闇夜の静寂を切り裂くように、ヴォルフガング。
いや、魔剣と一体化した化け物が狂笑する。
「さぁ、やろうぜ! 俺とお前、どっちが本当に“強い”のか俺に証明してくれよ!」
黒い霧を纏った異形の存在が、僕を嘲笑うように剣を振るう。その一撃が空間を裂き、圧倒的な力を伴って僕へと襲いかかる。
「……ッ!」
僕は即座に身を翻し、魔剣を振りかざして防御する。
ガキィィィンッ!!!
凄まじい衝撃が剣を通じて体を貫く。
「チッ……!」
重い。全身を押し潰すかのような質量を持つ斬撃。
それがヴォルフガングの魔剣の力か? 剣を受け流しながら、間合いを取り、相手の動きを探る。
ヴォルフガングの姿はもはや人間ではない。
腕は黒い鱗のような装甲に覆われ、指先は刃のように鋭く伸びていた。背中から生えた黒い霧が、触手のように蠢いている。
「おいおい、どうした? さっきまでの威勢は? さっさと本気を見せてくれよ!」
ヴォルフガングが高速で距離を詰める。
瞬時に魔剣を構え、防御の姿勢を取るが、それを見越したかのように奴は剣を振るい、空間ごと斬り裂いた。
「……」
僕の体が数メートル吹き飛ばされる。いや、自分で飛んで回避する。
衝撃で地面を転がり、瞬時に立ち上がるが、右腕が痺れていた。
「ははっ! 耐えたか! でも、次の一撃はどうかな?」
ヴォルフガングが刃を振り上げ、黒い霧が凝縮されていく。
「喰らえ、『影滅の剣閃』!」
瞬間、黒い斬撃が解き放たれた。
僕は咄嗟に魔剣に闘気を込め、剣を振るう。
「……斬り裂け!」
漆黒の剣がうなりを上げ、黒い斬撃にぶつかる。
ドォォォォンッ!!!
激しい衝撃波が夜の街道を飲み込み、大地が砕ける。
ヴォルフガングの魔剣は、ただの剣ではない。それは魔族そのもの。
純粋な力比べでは、僕が劣るようだ。
やはり僕の力が本来の三分の一では純粋な力比べに負けてしまうようだ。
だが、僕には奴にはないものがある。
僕は魔剣の力に飲まれることなく、それを“支配する”ことができる。
「……なら、試してやるよ」
魔剣に魔力を流し込み、漆黒の輝きを増幅させる。
「魔力を喰らえ、魔剣『冥哭』」
僕の魔剣が周囲の魔力を喰らい始める。
それは術者もヴォルフガングの放つ黒い霧も関係ない。
全てを飲み込むように吸収し始める。
「なっ……!?」
ヴォルフガングの目が驚愕に見開かれる。
「お前……俺を喰らってるのか!?」
その通りだ。この魔剣『冥哭』。魔力を喰らう魔剣。
ヴォルフガングが魔剣そのものなら、こいつは奴を“喰らう”のに最適な魔剣だ。
僕は剣を振りかざし、一気に突進する。
「おおおおおおっ!!!」
黒い光が迸る。ヴォルフガングが剣を構え、迎え撃とうとするが、奴の刃が軋むように震えている。
「チッ……!」
奴の剣が、僕の魔剣によって“喰われ”始めているのを、ヴォルフガング自身が理解した。
「そんなこと、させるかよおおおおおっ!!!」
ヴォルフガングが吼え、全身の魔力を爆発させる。
漆黒の波動が広がり、辺りの空間を呑み込んでいく。
「これは……っ!」
僕は瞬時に距離を取る。
魔剣の影響で、ヴォルフガングの肉体が変異していく。
指がさらに伸び、爪が鋭く、獣のような牙を持つ口が不気味に笑う。
「見せてやるよ、俺の本当の力をな!」
ヴォルフガングの魔剣が咆哮する。
「“魔剣解放・黒闇の覇道”!!!」
瞬間、黒い霧が爆発的に広がり、大地が裂ける。
魔剣の魔力を解放し、自らを魔族として完全に変貌させた。
