翔は、寿司職人たちが直面する問題を解決しようと試行錯誤していた。冷却技術の鍵となるアイデアは、現代の化学知識から着想を得た硝石の吸熱反応だった。硝石を水と混ぜることで温度を下げる仕組みを使えば、江戸時代の魚の鮮度保持に革命を起こせるかもしれない。
「これがうまくいけば……寿司の新しい形が見えてくるかもしれない。」翔は期待とともに計画を練り始めた。
だが、硝石を手に入れる作業は思った以上に過酷だった。当時、硝石は肥溜めや家畜の排泄物から作られており、それを採取するには汚れた環境での作業が避けられなかった。翔は村人たちに怪訝な目で見られながらも肥溜めを回り、少しずつ材料を集めた。しかし、その作業は身体的にも精神的にも重い負担を強いた。
「……臭いが染み付く……」翔は吐き気を堪えながら、かき集めた硝石を見つめた。寄生虫や病原菌への感染リスクも高く、現代の知識がかえって不安を煽った。
ようやく作った簡易冷却装置を試すと、硝石と水の反応で確かに冷却効果は発生した。しかし、それはほんの一瞬のことだった。冷却範囲も小さく、寿司屋で扱うような大量の魚を保存するにはまるで足りなかった。
「この方法じゃ駄目だ……不衛生だし、量も追いつかない。」
翔は市場で装置を披露したが、職人たちは冷たい視線を送った。「肥溜めの材料で冷やした魚なんて、誰も食べたがらないだろう。」その一言が翔の胸に突き刺さる。
失意の中、翔の頭には別の可能性が浮かんでいた。それは、藩が管理する氷室の氷だった。氷室の氷は公家や藩主が使うために保管されており、庶民には届かない貴重な資源だ。
「氷室の氷が使えたら……きっともっと効果的だ。」翔は呟いた。だが、それを利用するには藩の許可を得なければならない。
市場からの帰り道、翔は氷室の話を耳にした。「藩主のもとへ献上される氷は最高の鮮度を保つらしいが、庶民が触れることはまずない。」
翔は拳を握り締めた。「それでも、可能性がある限りやるしかない……氷室の氷を使わせてもらう方法を探すんだ。」
冷却装置の失敗が示した課題を胸に、翔は次なる行動へと心を固めた。彼の挑戦はまだ始まったばかりだった。