目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第14話

 訓練場の中央に立ち、目の前のヴォルフガングを見据えた。


 奴は腰の剣に手をかけ、まるで獲物を狙う獣のような眼差しを僕に向けてくる。


「……お前、相当鍛えてるな。だが、まだ甘いぜ」


 ヴォルフガングの目が鋭く光った瞬間、全身の肌が粟立つ。空気が変わった。Cランクのフラル、Bランクのクレイとは次元が違う。


 殺し慣れた戦士の気迫。


 単なる剣技ではなく、戦場で磨かれた殺意。


 それが僕に向けられている。


「……ほう、随分と凶暴な気配を出してくるじゃないか」


 無意識のうちに、剣を握る手に力がこもる。


「今のでも怖気付かないか、いいねぇ。坊ちゃんがそんな顔できるってことは、少しは楽しめそうだな」


 ヴォルフガングの足が地面を踏み鳴らした。


「始めるぞ!」


 言葉と同時に、奴が一気に間合いを詰める。その速さに、周囲の冒険者たちが息を呑む。


「……っ!」


 僕はギリギリで剣を振るい、奴の一撃を受け止めた。衝撃が腕に走る。重い。想像以上だ。


「チッ……ッ」


 後方へ跳び、体勢を立て直す。しかし、ヴォルフガングは一瞬の隙も見せず、すでに次の一撃を繰り出していた。


「……ッ!」


 反射的に剣を動かし、奴の斬撃を弾く。


「ははっ、いいねぇ! それだよ、それ!」


 ヴォルフガングは笑いながら、さらに剣を振るう。踊るような剣裁き。攻撃の流れに一切の淀みがない。


「お前、どこでそこまでの経験を積んだ?」


 ヴォルフガングが、僕の経験に気づいた。


 最後まで仲間として戦っただけのことはある。


 強い。


「いいねぇ……」


 僕は僅かに口元を歪めた。そう、これこそが僕の求めていた戦いだ。


 全盛期のヴォルフガングはどこまで強かった? 奴は何を失って弱くなった?


「行くぞ……!」


 剣に闘気を纏わせ、全身の筋肉を一瞬で活性化させる。体が軽くなり、ヴォルフガングの動きが遅く見えた。


「――――」


 地を蹴り、一気に間合いへ飛び込む。


「おっと!」


 ヴォルフガングが僅かに驚きの表情を見せるが、すぐに剣を振るい僕の斬撃を弾く。


「悪くねぇ。だが……!」


 ヴォルフガングが笑い、全身の力を込めて剣を振り下ろした。


「チッ!」


 僕も全力で剣を振り上げ、受け止める。


 ガキィィィンッ!! 激しい衝撃が訓練場全体に響き渡り、その衝撃で互いに大きく後退した。


「はぁ……はぁ……」


 息を整えながら、ヴォルフガングを睨む。


「ふぅ……今の一撃、なかなかだったぜ。だが……まだ終わりじゃねぇ」


 ヴォルフガングは腰の剣をもう一本抜いた。それは異様な漆黒の輝きを放つ剣だった。


「……なんだ、それは?」


 無意識に一歩後ずさる。


 何かがおかしい。この剣……ただの武器じゃない。いや、未来でも見たことがあるような気がする。


「お前に見せるつもりはなかったが……ご褒美だ。これが、俺の本気ってやつだ」


 ヴォルフガングの笑みが狂気を孕んだものに変わる。


 その瞬間、肌が総毛立った。


「……ッ!」


 ヴォルフガングの漆黒の剣が空気を切る。ただの斬撃ではない。


 ――何か、“異質なもの”が剣に宿っている。


「さあ、来いよ。俺の”闇”を受け止められるならな」


 訓練場が静まり返る。周囲の冒険者たちは、一様に息を呑み、後ずさった。


 誰もが感じ取っていた。これは、普通の戦いじゃない。


 直感的に理解する。この剣はただの武器じゃない。


 ふと、相棒だった剣のことを思い出す。


 魔剣! そう呼ばれる剣を僕も持っていた。


 ヴォルフガングの漆黒の剣が、闇を纏いながら音もなく振るわれる。


 その一閃を、本能的に回避した。


「……ぐっ!」


 胸元を掠めるようにして、闇の剣が通り過ぎる。


 触れていないのに、そこからじわりと痛みと冷気が広がっていく。


「ククク……どうした? さっきまでの勢いは?」


 ヴォルフガングの口元に、薄く笑みが浮かぶ。


 何かがおかしい。斬撃を受けたわけではないのに、体が鉛のように重くなる。


 まるで、力が吸い取られていくかのような――。


「おいおい、もう終わりか?」


 ヴォルフガングが不敵な笑みを浮かべる。


「この剣はな、生命力を削るんだよ」

「生命力を……削る?」


 驚きに目を見開く。


「そうさ。触れただけでな……お前の生命力、つまり闘気を喰らうんだ」


 ヴォルフガングが剣を振るい、僕の体を狙う。


 避けられない。いや、体が動かない。


「ははっ、やっぱりな」


 ヴォルフガングの剣が右肩を掠めた。


「……ッ!」


 視界が暗くなり、意識が深い水底へと沈んでいくような感覚が広がった。


 僕は、負けたのか?


