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第柒幕:紙月、とある転生軍鶏と決闘す 其ノ参

「流石は信玄殿。莫迦ではないようだな。では、金卵の在処を教えていただきたい」


 紙月はすぐに拡張をやめ、もとの姿に戻った。我ながら本能を解き放つと幾らでも能力が湧いて出てくるのが恐ろしい。


「この先に、竹藪がある。その竹藪をかき分けた先に、屋敷がある。それが、〈御長の間〉だ。然し、此処からはけものみち。お主だけでは辿り着けぬ。ついて参れ」


「それはかたじけない」


 紙月は信玄への態度を改め、あとをついていきながら話しかけた。


「貴公は転生して、徳川家にうまい具合に取り入ったのですね? このまま平穏に江戸城の家臣としての生を全うする気なので?」


「まさかまさか。拙者に然様な蛞蝓なめくじの如き一生は耐え難い。無論、これも天下を取るための策略であった。だが、お主が現れた。お主は金卵を欲している。ならば、お主に賭けてみてもいい。今はそう思っている。金卵さえ失われれば、徳川など滅ぼすは容易いからな」


「金卵というのは、そんなに凄いのですか?」


「それを持つ者は天下布武を、食べる者は不老長寿を、手にするという」


「その話は存じ上げておりますが、どうも聞けば聞くほど胡散臭いので」


「ふふ……拙者もそう思っておる。だが、事実、金卵はある。そして鶏に転生した家康が守っていると云うのだから、それなりの意味もあろうというものだ……ああほれ、此処だ。この竹藪の向こう側だ」


「向こうと云っても、広いですね。どの方角に進めばよいので?」


 見渡すかぎり竹藪だらけだ。これではどう進めばいいのか見当もつかぬ。


 すると、信玄はやれやれ、と云った。


「世話の焼ける奴だな。方角というのは、嗅覚を頼りに進むべきもの。あとは、ほれ、この足跡じゃ」


 見れば、此処最近つけられたであろう、鶏の足跡が地面にくっきりと残っていた。


「これをたよりに進めば──」


 そう云って信玄は実際にその足跡に沿って歩いて見せた──。


 そして、十歩目で止まった。


 止まった、というより、浮いた。


 地面より、竹串が突き出て、信玄の体を突き刺したのである。


 それも一つではなかった。


 三つの竹串が一気に飛び出て信玄の体を串刺しにすると、最後には上方より斧が降ってきて、丁寧に信玄の首を落とした。


「あらら……」


 紙月が戸惑っている間に、今度は真上から木の籠が降ってきた。気が付けば、紙月は即席の木格子牢の中に納まっていた。


「其処までだ、曲者くせもの鳥めが」


 現れたのは、顔に深い傷をもった男だった。とくに口の皮膚が破れて、歯がむき出しになっているところは、なかなかに醜悪であった。恐らくは同心の一人であろう。だが、ただの同心ではない。〈鳥語〉を話している。男は低い声で話した。


「我が名は庄司弥助だ。この〈鳥奥〉の鳥見役頭である。数日前に、とある咎により斯様な傷を背負うことになった」


「間抜けな面だ」


 火喰鳥である今の紙月にとって、人間への敬意は無用だった。人を敬う獣は犬だけで十分である。


「何とでも云え。だが、これは誉だ。将軍様がじきじきにお与えくださった傷ゆえ」


「間抜けは間抜けだ」


「その言葉そっくりおまえに返すぞ。化け物鳥。其の方の正体は問わぬ。だが、たった今よりおまえは〈罪鳥〉だ。罪名は、そうだな、軍鶏、尾長鶏の殺生、これだけで十分であろう。何か云い訳があれば聞くぞ。俺は〈鳥語〉がわかる」


 やれやれ、と紙月はため息をついた。何はともあれ、此れで元の木阿弥だ。また、木格子牢に戻ってしまったわけだから。


「いや、ないね。とりあえず腹が減ったよ。それに──ようやく眠くなってきたところだ」

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