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第参幕:江戸城にて家光公に御目見えす 其ノ壱

 寝床の中で、フランソワ・カロンはじっと天井の灯を見据えたまま、寝息を立てるふりをし続けていた。カロンは、鳥見役として同行する少年の正体を知っていた。


 ただ──見抜いても我関せずを決めこんでいた。


 天草四郎時貞が中心となって起こした島原の乱は、切支丹キリシタンどもが起こした一揆として国中を賑わせている。その中心人物たる天草四郎が、何の因果か松浦藩の下級武士に扮して鳥見役に任ぜられた。


 然し、カロンの目は誤魔化せない。


 何しろ、カロンの出身、阿蘭陀オランダ基督キリスト教国ゆえに、同じ信徒の匂いは分かる。


 雰囲気云々ではない。同じ乳香を使っている時点で明瞭に分かるのだ。


 それに、あの少年のただならぬ妖気──。


 みすぼらしい身なりに隠しておけぬ使命感、さらにカロン直属の部下たるエレンが入手した幕府の人相書が、この少年に酷似しているとあってはもう疑いようはなかった。


 同じ切支丹であることは、この少年を庇いだてする理由にはならない。そんな事情は、阿蘭陀国にとって邪魔なだけだ。国利こそ最優先事項。宗教など二の次、三の次である。


 それでも泳がせておくのには、理由がある。単純な話、それも国利である。天草の狙いは家康の首にあるようだ。


 カロンは二人の話を、すべて眠らずに聞いていた。寝息の真似ならいつでもできる。ほんの少し、寝息を立てる女だと思われる弊害を我慢すればどうってことはないのだ。


 あの火喰鳥が家康を消してくれるなら、〈金卵〉を阿蘭陀に持ち帰るには有利に働く。


 翌朝、目覚めて二時間ほど経ってから、ようやくカロンは寝息を立てる真似をやめた。


「ああよく寝た」


 即席の簡易宿から出てみると、二人はまだ眠たげな顔をしている。火喰鳥のくせに睡魔にうつつを抜かすとは生意気な。


 天草のほうはと云えば、目をこすりつつ健気に立ち上がる。この者、よほど堅い決意で家康の首を狙っているらしい。睡魔に打ち勝つか。


 それはカロンの思惑とは異なるが、異なるところが美点だともいえた。此処にいる三人(または二人と一羽)は、奇しくもまったく異なる野心を胸に秘めている。それは、計画として非常に好ましい、とカレンは考えた。


「起きろ、紙月。向かうぞ」


 すると、すぐさまに火喰鳥が口を返した。


「愚ぇ恵恵恵恵恵恵恵恵。無理だな。鳥っていうのは、目覚めてすぐは低体温でね。しばらく経たないと動けない」


「口答えはいい。すぐに行く。五分で支度しなさい」


「断るね。これは生理現象だし、俺は鳥だから無理」


「首を刎ねられてもか?」


「できるわけないだろ。俺は江戸城への献上物だ。云うなれば寿司のワサビだ」


「べつの、比喩のうまい火喰鳥を用意するだけだ」


「それ何カ月かかるんだ? 阿蘭陀はすぐ其処にあるわけじゃないだろ?」


 やれやれ。面倒な鳥だ。カロンは諦めて天草を見やった。


「ええと、其方、名は何と云った?」


「甘白と申します」


「そうそう、甘白」天草、と云いそうになるのをカロンは堪えた。「この火喰鳥に云うことを聞かせてくれ」


 すると、天草はかしこまりました、と云って手をかざした。


「汝、今すぐ起きて動かぬのなら、麺麭パンに姿を変えるぞ」


 すると、どうだろうか、それまで生意気を云っていた火喰鳥が途端に「行けばいいんだろ!」と起きあがった。


 かくして、一行はふたたび江戸城へ向けて移動を始めた。


 火喰鳥の背中に乗っているだけだが、かなり上下に動くので腰にはわるいことこの上ない。


 が、贅沢は云えない。馬よりも速いこの生き物のお陰で、日の暮れる前には着くだろう。


 カロンは、この任務の先で待っているであろう法外なる富と栄華を夢見て思わずほくそ笑んだ。



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