《sideヴィクター・アースレイン》
ヴォルフガングの体を包む黒い霧が、さらに濃密に広がっていく。
その闇の中心で、奴の魔剣が軋むように震えた。
もしも、リュシアに聞いていなければ、あれが“生きている”のだと知ることができなかった。
「気づいたか?」
ヴォルフガングが歪んだ笑みを浮かべながら、魔剣を掲げる。
刃の表面を這う黒い波紋が、脈動するように鼓動していた。異様な波動が周囲に広がり、空気そのものが重くなる。
「魔剣……いや、ヴォルフガングそのものか?」
波紋は魔剣から、ヴォルフガングにまで、脈動を繋げて完全に同化していく。
ヴォルフガングの変貌と共に、魔剣もまた変化している。
「それがお前の本来の姿か?」
僕は過去の戦いで、ヴォルフガングと刃を交えたことがある。
確かに奴は強かったが、今目の前にいるような“魔族としての姿”は見たことがない。
どうして未来ではその姿を見せなかった? 僕は、未来の戦いで“本当のヴォルフガング”を見ていたのか?
「なんだその顔……気になるか?」
ヴォルフガングが楽しげに笑う。
「まぁ、教えてやってもいいぜ」
奴は剣をゆっくりと持ち上げ、その刃を見つめた。
「こいつはな……“俺”なんだよ」
「……」
「俺がこの剣を持ったんじゃねぇ……この剣が、俺を自身だ。くくく、お前のような間抜けな小僧にはわからんだろ?」
自我を持つ剣が、ヴォルフガング。
「なぁ……お前、知ってるか?」
ヴォルフガングが、剣をゆらりと振る。
「魔族って存在を」
「魔族? そんな滅んだ雑魚のことなんて知らないな」
「くくく、これだから、お前のような馬鹿な人間を殺した時に快感なんだ」
不気味な笑みを浮かべ、全身に波紋をほろげていく。ヴォルフガングの体は、半分が剣に侵食されていた。
「魔剣ってのはな……“使う者の魂を喰らいながら”育つんだよ」
「……なるほど、お前はその宿主の魂を喰らっているのか?」
「そうさ、俺も最初はただの剣だった……でもな、戦場で血を吸い、死を喰らい、魂を味わううちに、自我を持つ体を得て、更なる絶望を味わうために俺はいるんだ!」
ヴォルフガングの言葉に、俺は目を閉じた。
魔剣が意思を持ち、それが持ち主と融合する。
「たまに将来が有望なガキを育ててやるんだ。そして、そいつが希望を持って力を持ったところで、ブスリと後ろから刺し殺してやるのよ! あの時の顔は快感だぜ! 希望に満ちて強くなったと勘違いしたところで、師匠に殺されるんだからな!」
ベラベラと自分の好みについて話だす。
「俺は魔剣の魔族だ。だからこそ、強さを求める奴が強さを手に入れる瞬間に殺してやるのが大好きなんだ」
「なら、どうして奴隷商人を襲った?」
「くくく、極上の料理を食べる前には、小腹が空くもんだ。俺は強いと思っているガキを殺す。その前の栄養補給をしていただけさ」
こいつは俺を見つけ、育てた。
それが殺すためだった? だが、殺せなかったから全盛期の自分ならと言ったのか?
「だが、お前も美味そうだ。俺は強いやつをいたぶって殺すのが最高に好きなんだ!」
ヴォルフガングの瞳が、不気味に赤く輝く。
「“俺”は剣であり、剣が“俺”だ。馬鹿な人間。わかったか?」
黒い霧がさらに広がり、ヴォルフガングの姿が変異していく。
腕の皮膚がさらに黒く染まり、足元に這う影が剣へと収束していく。
「お前が戦ってたのは、人間のヴォルフガングじゃない。すでに、“剣に喰われた存在”魔族様ってわけだ」
なるほど。
僕が未来で戦ったヴォルフガングは、すでに“完全に魔剣の支配下”にあった。
だが、計画が失敗して、逃げることもできなくなり僕の側にいた? 戦場を駆け抜ける中で、他の強い奴らを喰えたから。
今、目の前のヴォルフガングは違う。
戦場にも、ましてや、弟子もいない。
「俺様は、魔族として覚醒した……いや、正しくは魔剣そのものになった」
ヴォルフガングが高らかに笑う。
奴の剣が脈打つ。
刃の表面に無数の目のような紋様が浮かび、ぞわりと蠢いた。
「この姿……これが、本当の俺だ」
「……」
僕が見たことのない姿。
だが、これが本来のヴォルフガングなのだろう。
「ククク……さぁ、どうする?」
ヴォルフガングが剣を構える。そこにあるのは、もはや“人”ではない。
ただの魔剣と融合した化け物だ。
ならば、僕がすべきことは決まっている。
「……なるほどな」
魔剣が剣士を喰らい、魔族となる。
ならば、僕のやるべきことは
「何も変わらない。お前に聞きたいことは聞けた。そして、お前という人間は底が浅くて、なんの面白味も深みもない。ただの闘争本能だけでの獣だ。知能のかけらも感じられない」
ベラベラと自慢げに種明かしをしてくれたヴォルフガングは、僕が求めた相手じゃない。
ならば、僕がヴォルフガングを断ち斬る。
「フフ……その目はいいねぇ。お前みたいなやつを何人も殺してきたんだ」
ヴォルフガングが、不気味に嗤う。
「だったら見せてみろよ! 魔剣を持つ貴様が、俺を喰らえるかどうか!!」
次の瞬間、ヴォルフガングの魔剣が唸りを上げた。
黒い閃光が、月夜を裂く。
それに応じるように、僕も魔剣を振るう。
闇と闇がぶつかり合い、戦場が再び燃え上がった。