「……化け物が」
僕は静かに呟く。もはやヴォルフガングの人としての原型はない。
魔剣と一体化した魔族そのものだ。
「さぁ、やろうぜ!」
ヴォルフガングの魔剣が、一閃する。
だが、僕も負けるつもりはない。
「醜いな」
「あぁ?!」
「ただ、力だけを増大させて、魔力を纏っただけだ。貴様は魔族で、ヴォルフガングと契約を結んだんだろ?」
「何を言ってやがる?」
「本質は、僕もわからない。だけど、魔族は結局は寄生虫の集まりだってことだ。一人一人は強いとわがままに吠えているが、群れることもできない。人間がいなくちゃ糧を得るために生きていくこともできない」
僕はリュシアが服従の魔術で契約して、従っていることを感じている。
だが、ヴォルフガングと魔剣も同じではないのか? ヴォルフガングが強さを求め、魔剣はそれを与えることで、体を手に入れた。
「結局、貴様らは共存関係になって傷の舐め合いをしているだけだ。醜くて、キモいよ。お前らは本物の強者じゃない」
「ガキが!!!! お前に何がわかる!」
「わかりたくもない。わかる気もない。貴様を殺して、僕は次にいく」
漆黒の剣を構え、僕は再びヴォルフガングへ歩き出す。
剣戟が交差し、夜の静寂を引き裂いていく。
闇と闇がぶつかり合い、戦場が再び燃え上がる。
「お前は浅い。お前の剣など何の怖さも感じない」
闇が渦巻く戦場に、魔剣同士の衝突音が響き渡る。
ヴォルフガングの魔剣が唸りを上げ、黒き斬撃を放つ。その斬撃は大地を裂き、空間すら歪ませるほどの魔力を帯びていた。
「ククク……どうした? さっきまでの勢いは? 僕の剣がお前の魔力が削れていくぞ?」
「……ならば、それごと喰らい尽くすまでだ」
ヴォルフガングがゆっくりと魔剣を持ち上げる。
それに合わせるように、《冥哭》を振り上げる。
魔剣を喰らう魔剣、その力を今この瞬間、解放する。
「飢えているだろう……ならば喰らえ。お前の名に相応しい獲物をな」
僕の声に呼応するように、《冥哭》が脈動する。
黒き刃が蠢き、獣が飢えに震えるように、刃全体が軋む音を立てた。
「……なんだ? テメェの剣、さっきまでと気配が違うな?」
ヴォルフガングが警戒の色を浮かべる。
僕は一歩前へと踏み出し、魔剣を振り上げる。
「冥哭よ……その飢え、今こそ満たしてやる。魔剣喰らいの真髄」
黒い闇が剣の周囲に集まり、巨大な顎を形成する。
異形の獣が獲物を貪るように、蠢く闇がヴォルフガングの魔剣へと伸びていく。
「冥哭・
瞬間、魔剣が咆哮した。闇の顎がヴォルフガングの剣へと襲いかかる。
「なっ……!? クソがぁ!!」
ヴォルフガングが全力で剣を振るい、抵抗する。
だが、それは無駄なあがきだった。
《冥哭》の力は魔剣を喰らい、魔力を吸収する。
ヴォルフガングの魔剣の刃が、ゆっくりと侵食されていく。
漆黒の魔力が飲み込まれ、魔剣そのものが蝕まれていく。
「クソッ! 俺の剣が……俺の力が……!」
ヴォルフガングの悲鳴が響く。
奴の魔剣は、完全に《冥哭》に取り込まれた。
力を失ったヴォルフガングが、膝をつく。
僕は静かに息を吸い込み、剣を振り下ろした。
「消えろ、魔剣の化け物」
刹那、黒き刃がヴォルフガングを両断した。
黒い霧が弾けるように舞い、奴の姿が闇へと溶けていく。
「……終わりだ」
魔剣を納め、僕は静かにその場に佇んだ。
魔族としてのヴォルフガングは、もはや存在しない。
残るのは、静寂のみだった。