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第15話

 あの黒い剣が魔族? 面白い。


 未来から過去に戻った僕の最初の相手は人だと思っていた師匠じゃなく。


 魔剣によって操られていたヴォルフガングだった。


「リュシア。間違いないんだな?」

「ええ、私には魔族が感知できるの。間違いなく。あの黒い剣は魔族よ」


 あの漆黒の魔剣。


 生命を削る呪われた刃に対抗するには、今のままでは圧倒的に力が足りない。


 未成熟な肉体。

 充実には程遠い闘気。

 完全とは言えない無属性の魔力。


 そして、あの漆黒の魔剣に対抗する剣を僕は持っていない。


「やっぱり最後まで仲間として付き従っただけはある。あいつらは強い。今の僕じゃ勝てないことが十分に理解できたよ」


 闘気だけでは限界がある。剣術の鍛錬を続けても、ヴォルフガングのような歴戦の戦士に対抗するには、決定的な力が必要だ。


 何よりも、魔族だというなら普通の常識で対応できるはずがない。


 そして、一つの答えにたどり着く。


 侯爵家の宝物庫に眠る魔剣『冥哭』。


 かつて僕が未来で手に入れた魔剣。


 この剣を手に入れてから、ヴォルフガングの漆黒の剣と打ち合えるになったのを思い出した。


 しかし、『冥哭』を手にするためには、アークレイン侯爵家に伝わる試練を突破しなければならない。


 ただの試し斬りや力比べではない。


 この試練は、歴代の家の者ですらほとんどが突破できなかった過酷なものであり、もしも失敗すれば、二度と魔剣に触れることは許されない。


 だが、そんなことは関係ない。


 今の僕にとっては、それしか道がないのだから。


 夜が明けると同時に、僕は侯爵の元へと向かった。


 アークレイン侯爵家の執務室に足を踏み入れる。


 過去に戻ってから二度目のアースレイン侯爵家の部屋に入るのは半年ぶりだった。


 前回は、自分の体はボロボロで、必死に訴えるためにやってきた。

 だが、今回はヴォルフガングへ対抗する手段を手に入れるため、確信を持って訪れている。


 重厚な机の向こう側に座るのは、父であり、この領地の支配者であるグレゴール・アークレイン。


 威圧的な空気を纏い、貴族然とした姿勢で僕を見据えている。


「ヴィクター……何の用だ?」


 侯爵が低く重厚感を感じさせる声が、厳しい眼差しとともに問いかける。


 僕は迷いなく、その目を見据えた。


「魔剣『冥哭』の試練を受けたい」


 ビクッと父の顔が反応を示した。


 一気に空気が冷たくなっていく。


 父の隣には使用人が立っており、驚愕した顔を僕に向けてくる。


 侯爵はしばらく沈黙を保っていたが、やがて低く笑った。


「ふむ……お前が、あの試練を受けると? 死にたいのか?」

「死ぬつもりはありません。僕なら手に入れられると確信しています」

「ほぅ、貴様にその資格があるとは思えんがな」


 侯爵の冷淡な言葉に、使用人は恭しく頭を下げて控える。


「ヴィクター、お前が強くなっていることは、報告を受けている。だが、まだ早すぎる」

「あの試験に早い遅いが存在するのですか?」

「なにっ? どうしてお前が試験の内容を知っている?」


 否定的な言葉に対して、僕は一度攻略していることをどうやって説明しようか考える。


「知っているとしか言えませんね」

「……なら、試してやろう」


 侯爵は目を細める。その瞬間に、空気が重くなる。


「どうして冥哭を欲する?」

「僕には、どうしても手にしなければならない理由がある」


 父親であっても僕は物怖じするつもりはない。

 未来から戻ってきたことを話すわけにはいかない。


 だが、それでも僕は言葉を紡いだ。


「強くなる。……今のままでは、足りない」


 侯爵は僕の目をじっと見つめた。


 やがて、ゆっくりと口を開く。


「よかろう」


 その言葉に、使用人が驚いた顔を向ける。


「旦那様、本当に試練を受けさせるのですか?」

「失敗すれば、今後一生魔剣には触れられん。ヴィクターはその覚悟を持って、我に可能性を示した……」


 侯爵は静かに手を上げて、使用人を黙らせた。


「試す価値はあるだろう。……貴様にその覚悟があるのならな」


 僕は頷く。


「ある」


 侯爵は口元を歪めた。


「ならば、準備をしろ。試練は今夜行う」


 夜、僕は侯爵家の宝物庫へと向かった。


 宝物庫は、城の地下深くに存在する。


 分厚い鉄の扉の向こうに、歴代のアークレイン家の秘宝が眠っていた。


 その中心に鎮座しているのが、魔剣『冥哭』。


 そして、対を成す聖剣『光刻』。


 僕は聖剣には選ばれなかった。


 漆黒の刀身に、紅い光が揺らめくように浮かんでいる。


「試練を始める」


 アースレイン侯爵が宣言し、周囲の家臣たちが見守る中、僕は宝物庫の中央へと進んだ。


「魔剣『冥哭』を手にするためには、過酷な試練を突破しなければならない。準備はできているか?」

「もちろん」


 僕の言葉に、侯爵は満足げに頷いた。


「ならば、始める! 魔剣を握れ」


 僕が、魔剣『冥哭』を握った瞬間、宝物庫全体が闇に包まれる。


 視界が消え、空間が歪む感覚が襲ってきた。


 そして、気づけば僕は冥哭の影が創り出した異空間に立っていた。


 この試練を乗り越えなければ、魔剣は手にできない。


 ……ならば、やるしかない。


 僕はゆっくりと暗闇に向かって、一歩を踏み出した。


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