訓練場に足を踏み入れると、目の前にはCランク冒険者のフラルが剣を肩に担ぎながら待ち構えていた。
周囲には野次馬の冒険者たちが集まり、興味深そうにこちらを眺めている。
「アハッ! ご主人様。悪者だ〜」
僕の隣で楽しそうにリュシアが微笑む。冒険者たちの視線がリュシアに集まるが、彼女はそんなことは全く気にしていないようだ。
「あの子可愛くねぇか?」
「まだ幼いだろ?」
「それがいいんだろうが!」
「「「えっ?」」」
不穏なことを言っている奴もいるが、全てを無視する。
「おいおい、本当に戦うつもりか? 俺はCランクのフラルだぜ? 貴族の坊ちゃんが俺に勝てると思ってるのか?」
フラルは不敵な笑みを浮かべながら、僕を見下すように睨みつける。
「勝てるかどうかじゃない。お前は僕の踏み台になるだけだ」
僕は傲慢な笑みを浮かべながら、木剣を手に取った。
「はっ、随分と舐めた口をきくじゃねぇか! なら、後悔させてやるよ!」
フラルが木剣を構えた瞬間、ギルドの受付嬢が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「待ってください! 本当にやるんですか!? フラルさんはCランクの冒険者です! いきなり相手にするには無謀すぎます!」
「黙れ。僕の決めたことだ」
僕は冷たく言い放つと、フラルの方へ向き直る。
「準備はいいか?」
「ははっ、面白ぇ! 後悔するなよ!」
フラルが勢いよく踏み込んできた。
……遅い。剣神と呼ばれた僕の全盛期には遠く及ばない。いや、今の僕にすら及ばない。
フラルの木剣が振り下ろされる瞬間、僕はわずかに身体をずらして回避する。力は確かに強い。そのまま横薙ぎに木剣を振るった。
「ぐはっ!?」
フラルの身体が吹き飛ぶ。地面に転がった彼は、息を切らせながら僕を見上げた。
「な……に、今……?」
「お前が弱いだけだ」
僕は木剣を肩に担ぎながら、ゆっくりとフラルに歩み寄る。
「ちっ……まだ終わっちゃいねぇ……!」
フラルが再び立ち上がり、剣を構え直した。
「いいぞ、少しは根性があるみたいだな」
僕は挑発的に笑いながら、木剣を軽く回す。
「次で終わりだ」
瞬間、僕は足を踏み込んだ。フラルの反応が遅れる。僕の剣が彼の腹に突き刺さるように打ち込まれ、そのままの勢いで地面に叩きつけた。
「ぐっ……!」
フラルは苦悶の表情を浮かべたまま、二度と立ち上がることはなかった。
周囲が静まり返る。僕は木剣を投げ捨て、受付嬢に向かって言った。
「次はBランクだな」
「え……?」
「この程度では話にならない。Bランクを出せ」
僕の言葉に、冒険者たちの間でざわめきが起こる。
「おいおい、冗談だろ……?」
「今のを見ただろ……フラルが完封されたんだぞ……?」
そんな声が飛び交う中、一人の男が立ち上がった。
「俺が相手をしてやる」
Bランク冒険者の男が前に出る。
「面白い、かかってこい」
僕は再び木剣を拾い上げ、次なる戦いに備えた。
Bランク冒険者の男は、フラルとは違い、鋭い目つきで僕を観察していた。
「お前、名は?」
「目上の者には礼儀を示せと習わなかった? 貴族の坊ちゃん」
「それは悪かったな。僕はヴィクターだ」
「クク、いいぜ、俺はクレイだ。Bランク冒険者だが……さっきの戦いを見て、少し驚いたよ。フラルをあれほど簡単に倒すとはな。だが、ランクが違うということはそれだけ強さに差があるってことだ。それを思い知らせてやる」
クレイはゆっくりと木剣を構える。
「手加減はしないぞ」
「望むところだ」
僕も剣を構える。今の僕は、全盛期の力には程遠い。だが、それでも、Aランク冒険者程度になら負けるつもりはない。
「……始め!」
掛け声と同時に、クレイが動いた。素早い踏み込みと、低い姿勢からの突き。
僕は軽く体をひねって躱す。
「なるほど……Cランクとは違うな」
「当然だ!」
クレイはそのまま流れるように剣を振るう。
横薙ぎ、斜めの斬撃、下段への蹴り。次々と繰り出される攻撃を、僕は最小限の動きで避ける。
「なんだ、守りに徹するだけか?」
クレイが挑発するように笑う。
「いや、今ので十分だ」
「なに……?」
僕はクレイの剣筋、足運び、体重移動を観察していた。
こいつは、力強さを重視した剣士だ。スピードはあるが、その分、一撃に込める力が大きい。つまり、攻撃の瞬間にわずかな隙が生じる。
フラルの上位版である似た剣士だ。
「終わらせるぞ」
僕は一歩踏み込んだ。
「……!?」
クレイの表情が驚きに染まる。僕の剣が彼の防御を割り、腹部に打ち込まれる。
「ぐっ……!」
次の瞬間、僕はさらにもう一撃、彼の肩口へと振り下ろした。
「……がはっ……」
クレイの身体が地面に崩れ落ちる。
Bランク冒険者ですら、この程度か。僕は木剣を地面に投げ捨て、周囲を見渡す。
訓練場に沈黙が走る。
Cランクのフラルを圧倒し、Bランクのクレイを打ち倒したことで、冒険者ギルドの空気は一変した。
全員が息を呑み、僕を注視している。
「……次は誰だ?」
木剣を地面に突き刺し、辺りを見回す。
だが、誰も名乗り出ない。静寂の中、低く、乾いた笑い声が響いた。
「ほう……貴族の坊ちゃんが、ここまでやるとはな」
奥から、ゆっくりと歩いてくる男がいた。
黒いコートを羽織り、腰には二本の剣。鋭い眼光を持ち、冒険者としての実力が滲み出ている。
初対面のはずだが、僕は知っている。
ヴォルフガング、Sランクに手が届く実力を持つ、Aランク冒険者。
過去の記憶でも、こいつの名前は覚えている。
「ヴィクター・アークレインとか名乗ってたな? お前、なかなか面白いな」
「……お前が次の相手か?」
ヴォルフガングは片眉を上げ、不敵な笑みを浮かべる。
「まぁな。さっきの戦い、興味深く見させてもらったよ。だがな……」
彼は腰の剣に手を添え、ゆっくりと引き抜いた。
「Bランクの中でも雑魚を倒したぐらいで、イキるにはまだ早いぜ?」
ギルドの訓練場が、再び静寂に包まれる。
全盛期のヴォルフガングが、どれほどのものか? だが、この体ではまだ完璧ではない。
試すには、ちょうどいい相手だ。
「面白い……お前を倒せば、もう少し上が見えてくるかもしれないな」
僕は無表情のまま剣を構え、ヴォルフガングと対峙する。
戦いの幕が上がった。