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第2話

 ウイルを倒したことで、屋敷で暮らすことを許された。


 だが、僕には味方がいない。だからこそ、拷問部屋にやってきた。


「どうやら死んではいないようだな」

「あんた!」

「黙れ!」


 僕が何かをいう前に、執事のドイルがアマンダの頬を殴る。


「ドイル、何をするのよ!?」

「アマンダ。すでにヴィクター様はウイルに勝利した。アースレイン侯爵様に認められた方だ。我々が口答えできる相手ではない」

「えっ?!」

「状況がわかったなら、お前がするべきことも理解できたはずだ」


 ドイルが淡々と説明すると、アマンダが怯えた視線を向けてきた。


 そして、膝を折って頭を下げる。


「ヴィクター様、今までの非礼をお許しください!  誠心誠意お仕えさせていただきますので、どうかご慈悲を!」


 殺されると思っているのだおる。涙を流しながら、許しを乞う。


 これもまたアースレイン家では当たり前の光景だ。強い者が全てを支配し、地位や実力だけで価値が決まる。


 相手の地位や実力で全てを判断する。


「アマンダ。お前を僕の専属メイドにする。もちろん、次に僕の不利益になることをすれば殺す。僕が不快に思うことをしても殺す」

「ひっ!? あっ、ありがとうございます!」


 怯えながらも嬉しそうに笑顔を見せる。


 歪んだ世界だ。


 メイドのアマンダ。若い執事ドリルを専属につけた。


 落ちこぼれの僕に与えられていたのは、拷問室とボロボロの小屋だった。


 劣悪な環境で育ち、暗殺者か、戦場で死ぬだけの肉壁として使うだけの存在。


 だが、一度でも力を示せば環境は変わる。


 ウイルの部屋だった場所は、すでに清掃され、匂いも完全に消え、僕の部屋として用意されていた。


「第一段階はこんなものだな……」


 環境を整えられたなら、次はこの病魔に侵されたガリガリな体だ。


 今も不快な感覚が体を蠢いている。


「ドイル、食事を持って来い。肉と野菜を中心に」

「はい!」

「アマンダ、しばらく部屋に来なくていい。だが、呼べばすぐに来い」

「かしこまりました!」


 慌てて飛び出していく二人を見送る。


 僕が死んだのは二十五歳の時だった。


 今から十三年後の世界。


 どうして過去に戻ったのかはわからない。


 神が与えた気まぐれか、悪魔が僕を呼び覚ましたのか? それもいつかは突き止めてやる。


「これは真実を知るためのチャンスだ」


 どうして僕は裏切られた? 

 どこで間違った? 

 出会った時から、すでに裏切られる運命だったのか?


