アンナは件の少女に会うため、廊下を慎ましく歩いていた。
『ミカ・アニマ』はこのゲームの主人公で、高い魔力を捻り出すマナを持った超強力な乙女である。
本来の物語ならば
しかし高い魔力と彼女の慈悲深く優しい聖女っぷりに勇者候補最有力のイケメン七人が惚れていき、学園で甘酸っぱい青春を過ごす。
しかしそれはすでに破綻している。
なぜならそのミカという女子生徒と、あたし達はなんら関わりがなかったからだ。
彼女は平民出身で16歳の秋口に編入してきた。校長も気に食わなそうな顔で紹介してたし覚えてはいた。
しかし、こっちにはこのゲームを戦闘機よろしく音速で周回した猛者のレイナがいる。
編入してきたとき、「今、あの娘には関わるな」と散々言われてたっけ。
思い出を振り返っていると、ミカがいる教室の前に着く。
「アンナマリー様だわ!」
「いつ見てもお美しいブロンドヘア」
「でも余所で夜伽をして婚約破棄になったんじゃ」
「シッ。聞こえてますわよ」
ここ、低級のクラスがちょっとした騒ぎになった。
メルヘン家の影響力は国でも知れ渡ってる。
過去、何代も勇者を輩出した名門。貴族ではないが、国王や大臣にも顔が利く。
あたし達姉妹が校内を歩けば振り向かない者はいないほどの知名度だ。いやはや気分が良い。
ブレイブ学園には様々な家柄の生徒が在籍している。
そのほとんどが王族や貴族、その近縁者、豊富な魔力や純粋なマナを持つ上流階級の子息や令嬢。
そして低級、中級、上級の三種、六組のクラス分けにも家の名は影響してくる。
マナや魔力の測定は行われているが、魔力が同等かそれ以上でも家が無名では低級のクラスに振るわれる。
ミカもその一人で、その低級クラスをあたしは尋ねた。
「ミカ・アニマ様はいらっしゃいます?」
「み、ミカさんならあそこに! 呼んで参りますのでしばしお待ちを!」
不幸にも教室を出ようとした生徒がわざわざ呼んできてくれる。
「ご、ごきげんよう」
上級クラスの人間から急に名指しされれば、誰でも驚く。
黒く長い髪を揺らしてやってきたミカはおずおずと挨拶をした。
「貴方とお話がしたいんですけど、お時間よろしい?」
「は、はい! えっと、喜んで」
わぁっと歓声が上がった。凄くやりづらい。
あたしの声も通りづらいし、ミカの耳元へ口を寄せ、
「ここではアレですので、場所を変えませんこと?」
「ば、場所?!」
「えぇ。秘密の場所がありますの。どうかしら」
嫋やかな笑みを向けると、ぶんぶんと首を縦に振っていた。
見た目の清楚さから小動物のような動き。可愛いなこいつ。
「それでは、参りましょう」
手を差し伸べてミカを連れ出した。
そして一瞬、目が入った教室の端で妬ましそうにこっちを見る彼女の姿があった。
げっクルミちゃん。