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第1話

 鞭で打たれる痛みは本物であり、これが現実であることは実感できた。


 だが、どうして十三年に戻ってきたのかわからない。


「聞いているの?! 泣き叫びなさいといっているでしょ!」


 頬に鞭が当たって痛い。アースレイン侯爵家の落ちこぼれとして、弱すぎてどうしようもなかったために、拷問部屋で仕置きをされていた。


「……アマンダ、反省しているよ。だから鎖を外してくれないか?」

「ふん! 本当に反省しているのかしら? あなたは口では反省しているというのに、いつも同じ失敗ばかりするから私は叱らなくちゃいけなくて大変なのよ」


 叱らなくてはいけないと言いながら、嬉しそうな顔をする。


「今回、僕は何を失敗したんだ?」

「そんなこともわかっていないのね! 朝に水汲みをしなさいと言っていたのに、予定の水量を汲めていなかったじゃない。本当に使えないわね」


 そういうことか、理由など何でもいいんだ。


 このアマンダという女は、アースレイン家に雇われたメイドで、僕の教育係も任されている。


 理不尽な理由で罰を与え、落ちこぼれとして使えない僕が、アースレイン家に逆らわないように体罰を与えることで従わせるのが目的だったな。


 生まれながらに、魔法が使えない。『無属性』の落ちこぼれ。それが僕だった。


 魔法だけでなく、体は病弱で激しい運動にも耐えられない。


 朝の水汲みすらも体力がなくて、時間に間に合わなかったのだろう。


 アースレイン家にとって、僕は「使えない存在」として扱われ、このような過酷な環境で育てられることになった。


 いつ死んでもいいと思われていたんだろうな。


「黙ってしまって、ふふ。本当に反省しているようね。ハァ〜ヴィクター、私も別にやりたくてあなたを鞭で打っているんじゃないのよ。あなたがちゃんとした大人に育てるのが、私の仕事なの。わかってくれるわよね?」