「ぐっ!」


 一瞬、意識が飛んでいた。


「……ヴィクター様? ヴィクター様!」


 ドイルの声が遠くで聞こえる。ゆっくりとまばたきを繰り返しながら、頭を振る。


「ドイル?」

「はい!」

「ワン!」


 僕の目の前にドイルと、エリザベスがヴォルフガングに対峙していた。


「お前たち」

「はは、どうやら味方に助けられたようだな。まぁ、テストは終わりだ。俺の一撃を耐えたことは褒めてやる。Bランクを倒した。だが、仲間がいなければ命を落とすバカな野郎だ。Cランクから始めやがれ」


 そう言ってヴォルフガングは剣を納めて、立ち去っていく。


 どうやらドイルとエリザベスに助けられたようだ。


「ぐっ!」


 魔力を奪われたことで、一気に体が重くなる。


 ドイルに肩を借りて休憩室で眠りについた。


 次に目を覚ますと見知らぬ天井に戸惑いを覚えるが、受付嬢が隣にいる。


 状況を思い出す。そうだ、僕はあの剣にやられたんだった。


「……ヴィクター様はCランクの認定として正式に認められました。あのまま戦っていたら、本当に危険でした。でも、ヴィクター様の実力はギルドでも高く評価されます」


 受付嬢は微笑みながら、一枚のギルドカードを差し出した。


「正式に冒険者として登録され、ランクはCですが、Bランクに近い評価です」


 ギルドカードを受け取り、静かに頷く。


「……そうか」

「ですが、無茶はなさらないでください。あのような戦いを続けていては、命がいくつあっても足りません」


 受付嬢の言葉には純粋な心配が滲んでいた。


「僕の勝手だ」

「ドイル様はフライ様に勝利して、テイマーのリュシアさんはエリザベスちゃんと共にCランクです。ですからパーティー全員がCランクで、チームとしてBランク認定を受けられることになりました」


 受付嬢の説明を聞いて、僕はギルドカードをポケットにしまった。


 ギルドの外へ出る。沈みかけた夕日が、空を赤く染めていた。


「負けちゃったね〜、ご主人様♪」


 どこにいたのか、リュシアが楽しげに笑いながら現れた。


「うるさい」


 苛立ちを隠せずに歩き続ける僕の横で、リュシアはくすくすと笑い続けている。


「でも仕方ないわよね。あの剣……ご主人様じゃまだ勝てないわ」


 足を止め、リュシアを睨みつけた。


「どういう意味だ」

「教えてほしい? 教えてほしいんだ?」


 リュシアは悪戯っぽく笑う。


「お前の役目だろ」

「アハッ! あの剣はね……」


 リュシアの笑みが消え、金色の瞳が妖しく輝く。


「“魔族”よ」

「……なんだと?」


 一瞬、言葉が出なかった。


「あの剣に宿っているのは、魔族の魂よ。ヴォルフガングは人間だけど……彼は気づかないうちに、魔族に取り憑かれているの」

「取り憑かれている……?」


 すでにヴォルフガングは魔族に操られていた?


「ふふ、つまりね、ご主人様。ヴォルフガングは人間の皮を被ったまま、魔族の武器を使い続けているの」

「そんなことが……」


 信じがたい話だ。未来でも、ヴォルフガングは剣術の師だった。


 それが満足だったなんて……。


「簡単なことよ。魔族は消えたんじゃない。人間の中に紛れ込んで、じわじわと支配を広げているの」


 リュシアの言葉が、脳内で反響する。


「ふふ、どうするの? 今のご主人様じゃ勝てないよ?」

「……決まっている」


 ギルドカードを握りしめる。


「もっと強くなる。次こそ、あの剣を叩き折る」


 リュシアの口元が、満足そうに歪む。


「アハッ! いいわね、ご主人様♪」


 僕は絶対に、負けたままで終わらない。


 ヴォルフガングを、倒す。いい目標ができた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?