普通の会社員と普通のOL。
多少こじらせた趣味はあったけど、死ぬまでは上手くやっていたとレイナは思う。
まさか戦闘機の趣味の違いで離婚する羽目になって、しかも離婚届にサインしようとしたときに死ぬなんてね。
アンナと私は元々この世界の人間になるわけではなかった。
原因は二人で会った女神様のドジだ。
「私の世界を救っていただきたいんです」
彼女の作った世界は崩壊の危機に瀕していた。
世界の破壊は女神の人事評価に影響するとかなんとかで・・・・・・まぁ要するに、彼女の失敗の後始末を頼まれたのである。
私もアンナも乗り気だった。
一からステータスを上げるなんてまどろっこしいことはなし。戦闘機を使って好きなだけ魔物を空爆できる。
与えられたセカンドチャンスを心から楽しもうとしたのだが――。
「「ちょっとどういうことよこれ!」」
転生したのは乙女ゲーム『七人の勇者様』の悪役令嬢であった。
このゲームは平民の主人公『ミカ・アニマ』が、勇者や勇者パーティーを育てる学園『ブレイブ学園』に入学し、魔法や剣を学びながら七人の勇者候補と出会い恋をするという、RPG要素のある乙女ゲームだ。
最後は魔王を倒し、勇者候補の中の一人と結ばれてハッピーエンドとなるわけだけど、ミカが誰とも結ばれないルートや全員の好感度を下げて起こるバットエンドルートもある。
私たちがなぜここへ来たのか。
それは転生させた女神が後輩女神の元に私たちの魂を置き忘れ、間違って転生させてしまったらしい。
それもこのゲームでは悪役の『メルヘン姉妹』だ。ヒューマンエラーならぬゴッドエラー。
加えて一度転生したらもう一度死ぬまでそのままというクソ仕様らしい。
評価云々気にしてたくせに弛んでるなあの女神、とアンナは言っていた。
しかし私にはどうってことのミス。むしろこれは願ってもいなかった幸運であった。
なぜならこのゲームは私がやりこんだタイトルの一つで、ストーリー展開は勿論、自分たちの行動で発生するイベントまで頭に入っていたからだ。
・・・・・・まぁそれも、今日のことで全て台無しになったわけだけど。
「あいつ、遅いわね」
アンナの帰りを待ちながら徐に空を見上げた。
「クルミちゃん、気絶してなきゃいいけど」
レイナは身を寄せるように腕を組む。
ま、魔王だから大丈夫か・・・・・・多分。
「オーバジィー! オーバジィー!」
窄む視界の中でクルーミは思う。
あぁ父上、もうすぐそちらへ行きますよ。我が輩の人生は短くて、最後は空飛ぶ謎の魔物にロデオの如く振り回されて殺されました。
この世界では見慣れぬ物を冥土の土産にしよう。そう決めた矢先に意識は戻る。本日三度目のウェイクアップ。
「お、やっと起きたかクルミちゃん」
「お、おいお前! 我が輩を何度殺そうとすれば気が済む!」
「えぇ? まだ7Gしか掛けてないのに」
「なんじゃその7Gとかいう単位は! それにこの魔物は人が乗れる代物じゃないぞ! なんてものに乗せてくれたんだお前は」
「Gってのは重力加速度で、全力旋回すると人と機体に掛かる負荷を表して」
「御託はいい! もう下ろせ! 一刻も早く下ろせ! それでも下ろさぬというのならこの魔物を倒して下りる! 我が輩は本気だぞ!」
「あー、壊されるのは簡便だけど、一つだけ良い方法を教えてやる」
アンナがそう言うと、クルーミは期待の眼差しを向ける。
「股のとこに黄色と黒のレバーあるだろ?」
「あぁこれか」
「それ引っ張れば下りられる。ただし、身体に掛かる負荷は20G」
「20・・・・・・G」
「キャノピー・・・・・・ここを覆ってる窓を爆発で吹き飛ばしてロケットで射出される。いやぁアレは二度と体験したくないな。あはは」
期待した我が輩がアホであった!
「じゃあ破壊す、のわっ!」
「舌噛むから口閉じとけよ! そーれ9G旋回!」
轟音が聞こえたと思えば身体が横に傾く。そして機体が軋むような音を上げながら星空が回る。
象に踏まれているような感覚が胸を締め付けて息が出来ない。
また視界が暗くなっていく。すると今度は走馬灯のような光景が奔った。
これは我が輩が魔王になる前の思い出。
「じゃあ君はクルミちゃんだね」
「人を木の実みたいに呼ぶな! 人間の分際で」
人間の少年との会話だ。確かこれは、我が輩が一人で出かけて、人間の村に迷い込んでしまったときのことだ。
一日しか居なかったけど、魔物である我が輩をとても歓迎してくれた。すぐに帰れるようにと一緒に帰り道を探してくれたり、凄く優しかったところ。
優しい記憶じゃ。でもその村はもうない。
「我が輩・・・・・・ただ仲良くしたかった・・・・・・人間と」
そこで再び星空が空を覆った。
「はい、お疲れさん」
ミラー越しにアンナがサムズアップ。
「なーにがお疲れさんだ! こんなものこうして!」
「あぁ落ち着け落ち着け! この高度から落ちたらマジで死ぬから! 下りる。分かったから下りる!」
慌てふためくアンナ。
もう我慢ならん! 今すぐぶち壊して・・・・・・!
「アンナ! アンナ聞こえる?」
「あぁん? ここでは『スレッジホーク1』だレイナ。どした?」
「対空レーダーが屋敷に向かう影を捉えた。ブルズアイ350、50、11000」
暗号のようなやり取り。だがクルーミにも背後の方に巨大な魔力を捉える。
「こやつの魔力は・・・・・・!」
「クルミちゃん、もう少し付き合ってくれない?」
「何をする気だ」
「野暮用さ。ちょっとした魔物狩り」
「や、やめろ! お前達の魔力では到底敵わぬ! 相手は黒炎龍じゃ!」
「あたし達の武器は魔法じゃねぇ。まぁ見てな」
忠告を無視してアンナは黒炎龍に向かっていくのだった。