 それがわからないからこそ知りたい。


「未来の出来事は、一つの分岐点で大きく変わる。果たして原因を探ろうとして見つかるだろうか?」


 思考を整理する。


 僕の生まれたアークレイン侯爵家は、かつて勇者を助けた剣神の家系だった。


 これは子供の頃から聞かされてきた御伽話であり、よくある国の成り立ちを表す伝承だ。


 魔王や魔族という存在が、人族を支配していた時代。


 一人の勇者が現れて、世界を救ったという。

 その時に勇者と共に戦った者たちがいた。


 その一人が初代アースレインであり、剣神と呼ばれるほどの人物だった。


「魔族など存在するはずがない」


 馬鹿げた御伽話だ。


 二十五歳まで生きたが、一度も魔族に出会うことはなかった。


 魔物は存在するが、所詮は獣であり、知性を持たない存在だ。


「家のことよりも、自分自身のことだな」


 幼い頃の僕は病気ばかりしていて、体は細く、剣もろくに振るえないほどに弱かった。


「別人だな、僕は……こんなにも弱いのか……」


 強くならなければ真実には辿り着けたない。


「まずは、闘気の操り方を取り戻す事から始めよう」


 ウイルと戦っている時に使った闘気はあまりにも弱くて瞬間的な力しか出せなかった。


 闘気は、人の生命力とも言われ、魔力とは違う体内のエネルギーを操作することで、肉体の筋力を増加させたり、強化することができる。


 僕の場合は、闘気をコントロールすることで、己の自己治癒力を向上させられることに闘気を使うことに特化させた。


「ふぅ〜!」


 坐禅を組み、ゆっくり呼吸を整えた。腹よりも下にある丹田と呼ばれる生命の中心。気の流れが気道を通り、全身へと張り巡らされる。


 闘気が全身に行き渡れば、体の体温は上昇して熱くなり、体から汗が吹き出す。


「うっ!」


 しかし、心臓と肺に気の流れを阻害する異物が存在していた。


 この体を蝕んでいる病魔だ。


 気の流れを早くして、一気に体の外へと病魔を押し出す。


「ブハッ!」


 溜まっていた病魔が口から血液と混ざって吐き出される。


「ハァハァハァハァ、まずは第一段階成功だな」


 闘気を使うための気道は開いた。

 自己治癒力を高めたことで、病魔を排出することにも成功した。


「これで!」


 弱い体を鍛える準備はできた。病魔が取り除かれた体は、先ほどよりも軽く感じて、息苦しさはない。


 剣を手に取り、足を開き、基礎の構えを取る。肩幅に足を広げ、剣の重さを両腕で支える。だが、両腕が震え、まともに支えられない。


「懐かしい。だが、情けない。自分のことのはずなのに、随分と昔に思える。こんなに……重かったんだ」


 剣を軽々と振るい、戦場で無数の敵を切り伏せていた。


 だが、本来の僕はこんなにも弱かったんだ。目を閉じて深く息を吸い込む。


「必ず、力を取り戻す」


 剣神と呼ばれる未来を知っている以上、同じ高みに登れる体であることは知っている。この小さな体は強くする。


 再び力を宿すために、まずは基礎から積み上げていく。


「ヴィクター様、お食事をお持ちしました」

「ああ。入れ」


 大量の肉や野菜、スープなど食事が運ばれる。


 どんどん腹の中に食事を納めていく。


「そんなに一気に食べては喉を詰まらせます?!」

「黙れ!」


 ドイルが驚いた声を出すが、そんなものは無視だ。


 今の僕にはエネルギーがいる。腹がパンパンに膨れたところで、闘気を循環させてエネルギーへ変換する。無理やり開いた生命力に栄養を注ぎでいく。


 膨れていた腹は、小さくなって腹の中は空っぽになった。


「スゲー!」


 ドイルが、持ってきた十人前の食事が消える頃には、僕の体はガリガリではなくなっていた。


 病魔を排除して、闘気を循環させ、エネルギーを充実させたことで血色も良くなった。鏡に映るのは、年相応な健康的な少年の体だった。


「外にいく」

「いっ、いってらっしゃいませ!」


 アースレイン侯爵家の広い庭園に足を運ぶと、日差しが木々の間から降り注いでいた。鳥のさえずりと風の音が静かに響く中、僕は腰の鞘から剣を引き抜く。


「まずは型を確認だ」


 全身に闘気が巡らせ、栄養を補給した体を動かして定着させていく。


 先ほどまで重かった剣は、闘気を纏うことで振るうことができた。


 基本の型を一通り試していく。


 剣を振る。


 右、左、そして下段から上段への斬り上げ、動作自体は身体が覚えている。しかし、手足が思い通りに動かない。


 体が小さく、筋力が不足している。理想の動きに比べて遅い。剣筋が乱れて定まらない。


「……酷いものだな」


 剣を振るうたびに腕が痛み、息が切れる。闘気を発動しようと試みたが、まだまだ体中を駆け巡る力は感じられない。弱々しく流れを感じるだけだ。


 先ほど病魔を取り除いたことで、生命力も低下している。


「闘気の流れが……断片的だな。栄養を与えても定着していない」


 病魔を取り除いた程度で、断片的になるなんて情けない。


 この幼い体は、体内に流れる魔力や生命力の流れが不安定で暴れている。


「くっ……!」


 剣を振り上げるたびに、力が抜けていく。地面に剣の切っ先をついて、荒い息を吐く。思わずその場に座り込んだ。


「これが……剣神と呼ばれた現実か……」


 情けない気持ちが胸を締め付ける。あの頃の自分ならば、数百人の兵を相手にしても一歩も引かなかった。


 それなのに、今の僕は剣を構えるだけで悲鳴を上げる始末だ。


 拳を握りしめ、立ち上がる。もう一度剣を構え、深呼吸する。


 まずは、体を慣らすことが先決だ。闘気のおかげで病魔は取り除けた。


 だからこそ、基本的な体を鍛えることが大切になる。


 毎日、闘気を全身に巡らせる訓練と、体を鍛える素振りを百回、二百回と繰り返した。足の運びを意識しながら、攻撃と防御の動きを繰り返す。


「はっ、はっ……!」


 次第に剣を振るう感覚が戻ってきた。筋力は不足しているが、技そのものは体に染みついている。


 少しずつだが、剣筋が安定し、体が動きを受け入れるようになっていく。


「よし……この調子だ」


 汗が額を伝い、呼吸は乱れていたが、不思議と気持ちは清々しい。


 剣を握り直し、再び構える。


 元々、剣神の家系である我が家では強さこそが正義であり、弱い者は悪だ。


 日が沈みかける頃、僕は庭の片隅に座り込み、空を見上げた。


 手のひらには、何度も剣を握ったことでできた小さな傷が無数に刻まれていた。それを見つめながら、ふと思う。


「これでいい。僕はまた始めればいいだけだ」


 復讐を果たすために、この剣を再び磨く。立ち上がると、鞘に剣を収めた。


「まだまだだ。だが、必ず――」


 そう呟き、俺は一歩を踏み出した。


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