「ああ」

「なら、すぐに仕事に取り掛かって頂戴!」


 鎖が外されて、僕は自分の体を確かめる。


 懐かしい。


 十三年前の自分は、度重なる拷問と満足な食事が不足していて、栄養失調で痩せ細り、全身が鈍い痛みを感じる日々だった。


 こんな身体で戦うことができるのか? 笑わせる。そんなものは関係ない。


 強引に体の闘気を引き上げる。


「どれも懐かしい」

「えっ?」


 僕は躊躇なく、アマンダの頭を掴んだ。


「なっ!? 何をするのよ」

「黙れよ」


 そのまま彼女の顔面を地面に叩きつけた。


「ヒッ?!」


 さすがはアースレイン侯爵家に務めるメイドだ。歯を食いしばり、痛みに耐えている。


「あんた! こんなことをして、ただで済むと思っているの!?」

「ただで済まないならどうする?」

「すぐに鎖に縛り付けて、三日三晩食事を抜いてやるわ! それで鞭で打ちながら、殺してやる!」


 この頃の僕が、どれだけ理不尽な扱いを受けていたのか、理解できる回答をどうもありがとう。


「そうか」


 アマンダの両手を鎖に繋ぎ、壁に縛り付けた。


「なっ! 何をするのよ! すぐに離しなさい!」

「うん? 確か、三日三晩食事を抜いて、鞭で打ちながら殺すのだったか? 私はお前に殺されるつもりはない」


 僕はアマンダが落とした鞭を拾い、それを振り下ろした。


「あっ!? やめっ!?」


 どうやら闘気は断続的で、全身へ巡りが悪い。


「どうだ? お前が望んだことだろう?」

「ひっ?! 許して! 許してください。やめてください」

「どうしてだ? 毎日、僕にしていたことだぞ」

「グハッ!?」


 良いところに鞭が当たったのか、アマンダが下品な声をあげる。


「許して……」

「ああ、もう飽きた。許してやる。三日後に来る」

「えっ!?」


 僕はアマンダを放置して、扉を開く。拷問部屋のボロボロの床は軋み、外に出れば、一軒の巨大な屋敷が見えた。


「冷遇され、侯爵家でありながらも粗末に扱っても良い存在。従者たちからも奴隷のように扱われているか……傲慢貴族の再生としては丁度いい環境だ」


 思い出すこともなくなっていた。僕の過去。


 十二歳頃の僕にとって当たり前の境遇。


 手に持った鞭を持ったまま屋敷に向かう。


 庭を抜けて、本邸の扉を開く。


 薄汚れた服を着た僕が屋敷内を歩けば、使用人たちが怪訝な顔をする。


「なっ!? ヴィクター! 貴様が来るようなところではない! さっさと外へ出ろ!」


 声をかけてきたのは、若い執事で普段は使いっ走りをしていたはずだ。


 随分と偉そうなことを言ってくれる。


 誰に対して、言葉を発しているのかわかっていないようだ。執事程度が僕を止められるはずがない。


「黙れ!」

「グハッ!?」


 前に立った瞬間に、僕は鞭で執事の頭を吹き飛ばした。


 死んでいないのは、僕が弱いからか、相手が鍛えているのか……。


「運がいいな」


 若い執事は立ち上がってくることはなかったので、アークレイン侯爵の執務室へと向かった。


「なんだ? うん? ヴィクター、貴様にこの部屋に入る権利はない! 出ていけ」


 威圧を向けられるが、子供に対して向ける程度で大したことはない。


 バチン! 僕は床に鞭を打ちつける。


「決闘の申請する」

「ほぅ」


 この家は特殊だ。


 自分の力を示すために、決闘によって己の力を示さなければならない。

 弱い者に価値はなく、そして強くなければ当主にもなれない。


 だが、弱い者にもチャンスを与えられる。


 だからこそ、僕のような落ちこぼれが、強くなることで他の者たちと肩を並べられるほどになった。


「相手は?」

「グレイス」

「ふん、まだ早いな。どう見ても貴様はで勝てん。時間の無駄だ」


 グレイスは次期当主候補であり、目の前にいるアースレイン家の当主を倒す前哨戦だ。


「ならば、ウイルで」

「いいだろう。力を示してみよ」


 ウイルは僕の一つ年上の兄だ。


 典型的な弱い者を痛ぶる奴で、子供の頃は一番僕に対して訓練だというなの暴力を振るってきたのを覚えている。


 ♢


 目の前にはウイルが剣を構えて立っていた。


 申請をして、すぐに用意された決闘。


 それほどに、この家では日常的に行われている。


「おいおい、本気か? 俺様に決闘を挑むって、頭でもおかしくなったのか?」

「……」

「お前のみたいなガリガリに痩せた雑魚が、俺様に勝てるわけがないだろう? 無駄な時間を取らせやがって」


 煽り続けるウイルは、アースレイン家の五男として、剣術の才能をもっている。


 だが、今のこいつはその辺にいる盗賊よりも弱く見える。


 病弱でろくに訓練もしていないガリガリな体。だが、そんなの関係ない。


「うるさい、ザコ。早くかかってこい」

「なっ?! いいぜ。お前は今日殺してやるよ!」


 まともな食事をしていない。先ほどまで拷問を受けていた体は、体力もない。


 だが、ここが断罪された後に気まぐれな神によってもたらされた時間だというなら、それを最大限に活してやるよ。


 俺は自分が感じた疑問を解き明かす。


 なぜ、冤罪をかけられたのか? 

 どうして俺は断罪されたのか? 


 その真実を知りたい。知るために戦う。


「二人とも準備は良いな? 始めるぞ!」


 大勢のギャラリーに見守られながら互いに構える。


 アースレイン侯爵家の決闘は、働く者達の前で行われる。これもまた家のルールであり、力を示すのは皆に認めてもらうということだ。


「始め!」


 当主の声が響いて、ウイルが剣を抜いて鞘を放り投げた。

 構え方も変則的で、ゆらゆらと体を揺らして独特なリズムを作り出す。


「キエエエ!!」


 奇声と共に剣を振るうウイルを、僕は迷うことなく剣を抜くことなく殴りつけた。


「ガハッ!?」


 こんな奴に時間をかけるつもりはない。無駄な力はいらない。


 相手の力を利用してカウンターと共に意識を刈り取る。


 ウイルは性格が歪んでおり、情も湧いてこない。


「!!!」

「父上? このまま殺しますか?」

「勝負ありだ! 皆も見ていたな。最底辺はウイル。勝者はヴィクターだ。速やかに準備をせよ!」


 父上が声を張り上げれば、従者たちは速やかに動き出す。


 序列制度。


 アースレイン侯爵家特有のルールは勝者に様々な恩恵を与える。


 力こそが全て……生き残った方が勝利者だ。


 アークレイン侯爵家で働く者達は、弱者が強者に勝つ光景を何度も目にしている。


 覚醒や開花は人によってタイミングが違うのだ。唯一、こちらを見て震えているのは、僕を毎日罵っていた若い執事だった。


 鞭で打たれたのに頑丈な体をしている。


 僕は若い執事に近づいていく。


「今日からよろしくな。専属の従者にしてやる。嬉しいだろ?」

「はっ、はい! ヴィクター様!」


 怯えた視線を私に向けていた。


 臆病で、お人好しで、弱いだけの僕などもういらない。


 裏切られ、拷問され、断罪された。


 傲慢な貴族として生きてやろうじゃないか? 僕をバカにしている奴らは全員許さない。

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