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ニールの憂鬱

「おはようリリィねぇね!」

「ん……おはよう」

今日は週末。学校は休みで訓練もないので日が昇ってもまだ私は布団でゴロゴロしていた。

「モカね、行きたい場所があるんだぁ!」

「そっかぁ……行ってらっしゃい……」

朝から元気なモカちゃんはどこかへ出かけるらしい。

半分寝ながらも彼女を見送ろうとしたが……。

「何言ってんの!リリィねぇねも行くんだよ!」

モカちゃんは私の足を布団から引っ張り出す。

「えー?そうなの?」

「うん!決まってるの!」

きっぱりと彼女はそう言い切る。

「いつの間に……」

「ほら、カレンダーみて?」

彼女が示すカレンダーを見ると……。

「あれ……?なんか今日の日付に書いてある」

"モカちゃんと楽しいデート!"

「こんなの書いてあったっけ……」

「ついさっき書いたの」

平然と言うけどそれは反則だ。

「知らないわけだ……」

「というわけで!今日はモカと一緒にお出かけしよ!」

わけもなにもないが断る理由も無い。まだ眠かったけれど一日中寝てばかりいては身体も訛りそうだ。

「でも特にやることもなかったし、そうしよっか」

「うやったーい!」

私が行くことを決めるとモカちゃんは小躍りするように喜び始める。

「それじゃあ支度するね」

「はーい」

手早く出発の準備をして寮を出た。



「ねぇモカちゃん。結局今日はどこへ行くの?」

「んーとね。マシュゥ~!」

モカちゃんがマシュゥを呼び出す。

相変わらずの愛らしいモコモコが元気よく現れる。

「はーい!」

「例のアレ、どうぞ」

「任せて!」

モカちゃんが合図をするとマシュゥはエトンにチカラを込める。するとパラパラとページがめくれる。

「はい!これだね!」

示されたエトンのページにはスポットの情報が表示されていた。

「え、エトンってこんなのも載ってるの?」

「載ってるっていうか魔法で表示してるのもあるんだよ。だから僕たちが念じる必要があるんだね」

「なんて便利……。やっぱりこれはPCみたいなものなのね……」

「ぴーしー?」

モカちゃんがきょとんとした顔で私の言葉を復唱する。

「あ、いやなんでもない」

「それでね、ここに行きたいの」

「わかった!案内するね!」

マシュゥはふわふわと浮かびながら前に進み出した。

「うわすごい!経路案内を物理的に!」

「アミィちゃんも多分やってくれるよ」

「今度頼んでみよう」

「さ、じゃあマシュゥについてこ!」

「うん!」

私たちはゆっくりと進むマシュゥの後に続いた。



それから十数分。私たちはようやく目的地に到達した。

「ついたね!」

「うわぁいい匂い!」

どうやら女の子に人気のシュークリームを売るお店らしい。

「結構並んでるね」

「早く来たつもりだったんだけどねぇ」

既に店の前には十数人ほどの行列が出来ていた。

「でも男の人も並ぶんだね」

その列の中にはちらほらと男性の姿も見えた。

「そりゃあそうだよ。おいしいスイーツを食べるのは女の子だけの特権じゃないんだから」

「まぁそうよね……って……あれ?」

行列の最後尾に見知った顔を見かけた。

「あれ!ニールだ!」

皆がカジュアルな格好をしている中で漆黒の外套に身を包む様はあまりに奇抜だ。

そんなニールに駆け寄るようにして声をかける。

「……リリィか。…元気そうだな」

何となく一瞬驚いた様子が見えたがすぐにいつもの冷淡な調子に戻った。

「へぇー!シュークリームの店に並ぶなんてちょっと意外!」

「……放っといてくれ」

ニールはバツが悪そうに顔を逸らす。

「ニールはひとり?」

「……あぁ」

「じゃあおしゃべりしよ!」

「賛成ー!」

モカちゃんと2人でニールに詰め寄る。

「勝手に話を進めるな……。俺は別に騒ぐつもりでここに並んだんじゃない」

