「ここは……どこだ?」
翔は砂利道に立ち尽くしていた。木造の建物が連なる町並み、着物姿の人々、行き交う草履の音。どこを見ても現代とはかけ離れた風景が広がっている。自分の服装が周囲から浮いていることに気づき、人々の好奇の視線が刺さるようだった。
「夢……なのか?」
翔は腕をつねり、痛みに顔をしかめた。目の前の光景も、自分の手足も、全てが現実そのものだ。
道を歩くうち、やがて市場に迷い込んだ。色とりどりの野菜や魚が並び、賑やかな掛け声が飛び交う。そこで目に留まったのは、木製の屋台に並んだ寿司だった。一貫が手のひらほどもある大きさで、価格は木札に「四文」と書かれている。「これが寿司……?」翔は近づき、じっと観察した。
「お兄さん、寿司はどうだい? 一つ味見してみるか?」屋台の主人が声をかけてきた。
「いや、その……」翔は戸惑い、慌てて財布を探すが、現代のお金しか持っていない。
「おい、遠慮するなよ。新鮮なネタだ!」主人は寿司を一つ差し出した。
翔は恐る恐る受け取り、口に運ぶ。口いっぱいに広がる酢で締めたコハダの濃厚な旨味に、思わず感嘆の声を漏らした。「美味しい……でも……」
彼はふと違和感を覚えた。魚の質感がどこか熟成しているようだ。さらに、周囲の話し声を聞くと「煮る」「あぶる」といった調理法に関する言葉が飛び交っている。
「まさか、この時代には生の新鮮な寿司って存在しないのか……?」
翔の頭に、自分が学んだ食品保存の知識が蘇る。この時代には冷蔵技術がなく、保存のために発酵や火を通した方法が主流だった。しかし、彼の現代の知識があれば、もっと鮮度の良い寿司を提供できるかもしれない。
「この知識……試してみる価値はあるかもな。」
一方で、翔の心にはもう一つの問題があった。この異世界のような場所から、どうやって元の世界に戻るか。方法は全く分からない。だが、目の前の文化と食べ物への興味が、彼を前に進ませた。
「まずは、この世界で何ができるのか探ってみよう……」
彼の新しい冒険の一歩が、ここから始まった。