目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第17話

《side魔族ヴォルフガング》


 生まれた時に感じたのは、喉の渇きと、内臓が捩じれるような飢えだった。


 だが、それは食べ物を求めるものではない。


 俺は何者なのか? 生まれながらにそれを知っていた。


 血と叫び、絶望に染まった魂の残滓


 魂を喰らうたびに、俺は満たされ、強くなる。


 魔族、そう呼ばれる存在だと認識できた。


 最初に喰らったのは、瀕死の兵士だった。


 死の間際、希望を抱いた目をした男。その眼差しを向けてきた者を串刺しにした。


「頼む……助けてくれ……」


 男は震え、命乞いをした。


 助ける? いいな。お前を喰らうことで救いとしよう。


 俺は腹に渦巻く衝動のままに、男の魂へと手を伸ばした。


「ぐああああああああああああああ!!!」


 彼の叫びが響いた瞬間、俺の中に熱い何かが流れ込んだ。


 彼の記憶、彼の感情、彼の”生”そのもの。


 それを喰らうと、俺は満たされ、飢えが和らぐ。


 だが、俺はすぐに理解した。


 これは一時的な快楽にすぎない。


 喰らうことで得た絶望の愉悦。魂を喰らうごとに、俺の肉体は強化され、感覚が鋭くなっていった。


 次に狙ったのは、戦場の片隅で震える少年だった。


 仲間の死を見て、ただ怯えるだけの哀れな人間。


 恐怖の底に沈んだ魂ほど、甘美なものはない。


 俺は少年の目を見つめた。


 少年は涙を浮かべていた。


「生きたいか?」


 必死に頷く。だから、彼を選んだ。


「ならば我を手にせよ」


 少年が我の体を握る。魂がつながり合って、体を手に入れた。


 彼の記憶が流れ込んでくる。


 母親に愛され、兄に憧れ、未来を夢見ていた少年。


 それらすべてが、一瞬にして俺の栄養となる。


 甘美な味が喉を満たし、体に力が漲る。


 少年の体は、ただの”抜け殻”となって俺の物になった。


「ああ……これは……素晴らしい……」


 俺は心の底から、震えるほどの歓喜を覚えた。


“喰らう”ことは、俺の存在意義だった。


 ヴォルフガングという名と共にこの地に生まれた。


 そうして俺は、魂を喰らいながら戦場を彷徨った。


 兵士、民衆、貴族、盗賊……立場も身分も関係ない。


 喰らうたびに、俺の存在は確固たるものになっていく。


 ある日、俺の前に一人の魔族が現れた。


「随分と楽しんでいるようだな」

「……何者だ?」

「“同胞”と言ったほうがいいかもしれないな」


 魔族の男は、興味深そうに俺を見つめた。


「お前のような存在は珍しい」

「……だから、どうした?」


 魔族の男は静かに告げた。


「お前を殺して我の糧にしてやろう」


 俺は初めて同じ魔族を喰らった。


 悪くない。いや、これは凄く魂だけじゃなく、力が流れ込んでくる。


 俺は強くなりすぎた。


 もはや単なる兵士では、俺の前に立つことすらできない。


 だから、より”美味い”魂を求めて、貴族や騎士を狩り始めた。


 だが、貴族や騎士たちは、最期の瞬間すら”誇り”を持って死のうとする。


 それは面白くない。絶望を味わいながら死ぬ魂こそが、最高の美食なのに。だから俺は、彼らが守る”弱き者”に手を出すことにした。



 何年も密かに人を殺して生きてきた。いつの間にかAランク冒険者として呼ばれるようになり、俺は有名になっていた。


 だから、人知れず闇に紛れて食事をする。


 ある日、俺は奴隷商人のキャラバンを襲った。


 奴隷商人は汚い笑みを浮かべながら、金に目がくらんでいた。


「ひぃぃ! お、お助けを――」


 まずは、そいつの魂を喰らう。


 マズイ。欲深い者の魂には絶望はあるが、マズイ。


 もっと絶望している人間の魂が食いたい。


 奴隷たちがいる檻の前に立った。


 彼らは助けられたとでも思ったのか?


「た、助けて……!」


 必死にすがる奴隷たち。俺は、ニヤリと笑った。


「助けてやるよ。順番に”解放”してやる」


 最初に、屈強な男を引きずり出した。


「まずは、お前からだ」


 刹那、俺の手が男の胸を貫き、魂を掴む。


「ぎゃあああああ!!!」


 恐怖に染まる瞳が、絶望へと変わる。


 次に、女を引きずり出した。


「やめてぇ……お願い……」


 甘い。魂が甘い。彼女の悲鳴が響く中、魂を喰らう。


「ひっ……ひっ……」


 残るは、小さな子供。震える小さな身体。絶望に染まり、希望の欠片すらない。


 俺は、その顔を見るだけで、心が満たされていく。


「最高のデザートだ」


 だが、その瞬間、俺の剣は止められた。


「そこまでだ」


 静かな声が響いた。俺は舌打ちし、振り向く。


 月明かりの下、黒いコートを纏った影が立っていた。


「……ほう? なんだお前は?」


 己の姿を隠す怪しい奴。


 だが、相手が強いことが伝わってくる。


 ニヤリと笑いながら、俺は呟いた。


「いいぜ。お前の魂も、喰らってやるよ」

「食えるものなら食ってみればいい。貴様程度では何もできないだろうがな」

「ほう、随分とデカい口叩くじゃないか! 俺を誰なのか知らないのか?」

「イかれた殺人鬼だろ?」

「なんだと! くくく、どうやらわかっていないようだな。俺はAランク冒険者のヴォルフガング様だ!」


 そう言って剣を振り下ろす。


 食事を終えたばかりの俺は力に満ち溢れている。


 だが、叩き折るつもりで放った一撃は簡単に受け止められる。


 そういえば、先ほどもそうだった。


 子供を串刺しにしようとしていたのに、止められた。


「なんだ? その剣は?」

「これか? これは魔剣だよ。お前が魂を喰らう剣だというなら、これは精々魔力を喰らう剣だ。大したものじゃない」


 異様な雰囲気と、不敵に笑う黒いコートに嫌な気分を味わう。


 だが、これまで俺は負けたことなどない。


「なら、その魔剣ごと切ってくれるわ!」


 魔力を全開にして、俺はヴォルフガングの体を操る。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?