「シュークリーム食べるためでしょ?」

「……」

ニールは閉口したがこれは図星というよりかは憤慨に近いような気がした。

「あんまりいじんない方がいいか」

「……当たり前だ」

そう言ってニールは嘆息する。

「ね、ニール。この前の迎撃の時何してたの?」

「もちろん戦っていた。……特に活躍をしたわけではないがな」

「そんなことないくせにー」

「ニールさん強そうだもんね!」

2人でニールをつつきまわす。

「……ふん」

「そういえばニールってハートたちとなんかあったの?」

「……なぜだ?」


「なんか知り合いってだけじゃなさそうだったから」

……ほんとは知ってるけどね。

「……話したくない」

彼はまたバツが悪そうに前を向いてしまう。

「……あ……そう。ごめんね」

「………いつか話す」

ぼそりと彼が私に言った言葉は、確かに私と仲良くなりたいのだという想いが込められているように感じた。

「……!ありがと!」

しばらく沈黙が続いたが心地悪くはなかった。

「あ、そろそろ順番だね!」

「じゃあな」

「あ、うん」

ニールはシュークリームを1つ買って列を出た。

「よーし!私たちの番だね!」

「いえーい!」

私たちは5個ずつ買って列を出た。

「あれ、ニールは?」

「帰っちゃった?」

「一緒に食べようと思ったのにー!」

辺りを見回してももう既にニールはどこにもいなかった。

仕方がないからモカちゃんとの2人きりのお出かけを続けることにした。



一方ニールはその時、ひとり街中を歩いていた。

「やれやれ……甘いものは苦手なんだがな」

がさりとシュークリームの入った袋を持ち上げてため息をつく。

「あれ?ニールさんじゃないですか。」

「ん……ハートか」

前方を歩いて来たハートがニールを見つけ声をかける。

「こんにちは!あれ?その手に持ってるの……キューティクル・マッマのシュークリームですよね!並ばないと食べられないっていう!」

目ざとくその手にもつ袋が人気店の菓子であることを見抜いたハートは勝手に興奮しながら熱く語り始める。

「好きか?」

「甘いもの大好きなんです!まだ食べたことないから羨ましいですねぇ」

そう言いながらお腹を抑える様はまるで催促しているかのようだが彼女にはそんな意図はない。

小動物のようないじらしい仕草と持ち前のあざとさがいつの間にか周囲を虜にしてしまうこともままあるらしい。

「……食うか?」

不器用な彼もまたその魔性には逆らえなかったか、手に持った菓子を可憐な少女に差し出す。

「えっ!いいんですか?だって、わざわざ並んでひとつだけ買ったのに……。あ、もしかしてもうひとつ食べちゃったんですか?」

「……いや。そうじゃない。渡して喜ぶやつがいたら、それでよかったんだ」

「ニールさん……もしかして私のために……?」

「……いや、そんなことはないが」

「ふふっ!そうですよね!でも嬉しいです!ありがとうございます!」

事実ニールの反応は、照れ隠しでもなんでもないのだがこれを勘違いした少女は上機嫌でシュークリームを頬張るのだった。



「いやぁ!おいしかったね!みんな並ぶだけあるなぁ」

5個のシュークリーム程度、ぺろりと平らげた私たちは甘ったるくなった口許を拭いながら再び歩き始める。

「ほんと!モカこれがずっと食べたかったからリリィねぇねと一緒に食べられてすごく嬉しかった!」

まだ少しだけクリームのついた頬を緩ませてモカちゃんが跳ねる。

「でもニールがいるなんて意外だったね」

「ね!なんかそんな甘いもの得意じゃなさそうなのに」

「実際ニールは甘いもの苦手なはず……。気が変わったのかな?」

「まぁいいじゃん!男の人の話なんてさ!」

私が思案しているとモカちゃんがぐいぐい腕を引っ張ってくる。

「はは。そうだね」

「この後はぁ、お買い物でもする?」

私の腕を抱えたまま上目遣いで問いかけてくる。

「そうしよっか。案内してよ、モカちゃん」

「うんっ!」

