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第18話

《sideヴィクター・アースレイン》


 夜の森は静寂に包まれ、冷たい風が木々の間を抜けていく。


 死の森。


 その名の通り、魔物が巣食い、昼夜を問わず強者たちが命を奪い合う戦場だった。


 ここでの修行は過酷を極めた。


 強靭な肉体を作り上げ、闘気を極限まで高める。魔力を制御し、魔剣と一体化するように鍛え続ける。すべては、ヴォルフガングを討つために。


 熊のような巨大な魔獣と死闘を繰り広げ、闘気を膨らませる。


 オーガの群れと渡り合い、魔力を高めていく。手足が砕かれようとも、己の限界を超えるために、ただひたすらに戦い続けた。


「ご主人様、良い知らせと悪い知らせがあるわ」


 木陰から、リュシアがふわりと現れた。月明かりに照らされたその姿は、どこか楽しげで妖艶だ。


「どっちから聞く?」

「無駄話をしている暇はない。要点を言え」

「アハッ! 冷たいわね。でも、いいわ」


 彼女の金色の瞳が妖しく輝く。


「ヴォルフガングが、お腹を空かせて動き出したわ」

「……っ!」


 一瞬、胸がざわつく。だが、すぐに冷静さを取り戻す。


 あの魔族が動くということは、奴の“食事”が始まるということだ。


 リュシアから、魔族は一定数の時間が経てば、腹を空かせる。そして、それぞれの好みに合った食事をするという。


「どこだ」

「ここから東の街道沿い。ちょうど商隊が通る時間帯ね」

「ドイルには連絡しろ。屋敷で待機させる」

「了解♪ それで、ご主人様は?」

「決まっている」


 僕は一度屋敷に戻って準備をした。


 前回の冒険者ギルドで敗北してから、それほど時間は経っていない。


「闘気は二段階に到達したな。それに基礎の能力も自分が思う半分ぐらいは動ける」


 今の体は全盛期の三分の一を取り戻した程度だ。


 だが、これでいい。ヴォルフガングと戦うには。


 漆黒のコートを羽織り、仮面をつける。


 闇夜に紛れ、魔剣と共に戦うための装いだ。


「行くぞ」


 共はリュシアだけ。


 言葉と同時に、そのままヴォルフガングの元へ向かった。


 月明かりの下、地を蹴り、風を切る。


 今の僕は、過去の弱いヴィクターではない。鍛え抜かれた体、研ぎ澄まされた闘気、増大した魔力。すべてを駆使し、奴を討つための準備はできた。


 そして、街道沿いに差し掛かったとき、血の匂いがした。


 ……遅かったか。


 暗闇の中に広がる地獄絵図。


 奴隷商隊が襲われ、馬車は横転し、地面には血と死体が転がっていた。切り裂かれた男、胸を貫かれた女、そして、震える子供たち。


 そして、その中心に、ヴォルフガングがいた。


 漆黒の剣を手にし、微笑を浮かべながら、まだ息のある子供の喉元へと刃を突きつけている。


「……助けて……!」


 その言葉を聞いて、ヴォルフガングは口角を吊り上げた。


「助けてやるよ。永遠に楽になれる方法でな」


 瞬間、ヴォルフガングの剣が振り下ろされた。


「……っ!」


 その瞬間、僕は地面を蹴った。


 風を切り裂き、ヴォルフガングの剣が振り下ろされる前に、僕の魔剣がそれを迎え撃つ。


 ガキィィィンッ!!!


 激しい衝撃音が響き、ヴォルフガングの剣が跳ね上がる。奴は驚いたように僕を見つめた。


「……ほう?」


 返り血を浴びたヴォルフガングの金色の瞳が、興味を引かれた獲物を見つけたかのように光る。


「誰だ?」


 答えるつもりはない。


 僕はただ剣を構え、ヴォルフガングを見据えた。


「へぇ……いいねぇ、その目。殺す気マンマンじゃねぇか」


 奴は楽しげに笑う。


「さっきの一撃、なかなかだったぜ。……お前、何者だ?」

「お前が知る必要はない」


 低く告げると、ヴォルフガングは興味深げに首を傾げた。


「ま、いいさ。どうせすぐに喰らうんだからな」


 その言葉と共に、ヴォルフガングが漆黒の剣を振るった。


 速い。


 奴の剣閃は、Aランク冒険者たちの比ではない。まさに戦場を生き抜いてきた猛者の動きだ。


「……甘い」


 僕は一歩踏み込み、奴の剣を弾き飛ばす。


 ガキィィィンッ!!


「なんだと!?」


 ヴォルフガングの目が驚愕に見開かれる。


 先日の戦いとは違う。僕は全てを鍛え直した。


 闘気、魔力、剣技


 すべてがかつての僕とは別次元の領域にある。


「貴様、その動き……っ!」

「もう遅い」


 言葉と共に、魔剣を振り抜く。ヴォルフガングはギリギリで後退し、刃を交わしたが、その頬に一筋の切り傷が走る。


「……ほぉ? これはいい」


 奴は笑みを浮かべ、舌で流れた血を舐めた。


「これは楽しくなりそうだぜ」


 その瞬間、ヴォルフガングの全身から黒いオーラが溢れ出す。


 血の匂いと共に、漆黒の剣が不気味な光を放つ。


「お前……まさか……」

「気づくのが遅ぇよ」


 ヴォルフガングは笑う。


「そうだ、俺の剣はただの剣じゃない。魔族の力を宿す、“喰らう剣”よ」


 奴の背後で、怯える子供たちの声が響いた。


「お前の相手をする前に……こいつらを片付けてからにするか?」


 ヴォルフガングの剣が震える少年の首元へと向かう。


 その瞬間、僕の体が無意識に動いた。


「好きにすればいい」

「えっ?」

「へっ?」


 ヴォルフガングは、子供も僕の言葉が意外だったようだ。


「それでお前が強くなるならやってみろ。今のお前は雑魚だ。そして、お前程度の奴に僕は負けたのか? 雑魚すぎてつまらない」


 僕は子供が殺されることに心など動かない。


 人はちょっとしたことで心を変えて、僕を敵として判断する。


 従う者以外に、興味などない。


「どうしたやらないのか?」

「こんなガキいらねぇよ!」


 ドォンッ!!!! 地を蹴り、一瞬でヴォルフガングが間合い入り込んでくる。


「……」


 奴が魔剣を振り抜く。


 ガギィィンッ!! ヴォルフガングの剣と激突し、火花が散る。


「今のは不意をついたつもりか?」


 ヴォルフガングの笑みが、少しだけ崩れる。


「……はっ、おもしれぇ」


 再び剣を構えたヴォルフガングの瞳に、確かな殺意が宿った。


「やってみろよ、坊ちゃん」


 闇夜に、再び剣戟が響き渡る。


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