸を張る。
「侯爵家に、婚約候補の令嬢様たちが来られるのです!」
「……そうか」
婚約候補……そう言われてアイリスのことが頭に浮かんできた。
もう、その時が来てしまったのだ。
この半年、戦いと修行に明け暮れていたため、すっかり忘れていた。
「三人のご令嬢が、アースレイン家の未来の妃候補として訪れるためにやってくるんですよ!」
現在、アースレイン家の次代を担うのは 「三人の男子」 とされており、それぞれに相応しい婚約者を迎えるために、貴族の令嬢たちが招かれたのだ。
「……アリシア・ラヴェンデルも来るのか」
かつての婚約者。そして 未来では、僕を裏切った女でもある。
ドイルは僕の微妙な表情に気づくことなく、相変わらず熱く語っている。
「未来のお妃様がいらっしゃるかもしれないというのに、ヴィクター様は全然興味をお持ちでないのですね!?」
「興味がないわけではない」
「では、どのような女性が理想なのでしょうか!?」
「……考えたことはない」
淡々と答えると、ドイルは 「そんな!」 とショックを受けたように肩を落とした。
「お、男として、それはあまりにも……!」
「ドイル、お前が考える理想の女性像を押し付けるな」
「しかし、ヴィクター様の未来がかかっているのですよ!? この中に、運命の人がいるかもしれないではありません!」
俺は呆れながら、ため息をついた。
「……騒ぎすぎだ」
とはいえ、ドイルの言う通り、侯爵家の中は確かに慌ただしくなっていた。
廊下を歩けば、メイドたちが忙しなく行き交い、絨毯を新しいものに敷き替えたり、装飾品を整えたりしている。
「おお……素晴らしいカトラリーが揃いましたわ!」
「最高級の食材も確保しました!」
「令嬢様方に失礼のないように!」
屋敷の者たちが、令嬢たちを迎える準備に奔走しているのがわかる。
正直、僕にとってはどうでもいいことだった。
僕の目的は、婚約ではない。
この時代に戻ってきた理由がわからない以上は、僕が未来になぜ断罪されることになったのか?
ヴォルフガングはすでに魔族の魔剣に操られていた。
だけど、他の奴らもそうなのか? 僕が仲間だと思っていものたちは、全員が魔族だったのか?
アリシア・ラヴェンデルの存在だけは、無視できなかった。
彼女は、かつての初恋の相手であり、 未来では僕を裏切った筆頭でもある。
今の彼女はまだ清純な少女なのか? それとも元々が腐っていたのか? それとも魔族に操られているのか?
彼女と初めて出会った頃の僕は世界に絶望していた。
「ねぇあなたもアースレイン家の人よね?」
アマンダに仕事を押し付けられて、それでも強くならなくて挫折していた時だった。
アリシアが僕の前に現れた。
「えっ?」
「ごめんなさい。道に迷ってしまったの。でも、あなたに会えた。ねぇ、これって運命かな?」
「運命?」
「そう! 私とあなたが出会うのは運命なんだよ」
そう言ってボロボロな僕の手をアリシアは握りしめた。
そして、彼女は続けて言った。
「あなたは絶対に強くなる。私があなたを応援してもいいかな?」
「僕を応援?」
「うん、私のために強くなって。そして、私を守って」
記憶にあるアリシアは、薄汚れた僕を救ってくれた聖女だった。
裏切りではなく、彼女が僕に死んで欲しいと願いなら、僕は死んでもよかった。
答えを出せないまま、ただ静かに屋敷の騒がしさを見つめていた。
そして、ドイルはなおも俺に語りかける。
「でも、ヴィクター様も婚約候補の一人として、食事の席には出席するのですよ?」
「……聞いている」
「ならば、気を抜かずに準備してくださいね! 令嬢様方を幻滅させてはなりませんよ!」
ドイルはどこか楽しそうだった。
「まぁ、ヴィクター様ほどの方なら、どの令嬢様も惚れてしまうこと間違いなしですね!」
俺は黙って、ドイルの言葉を聞き流した。
心の中では、全く異なることを考えていた。
「僕は彼女にどう接したいのだろう?」
いや、すでに処刑を受ける前の僕は、拷問を受けて心が死んでいた。
何も感じなくなっていた。
彼女に出会って、何かを感じるのだろうか?
数日後、ついに三人の令嬢たちが侯爵家を訪れる。
その時、俺はどんな顔をすればいいのだろうか。
未来を知る者として、初恋の相手を前にして。