モカちゃんの案内でショッピングモールを回って過ごした。



「ふぅ……結構歩いたね」

「重たいよぉ。ちょっと買いすぎちゃった」

「モカちゃんもう顔見えないじゃん……」

両手に抱えるほどの戦利品は既にモカちゃんを覆い隠し、まるで歩くショッパーのようだった。

「だってあれもこれも欲しいと思って」

「半分持ってあげる」

見かねた私はとりわけ大きい荷物を持ってあげた。

「わぁありがとう!」

「流石にもうこんな荷物じゃ寮に帰るしかないよね」

「残念だけどそうするしかなさそう……」

「まだどこか行きたかったの?」

「そりゃあ行きたいよー!」

動くショッパーがグラグラ揺れながら喚く。

「これからもたくさんお出かけしようね」

「うんー!」

日が落ち始めた街は私たちの影を長く伸ばしていた。

「そろそろ暗くなるね。急がなくちゃ」

「あ、前あんまり見えないから急いだら危ないよっ」

「平気平気。……わっとと!」

「あーっ!リリィねぇね!」

体勢を崩した私は足をもつれさせた。両手で荷物を抱えていたから受身をとることもできない。

「うわーっ!」

モカちゃんも手がふさがってるからどうしようもない!

「なにしてるんだ!」

唐突に身体がふわりと起こされる。

「やれやれ……また怪我をするぞ……」

「ニール!?なんでここに?」

「……通りすがりだ」

咄嗟に私を助け上げたのは先程見失ったはずのニールだった。

「危なかったですね」

その後ろからハートが駆けてくる。

「あ、ハート!」

「なになに?そういう感じ?」

モカちゃんが瞬時に茶化しモードへ移行して肘でハートをつつきにいく。

「や……やめてくださいよぅ。恥ずかしいです……」

両手を頬にあてて顔を赤くするハート。その反応からして彼女自身まんざらでも無さそうな様子だ。

「……誤解するな」

しかしニールはきっぱりと否定しいつもの仏頂面を保つ。

「そ……そうです。私、ニールさんにもらったシュークリームのお返しになれればと思って今日1日お付き合いさせていただいていたんです」

ふんすとハートが拳を握りしめて釈明する。

「え!あのシュークリーム、ハートにあげるためだったの!」

「お付き合い!?」

先程の伏線回収に、途端に色めきたつ私たち。

「……だから……もういい」

「あ……ニール……」

そんな私たちの反応を見て、ニールは一瞬何かを言いかけた。しかし諦めたように踵を返すと向こうへ歩き出してしまった。

「待ってよ!なんか勘違いしてるかも!」

その様子に我に返った私はニールを呼び止める。

「あぁ……そうだな」

ぴたりと足を止めニールは呟く。

「えっと……どうしたの?」

「……お前は危なっかしい。さっきもそうだ。すぐに怪我をする」

振り返り私に詰め寄る。そして私の躓きかけて汚れた足許を見つめる。

「ご……ごめんなさい」

「……次の戦闘は俺も呼べ。お前が怪我さえしなければ、差し入れに気を使うこともなくなる」

そう言うとまたすぐにニールは顔を隠すように反対を向いてしまう。

「えっ……それじゃあ……」

「……もう行く」

ニールはそのままひとりで歩いていってしまった。

「なんのお話をしていたんですか?」

ハートが興味ありげに訊いてくる。

「いや……なんでも……」

「あ、なんかリリィねぇね顔赤いよ!」

私の顔を覗き込んでモカちゃんが声を上げる。

「なんでもないったら!」

「あやしい……」

「はい!じゃあもう帰るよ!」

じっと見つめるモカちゃんから逃げるようにしてその場を駆け出す。

「あー!急いだらまた転ぶよ!」

「待ってくださーい!」

今度は荷物を落とさずに寮まで帰った。

ニール……私のためにお菓子屋さんにならんでくれたんだ……。

口数の少ないニールの純粋な一面に、私は胸が熱くなるのを感じていた。

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